私に勇気をください
「蘭、忘れ物はなあい!?」
「うん、ユニフォームとシューズと弁当・・OK!だな」
「水筒は?」
「あっそうか!」
「もう、しっかりしなさいよ・・」
「蘭、今日応援に行くよ!」
「なんだ翼、今日は会場がちょっと遠いから、今度にしたらどうだ」
「だって、今日負けたら今度はないでしょ!」
「確かになあ・・うん?・・コラー!翼」
「じゃあ、行ってくるね」
「理奈ちゃんと一緒に行くんでしょ!?」
「うん!一也と瞳も途中から合流する」
「たまにはカッコいいシュートでも決めて、理奈ちゃんのハートをギュッとつかんじゃいなさい!!」
「そうだ!そうだ!」
「・・ならいいけど」
いよいよ5月、地区予選の初日だ!俺は約束の時間よりも早めに外階段に出た。理奈ちゃんの様子はどうだろう・・。昨日のメールでは「明日は頑張ろうね!」って言ってたけど。
そして、
「蘭君、おはよう!」
「おはよう!」
「珍しいね、蘭君が私より早いなんて」
「ん・・うん」
意外と元気そうだ!
「理奈ちゃん・・」
「ん?なに」
「いや・・」
「蘭君、私ね、お父さんにちゃんと自分の気持ちを伝えようと思うの!」
「えっ」
「私の本当の気持ちを・・」
「理奈ちゃんの本当の気持ち・・」
「そう!・・だから蘭君、私を応援してくれる?」
「応援?」
「私に勇気をください!」
「理奈ちゃん・・」
「蘭!」
「理奈!」
一也と瞳だ。
一也は一方的に俺に話しかけてくるけど、俺はいっこうに上の空だ。
理奈ちゃんが言った言葉が頭から離れない。
「私に勇気をください」って言葉が。
会場に着くと、既にアップを始めているチームもいくつかあった。今日は男子も女子も、午前午後に1試合ずつだ。
「さあユニホームに着替えて!早速アップを始めるぞ!!」
「はーい!」
俺はいつもの癖で、ゴールネットの脇で着替えを始めた。すると
「蘭!ゴール決めろよ!!」
と甲高い声が耳に届いた。
ん?翼?・・。
視線を移すと、そこには翼と母さんがこっちを見ている姿があった。
早っ!
「何でもういるんだよ翼!?」
「車で来たの!」
「はぁ?!」
「車だよ、車!」
「だったら俺たちも送ってくれたらいいのに」
「だって、蘭は皆と一緒が良かったんでしょう!」と母さん。
「はあ・・それはそうだけどさあ」
「とにかく頑張りなさいよ!理奈ちゃんのためにゴールを決めるのよ」
「そうだぞ蘭!」
言うのは簡単だけどさ・・。
そしていよいよ男子の試合が始まった。俺の頭にはまだあの理奈ちゃんの言葉が引っ掛かっていたけど、試合が始まったらそんなことはいってられない。
その時だ!俺の頭にはもうひとつの言葉が浮かんだ。
「理奈ちゃんのためにゴールを決めるのよ!」
それは母さんの言葉。
そうか!理奈ちゃんに勇気を届けるってその事なのか。今の俺に出来る理奈ちゃんへの最大のエールは、この試合でゴールを決めることだ!!
『ゴール!』
相手DF からの縦パスが鮮やかに決まり、相手チームに先制点を奪われてしまった。
「くそっ」
「蘭、頑張れー!」翼の声援だ。
理奈ちゃんは・・あっ、両手を腕の前に組んで、俺の方を見つめている。
「蘭!」
その時、俺の足元に正確なパスが飛んできた。
ゴールまで20メートル。俺はドリプルで相手をかわし、体勢を崩しながらもなんとかシュートのコースを見つけ出した。
「いけ!!蘭」
「蘭君!」
よしチャンス!
俺は勢いよく左足を振りぬいた。ボールは一直線にゴールに向かう。
よし、決まれ!!
しかしボールは右ポストにわずかにはじかれ、ゴールラインをわった。
結局、相手チームに1点をリードされたまま前半を終えた。