ハイタッチ
理奈ちゃんは外階段を使って、1階に下りてくるみたいだ。305号室はマンションのエレベータからは一番遠い角部屋で、外階段を利用した方が早い。
俺も2階から外階段を使う。昨日は理奈ちゃんの方が一足早くそれを下りて行ったんだ。
「行ってきまーす」
只今7時50分!昨日より5分だけ早く家を出た。そしてすぐ横の外階段に出る扉の前で、俺はじっと耳を澄ませた。
『カタン・カタン・カタン・・』
あっ!階段を下りる足音だ。だけど変だなあ?足音は階段を1階には下りて行かず、この扉の前で止まった・・。
そーと扉を開けると、そこには理奈ちゃんが踊り場の手すりにつかまり、こちらに背を向けるようにして立っていた。俺は慌てて扉を閉めてしまった。
俺の考えていたストーリーでは、前を歩く理奈ちゃんに、何気なく声を掛けるというもの。この扉の前に立っているなんて、想定外の光景だったからだ!
なんで理奈ちゃんがあんなところに・・?もしかして俺のこと待ってる!?
そして俺は、何も知らないふりをして扉を開けた。
あれ?いない!
急いで階段をかけ下りると、前に理奈ちゃんの姿があった。
どうしょう・・俺は聞こえるか聞こえないか微妙な大きさの声で、理奈ちゃんを呼んでみた。
「安藤さん」
すると理奈ちゃんはこちらをすぐに振り返った。あっ!聞こえちゃった・・。
「佐藤君!」
俺は理奈ちゃんのところまでかけ寄った。
「おはよう」
「おはよう」
いつもの伊達メガネをかけている理奈ちゃんの吐く息が白い!当然俺の吐く息も・・。
「昨日さ、帰ってから検索してみたんだ。コンドルは飛んで行く」
「えっ?!」
「サイモンとガーファンクルって人たちが歌ってるんだよね!」
「うん・・」
「俺の父さんも、若い頃聴いてたって!」
「そうなんだ」
「安藤さんはなんでサイモンとガーファンクルを知ってたの?50年も前の歌だよね」
「私もお父さんの影響なんだ!」
「やっぱりそうか」
校門まで一緒に登校。
「俺、先に行くね!」
「えっ、うん」
そこから俺は全速力で教室の前まで行き、いつもと同じように席に着いた。教室まで理奈ちゃんと一緒だったら、みんなに何を言われるかわかったもんじゃない。特に一也に!
「おはよう蘭。息なんか切らしてどうした?」一也だ。
「遅刻しそうだったから走ってきた」
「まだ全然余裕だぜ!怪しいなあ・・」
「おはよう」
そして理奈ちゃんが遅れて登場。
「理奈、おはよう!」と瞳。
理奈ちゃんは俺の隣の席に着いた。
そんな俺と理奈ちゃんの様子を、じっと監察していた一也がまたやって来た。
「やっぱり怪しい」
「何がだよ」
「二人ともなんで挨拶しないんだ?!今日初めて会ったんなら『おはよう』ぐらい言うだろう普通」
げっ!鋭い観察眼。
「さっき廊下で会ったのよ!私は制服を受け取りに行ってたの」
どうやらそれは嘘ではないらしい。理奈ちゃんは箱に入った新しい制服を持っていた。
「じゃあ、学校まで一緒に来たんだろう」しつこい一也。
「俺は走ってきたの!」
「ホントかなあ・・」
「また余計なおしゃべりをしてるな!一也」瞳だ。
「なんだよ」
「マンションが同じ、学校が同じ、教室が同じ!だったら一緒に登校しても不思議はないでしょう」
「それはまあそうなんだけど・・」
「何か言いたいことでも・・?」
そこまで言われて、一也はあっさり退散。サンキュー瞳!
「制服届いたんだ!」
「うん、明日からこれで登校するわ」
「今までの制服はどうするの?」
俺は、今理奈ちゃんが着ている制服の行方が気になった!
