昔の夢
「おはようー!理奈ちゃん」
「蘭君、おはよう!」
俺たちはいつもの場所で挨拶をかわした。
「ねー理奈ちゃん、理奈ちゃんのお父さんて調理師の資格があるんだったよね?!」
俺は昨日思ったことを口にしてみた。
「うん、昔レストランで働いてたって!」
「そっか」
「それがどうかしたの?蘭君」
「いや・・ほら、瞳のお母さんがやってるお店さ、前はレストランだったって言ってたろ」
「うん、知り合いの人がやってたとか・・」
「そこでやれないかなあ?!レストラン」
「えっ?」
「理奈ちゃんのお父さんだよ」
「それは難しいよ。もう10年以上もブランクがあるんだから。それに当時はただの見習いって言ってたもん!」
「やっぱりダメかあ・・いいアイディアだと思ったんだけどなあ」
「おはよう蘭、理奈ちゃん」
「おはよう」
「おはよう」
瞳と一也だ。今朝はめずらしく途中で合流。
「瞳、瞳のお母さんの喫茶店さあ、まだどうするか決まってないんだろ?」
「うん、不動産屋さんには相談してるらしいけど。何で?」
「実はね・・」
理奈ちゃんが瞳と一也に説明してくれた。
「えっ!じゃあロシア行きは無くなったのね」
「うん!」
「よかったね!理奈」
「うん」・・でも今度は瞳が遠くへ行っちゃうんだよね。
「レストランかあ・・いい話じゃんか!なあ瞳」
「そうなればお母さんもひと安心だろうけど、でも理奈の話だと無理っぽいね」
「ちぇダメかあ」
「一也、もし理奈ちゃんのお父さんがレストランを始めたら、ただでハンバーグかなんか食べられると思ったんだろう!」
「えっ!・・それだけじゃないよ・・」
図星か!
「理奈、ダメもとで今度お父さんに聞いてみたら!」
「うーん・・話はしてみるけど・・」
そして学校の帰り道。
「理奈ちゃん、あまり深刻に考えないでね!今朝の話」
「うん、わかってる」
「じゃあね!」
「じゃあね!」
「ただいまあー」
「お帰り」
「おっ、理奈か」
「うん、ただいま」
「お帰り。お父さん、明日の朝早くに北海道に一度戻るよ。荷物とかあるからね」
「うん・・お父さん、こっちでの仕事はどうするつもり?」
「うん・・とりあえず、今までやってきたのと同じような仕事を探すつもりさ」
「そうだよね・・」
「どうかしたのかい?」
「瞳のところがロサンゼルスに引っ越すって話したでしょ。瞳のお母さん、お店を借りて喫茶店をやってるの」
「瞳も何回かご馳走になったのよね!」
「そうだったのか。でも瞳、それとお父さんの仕事と何か関係でも?」
「お父さんそこでレストランをやらないかなあと思って」
「えっ!?レストランだって」
「だってお父さん、調理師の資格持ってるんでしょ!」
「あるにはあるけど、大昔のことだよ。とてもとてもレストランだなんて・・」
「そうね、ちょっとブランクがありすぎるわね」お母さんの口調も、それは無理って言ってる感じ。
「それに経験もそれほどないからね」
「やっぱそうだよね・・」
私は自分の部屋に行き、蘭君にメールを送った。
「やっぱり無理みたい!」
そうよね、そんなに簡単にいくわけないよね!子供が考えるほどあまくはないってこと。
でもちょっと期待してた自分がいる。お父さんがレストランで働くこと・・それも事実だな。
翌朝
「やってみるかな!?」
「何をです?」
「昨日理奈が言ってたレストラン」
「えっ!」
「・・・」
「そんなに簡単なことではないですよ!」
「それはわかってるよ!」
「あなたあのレストランでどのくらい働いていた?」
「3年・・か・・な・・」
「たった3年でしょう」
「ダメかなあ?」
「さあ、どうでしょうね・・」
「じゃあ行ってくるよ」
「気をつけてね!」
「ああ」
まさかあのひと本気で!・・そんな予感がした。
つきあい始めた頃のあのひとは、料理人になることが夢だった。そのことをよく私に話してくれてたし、海外に修行に行くと本気で考えていたほどだ!しかし父親が猛反対だった。
そんな折、あのひとに目をかけてくれていた料理長が体調を崩し、レストランを退職。それを機にあのひとも、飲食の仕事から身を引いたのだった。
それが40歳を目前にした今、再びそのチャンスが訪れた!それを思えばあのひとの心が動くのもわかる。
私は何があってもあのひとについていく覚悟だ。しかし、理奈のことを思うと・・簡単にはうなずけない。
飛行機の中で私は考えていた。
さっき彼女に言ったことはまんざら嘘でもない。
料理人になる夢など、とうの昔に忘れてしまっていたが、ひょんなことで再び私の心に微かだがよみがえってきたのだ。
しかし、私には家族がある。そう簡単に夢など追いかけていいはずもない・・。
日曜日
「お母さん、お店の方どうなるか決まりそうなの?」
「うん、実はねお店を一度見てみたいって人がいてね」
「へー、そうなんだ」
「今日の午後来てくれるんだ」
「決まるといいね!」
「そうね。良さそうな人ならいいけどね」
「家の方も2~3、不動産屋さんに話が来てるって!」
「そっか!いよいよって感じだね・・」