俺は
「それで理奈の様子はどうだ?」
「元気よ」
「そうか・・こっちに来ることは理奈自身が決めたことらしいな」
「ええ、あの娘なりに悩んで出した答えです」
「来週モスクワに発つつもりだ」
「それで私たちはいつ頃そっちに行くことになるの?」
「5月末ぐらいと思っててくれ」
「わかりました。こっちも準備するようにするわ!」
「頼む・・それから・・」
「えっ?」
「いや、なんでもない。また連絡するよ」
「わかりました。身体に気を付けて下さいね!」
あまり時間がないわね。理奈の学校のことと私の仕事のこと、それに引っ越しの準備。忙しくなるわ。
「ただいまー!あーくたびれた」
「お帰りなさい。どうしたの?くたびれただなんて」
「来月には試合があるから、最近練習が半端じゃないのよね。それに土曜は練習試合だし」
「試合?」
「うん、地区大会が始まるのよ。そこで勝ち進めば県大会に進めるわ!」
「・・・」
「ん?どうかしたお母さん・・」
「実はね、今日お父さんから電話があって・・」
お母さんは私に話してくれた。
「5月末・・」
「うん」
「・・じゃあ試合どころじゃないね!」
「理奈・・」
「着替えてくるね・・」
そして土曜日、今日は久々の練習試合だ。
私はいつものように外階段で蘭君を待っていた。
「蘭君、おはよう」
「おはよう、理奈ちゃん!」
私は迷っていた。5月の終わりには、蘭君とサヨナラをしなくちゃいけないことを、今言おうかどうか・・。
「女子は今日も圧勝だろうね!10対0とかさ」
「うん・・」
「男子も最近気合い入ってるからさ、結構いい試合になると思うよ!」
「うん・・」
「理奈ちゃん?」
「うん・・」
「理奈ちゃん!」
「えっ!・・何?蘭君」
「どうしたの?ボーッとして・・」
「そんなことないよ!」
「でも・・」
「なんでもないわよ!」
「ならいいけど」
やっぱり蘭君にサヨナラなんて言えないよ!
試合が始まっても、私の心は、ただ何もない空間を漂っているだけ。
ボールはどんどん私のところに飛んでくるけど、私はミスしてばかりで、何も出来ずにハーフを終えた。
明らかに理奈ちゃんの様子はおかしかった。ドリブルにいつものキレはなく、パスもミスの連続だ!
そういえば、朝からなんか上の空って感じだったよな。
もしかしたらロシア行きが決まったのか!?きっとそうだ。ロシア行きの具体的な何かが・・。
俺は焦り、戸惑い、急に不安が心を支配し、緊張なのか怯えなのか、そんなものが頭の中を駆け巡った!
今の俺は、理奈ちゃんに話し掛けることすら出来ない。
結局試合は、男子も女子も勝利をつかむことは出来なかった。
そして帰り道、最初に口を開いたのは理奈ちゃんだった。
「あーあ、負けちゃったね・・」
「うん」
「今日は全然調子がでなかった」
「・・・」
「蘭君も最後のシュート惜しかったね!」
「ああ」
「蘭君、あのね・・」
「ん?」
「来月の末に決まったよ!」私はなんともないふりをして、蘭君にそう告げた。
「・・・」
でも、蘭君はそのあと何もこたえてくれなかった。
「そうか」とも「わかった」とも、何も言ってくれなかった。蘭君、何か言ってよ!
俺は何も言えなかった。何も・・。