「捨てちゃうのはもったいないし、しばらくはとっておくかな。でもどうして?」
「いや、別に意味はないけど・・」
まさかその制服を俺にくれ!なんて言ったら、それこそドン引きされちゃうよな。
「佐藤君、今日も部活あるんでしょう?」
「えっ!・・うん、まあ」
本当は今日部活をずる休みして、一也とゲーセンに行く約束だった。
「女子もあるのよ。頑張りましょうね!」
「ああ」
そして、一也がやって来た。
「蘭、今日ゲーセン行くだろう」
「それがダメなんだ。今日はどうしても部活に来いって!顧問の山崎先生が」
「そうなんだ。しかしサッカー部ももう少し強ければなあ!俺も応援するけど、いつも一回戦だからな・・」
「わるいな!」
「仕方ない。じゃあゲーセンはまた今度ってことで」
「ああ」
すまない一也。
部活の時間がやって来た。
「よーし、先ずはグランド5周!」
「はーい」
「突然だが、今日は男女混合でミニゲームを行う」
「ミニゲームですかあ?!」
「女子にカッコいいところを見せられるかはお前たち次第だ!張り切って行けよ」
「おー!」
「たまにはスーパーゴールでも決めてみろ!」
「よーし!」
「集合!ではチーム分けをします」
ん?理奈ちゃんがこっちを見てる。手を振る訳にもいかないよな・・。あっ!ウインク。
こんなときどうやって応えればいいんだ?でもあれは確かに俺に向けたウインクだよな!
そしてチーム分けの名前が呼ばれていく・・。
「・・佐藤・・安藤。今呼ばれた者がAチーム。それ以外の者はBチーム」
ラッキー!理奈ちゃんと同じチームだ。
そしてグランドに・・。
「パス出すからね!」理奈ちゃんは俺にそう言った。
『ピー』
さあ、試合が始まった。
男子たちはここぞとばかりの張り切りよう!はっきりいって、こんな真剣なプレー姿は今まで見たことがない。いつもこのぐらいのやる気があれば、一回戦なんて軽く突破出来るよね!
序盤から俺たちAチームは苦戦の連続だ。サッカーはやはりチームワークが大切なスポーツ。俺が俺がとやってみても、なかなか得点には結びつかない!
20分ハーフのミニゲーム。前半が終わって0対2でBチームのリードだ。
「こらー!男子、張り切るのは結構だが、ひとりひとりが勝手なことばかりしていてもダメだ。打開策を自分たちで考えて、後半のプレーで見せてくれ」これはAチームを率いる山崎先生の言葉。
そこで俺は、思いきってひとつの提案をしてみた。
「安藤さんにボールを集めよう!ドリブルの突破力、ボールのキープ力とも男子に負けてない」
「そうね、理奈ならいけるわ!彼女を起点にゲームを組み立てましょう」
「わかった!」
理奈ちゃん、しっかり頼むぞ!
『ピー』
後半の開始だ!
前半の雑なプレーが嘘のように、後半はおもしろいようにパスが通っていく!そして、理奈ちゃんの足元にボールが吸い込まれた!2人3人、理奈ちゃんは鮮やかなドリブルで相手をかわしていく。そして
「蘭君!」
理奈ちゃんが俺の名前を呼んだ。しかも下の名前で!
理奈ちゃんの足から放たれたボールは一直線に俺の足元に!
「よしゃ!」
俺はゴールに向かって思いきり足を振り抜いた。勢いをつけたボールはそのままゴールネットを揺らした。
『ゴール』
「やったー!」一番大きな声で喜んだのは理奈ちゃんだ!
俺と理奈ちゃんはハイタッチ!・・初めて理奈ちゃんに触れた瞬間だ。
そのあとも理奈ちゃんの華麗なドリブルが続き、その右足が放つパスは、どれも正確に俺の足元に飛んできた。
終わってみれば俺はハットトリックの大活躍!もちろん人生初めての経験だ。
そして試合はAチームの逆転勝利!
「やったなあ蘭!」
「99パーセントは安藤さんのおかげたけとな」
「ハァハハ・・」
「そんなことないです!佐藤君のシュート完璧でした!」
「安藤さんが言うんじゃ、そういうことにしておくか!」
いつものように俺はゴールネットの横で着替えを済ませた。部室も使えるけと、人が一気に入ると息苦しい感じがして・・。
『皆さん下校の時間です・・・』
いつものやつが始まった。
「佐藤君!ごめん遅くなっちゃった」
「さあ、帰ろうか」
『♪♪♪♪・・・・』
「あっ!同じ曲だ」
「うん!放送部の人たちもこの曲が気に入ってるんだな!」
「そうみたいね・・」
流れてきた曲は、コンドルは飛んで行くだった。