ケンカしてる
「お母さん、蘭君のお父さんがね、お父さんはお酒は何が好きですか?だって」
「あら!お酒なんか買わなくていいのに」
「そう、じゃあメールしておくね」
「ああ理奈、私が電話するわ!」
「うん、わかった」
お母さんはすぐに、蘭君のお母さんに電話をかけた。
私とお父さんは外階段を降りていた。お父さんがコンビニにいくというので、私もついてきたのだ。そして1階まで行くと、買い物袋をさげた蘭君たちにバッタリ!
「あっ!蘭君」
「理奈ちゃん・・」
「はじめまして!安藤です」
「佐藤です」
「こんにちは!佐藤蘭です」
「佐藤翼です」
「こんにちは!」
「今日はすみません!お食事に誘っていただいて」
「いえ、にぎやかな方が楽しいですから!」
「理奈ちゃん、どこか行くの?」
「コンビニまで!お父さん、タバコがないとダメなのよ」
「私と同じですね!」
「佐藤さんもですか」
「ええ!」蘭君のお父さんもヘビースモーカーか!
「ではのちほど・・」
「はい」
「蘭君、翼君、また後でね!」
「うん」
コンビニでお父さんはタバコを、私はちゃっかりチョコレートをおねだりした。
マンションまで戻ると、すでに蘭君たちの姿はなかった。当然よね・・私はちょっぴりガッカリ。
家に着くと、早速お父さんはタバコを一服。タバコなんてそんなにおいしいんですか?!お父さん・・。
私とお母さんは、せっせとパーティーの準備を進めていた。
「やっぱり大きい鍋がもうひとつ必要ね!」
「蘭君の所にあるんじゃない!?」
「電話してみようか・・」
お母さんは携帯のボタンを押した。
そして、しばらくすると家のチャイムが鳴った。
「私が出るよ!」
そう言って、お父さんは玄関に向かった。
なかなか戻ってこないお父さん、どうしたんだろう?
私は気になって玄関の方に向かおうとした。すると、大きな鍋を抱えたお父さん・・そしてその後ろに蘭君と翼君。
「あら!蘭君と翼君・・」
「話し相手になってと頼んだんだ!」
「えっ?」
「迷惑じゃないかしら・・」
「いえ」
「いえ」
「そう・・じゃあ理奈もいいわよ!あとはお母さんがやるから」
「うん」
「うわ!でかいカニ」
「すごいでしょう!翼君」
「翼君、両手で持ってごらん!」とお父さん。
「うん!・・ウオー!」
翼君は、胸のところまでカニを持ち上げてみせた。翼君の顔より大きい!
「デカッ!」
「3キロ以上ありそうだね!」
「こっちは毛ガニですか?」興味津々の蘭君。
「うん!それも上物だぞー」
『ゴクリ』
ん?蘭君、今唾を呑み込んだでしょ。
「蘭君はサッカー部なんだって?」
「はい、一応・・」そう、背番号10のエースなんだから!
「かなり上手だって理奈から聞いたよ」
「上手ってほどでも・・」
「あら蘭君、この前の試合でもゴール決めたじゃない!」オーバーヘッドのすごいやつ!
「まあーね」
「翼君は、中学に入ったら何がやりたいんだい?」
「僕は野球!目指せメジャーリーガーって」
「ほう、頼もしいな!」
「ヘヘェ~」
翼君がメジャーリーガーになったら、必ずアメリカまで応援に行くよ!
「さあ、準備OKよ!」
「電話しようかしらね!佐藤さんとこ」
「僕が呼んでくるよ!」
「そう、じゃあ翼君お願いね!」
「はい!」
そして・・
「フーッフーッ・・すぐ来るそうです!」息を切らす翼君。
「フフフッ・・ありがとう翼君!」翼君、100メートル走の後みたい。
ピンポン!
「私出るわ!」
私は玄関に急いだ。
「いらっしゃい!」
「あっ、理奈ちゃん、お言葉に甘えて」
「どうぞ上がってください」
「ありがとう・・」
「お邪魔します」
「お邪魔します」
「いらっしゃい!お待ちしてました」
「奥さんこれ!お酒とおつまみです」
「あら!よかったのに、気をつかってもらわなくて・・」
「うちの亭主、大酒のみだから!」
うちのお父さんもですよ!
「まあっ。じゃあ遠慮なく・・」
「翼が言ってたけど、ホントデカいですねー!」
「味も絶品です!」
テーブルの上には、大きな鍋がふたつ、勢いよく湯気を吹き出してる。
「さあ、そろそろいいかしらね!」
そう言って、お母さんが鍋のふたを開けた。
ひとつは野菜とカニがぎっしり!もうひとつは、こんぶダシだけのしゃぶしゃぶ用!
お酒が好きでタバコが好きで!お父さんたちは気が合いそうだな!
「佐藤さんは、お酒はだいぶいけるほうですか?」
「はい!活力の素ですね」
お父さんと同じようなこと言ってるね!蘭君のお父さん。
「なるほど・・鍋もいいですけど、我々は網焼きにしますか!」
「おっ!いいですねー・・」
「準備しますね」
「安藤さんはいつまでこちらに?」
「水曜までです」
「お仕事がお忙しいんですか!?」
ドキッ!蘭君のお父さん、その質問しちゃうんですか・・。
「いえ・・今は会社を辞めて無職なんですよ」
「そうでしたか・・・」
「実はロシアの友人から、仕事を誘われてまして!」
「ロシアの・・・」
「ええ・・」
そして、お父さんは話を続けた。
「女房には話したんですが、私はその友人の誘いを受けようと思ってる。そして、二人にも一緒にロシアへ来てもらいたいと・・」
「うっ!」私は全身から体温が下がっていく感じがしていた。
「理奈、お前にはまだ話してなかったけど、こっちに来た一番の理由は、その事についてお母さんと理奈と三人でちゃんと話し合いたかったからだ。ごめんよ、突然こんなことを言って」
「理奈・・」心配そうなお母さん。
「・・私、知ってたよ!お母さんから聞いてたから」
「そうだったか」
「でも私・・・」
なんて答えたらいいかわからなかった。ロシアなんか絶対行きたくないと思う気持ちと、やっぱり家族三人で暮らしたいという気持ちと・・両方の気持ちが、私の中でケンカしてる!今すぐ答えなんて出せないよ・・。
「これはお父さんのわがままだ!単身で頑張ってるお父さんなんて世の中にごまんといる。だから、理奈がここにいたいと言うなら、無理に連れていこうとは思っていない。正直な、素直な気持ちを聞かせてくれればいいんだ」
「うん、わかった」
「難しいだろうが、後で理奈の気持ちを聞かせておくれ・・」
私、答えなんか出せる自信ないよ。蘭君・・助けてよ・・。