サプライズ
私は仕事を終えるとある場所に向かった。今はエレナと名乗る彼女のいるアパートに。
「もしもし」
「あっ、ニーナちゃんかい、安藤です」
「安藤さん?どうしたんですか」
「お母さん、そこにいるかな?」
「いますけど・・」
「すまないが、ちょっと代わってもらっていいかな。以前、私の勤めていたロシアの会社のことで、ちょっと嫌な噂を耳にしてね。それで、お母さん、何か知らないかなと思って・・」
「はあ、ちょっと待ってください」
そして、少しだけならということで、アパートに近い喫茶店で会うことになった。
私が店の奥の席で待っていると、10分ほどでエレナは現れた。
「ごめんなさい、お待たせしちゃって」
「いえ、こちらこそ急にすみません」
「私に聞きたいことがあるとか・・」
「はあ、実はロシアの会社のことというのは嘘なんです」
「ええ、知ってます。この前あなたとお会いしたとき、確かマリアって私のことを言ってらした。多分、その事じゃないかと」
「そうでしたか」
「そんなに似てますか私、マリアさんに」
「はい」
「私はそのマリアという女性のことは何も知りません。ですからお話出来ることもないのですけど・・よかったら、安藤さんとマリアさんのこと、少し聞かせてもらってもいいかしら」
「はい・・」
そして私は、20年前のマリアとの思い出を、エレナに話はじめた。
その間、私は彼女の表情の変化を見逃すまいと、ずっと瞳を見つめたままだった。しかし、確信に迫っても、彼女の表情はいっこうに変化しなかった。彼女が必死にそう努めているのか、それともただの人違いなのか、私にはわからなくなってしまった。
「お父さんまだなの?」
「さっき電話があって、ちょっと遅くなるって」
「そうなんだ。また頑張りすぎてるんじゃないかなあ?」
「違うの、仕事じゃなくて、誰かあ友達と会うんだって」
「そっか!なら良かった」
「理奈はお父さんのことがホントに好きなのね!」
「うん。でも一番はお母さんだよ」
「まあ、理奈ったら・・」
「へへぇ」
「夜遅くに申し訳ありませんでした」
「いえ、何のお役にもたてなくて。これからもニーナのこと、宜しくお願いします」
「はい、ご安心ください。それにあの店では、ニーナちゃんはお客さんに大人気なんですよ!」
「そうですか。そう言っていただくと安心します。でも、まだまだ世間知らずですから」
「その辺は私と川口さんで見守ります」
「はい」
「じゃあ、お休みなさい」
「お休みなさい、気を付けて」
「はい!」
安藤さん、ごめんなさい。あなたのことを忘れるなんて私には有り得ないこと!20年前、あなたと恋をして幸せだった日々。ある日、あなたに私のお腹に赤ちゃんがいることを伝えると、それっきり連絡してこなくなってしまった。でも、それは仕方のないことだと私は思っている。まだ学生だったあなたには、重すぎる現実だった。あなたは喜んでくれる、そんなわずかな望みもあったのは事実だから、しばらくは悩み苦しんだ。あなたを日本に探しにこようとさえ考えた。でもそれは出来なかった。あなたの本心を知るのが怖かったから。そして私はニーナを生み、ひとりで育てる決心をした。私は今も、決してあなたを恨んではいないし、憎んでもない。それは本当よ!信じて。
けど、私はもうマリアではなくエレナなの・・。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「お帰り」
「あなたご飯は?」
「いや、ビールもらおうかな」
「お友だちと飲んでこなかったの?」
「ああ」
「ふーん、お父さん、全然お酒臭くないね!」
「当たり前だろう」
「珍しいね。こんなに遅くなって帰ってくるときは、いつもお酒臭いのに!」
「そうだったかな・・それより理奈、発表明日だろう!高校の」
「うん」
「自信ありそうだな」
「少しだけね」
「そういえば、蘭君、風邪はどう?」
「もう元気よ!」
「どうだったんでしょうね蘭君は?体調悪かったから」
「大丈夫よ!きっと」
「そうね」
今ここにいるのが私の大切な家族だ!エレナが本当はマリアだったとしても、決してそれを認めることはないだろう。マリアはそういう女性だ。マリア 、昔、君の前から突然去ったいくじなしの私を許してくれ・・。
そして俺たちの運命の日はあっという間に過ぎて行き、今はエトランゼで合格祝賀会の真っ最中!
「でも蘭、お前よく受かったな」
「あら、当然の実力よね!蘭君」
「はいはい、ごちそうさまです」
「和久井くんもさすがよね!○○高校合格だもん」
「サンキュー!」
「瞳には知らせたの?」
「ああ、さっきメールした。二人の分も報告しといた」
「知ってる。さっきおめでとうのメール来たから!」
「実は私にも!」
「なんだ、二人とも知ってるんじゃんか・・」
「さあ、じゃあここで主役の3人に高校入学の抱負を語ってもらいましょう!」
「川口さん・・」
「さあ3人とも前にどうぞ」
「えっ!俺こういうの苦手だなあ」
「俺も」
「私も」
「こんなとき瞳がいたら真っ先に喋ってくれるんだけどなあ!」
「さあ早く早く!サプライズゲストが待ちくたびれちゃうぞ」
「サプライズゲスト?」
「なんだそりゃ?」
「さあ、俺にもさっぱり」
仕方なく3人とも前に出ると・・そこに待っていたのは・・
「瞳!!」・・3人は声をあわせ叫んだ。
「なにモタモタしてるのよ一也!」
「ホントに瞳か?」
「他に誰だって言うの」
そして私たちは、瞳から花束を受け取った。
「瞳!」・・私は瞳に飛び付いた。
「理奈、久しぶりだね」
「瞳!」
「蘭、久しぶり!」
それから瞳に、ロサンゼルスのことをたっぷり聞かせてもらった。でも今回はゆっくりとは出来ず、すぐにまた飛行機にのって帰らなくてはいけないらしい。瞳を見てると私もなんだか憧れちゃうなあ、海外の生活!
和久井くんも、ますますロサンゼルス留学を目指す気持ちが大きくなったとか。
蘭君、蘭君は今日の瞳を見てどう感じた?あとで聞かせてよ。
「理奈ちゃん、合格おめでとう」
「あっ、ニーナさん。ありがとうございます」
「頑張ってね!」
「はい」
「ところで昨日、お父さんが、私のお母さんをたずねて来たんだけど、ロシアの会社のことは落ち着いたみたい?」
「えっ?」
私には何のことだかさっぱりわからない。確か昨日お父さんは、友達と会ってたって言ってたけど。
「あっ、聞いてなかったかな」
「はい」
「じゃあ大したことなかったのね!きっと」
「・・・」
「ごめん理奈ちゃん、変なこと聞いちゃって。もう気にしないで!」
「はあ・・」
そう言われると逆に気になっちゃうよな。
「理奈ちゃん、何だってニーナさん?」
「合格おめでとうって」
「それだけ?」
「うん、まあ」
「ふーん、一也のやつ瞳の側につきっきりだよ」
「ひさしぶりだもん。恋人同士だもん、いいじゃない!」
「でも、もう一人おじゃま虫がずっと一緒だけど」
「ん?」
「翼さ!あいつもずっと瞳と一緒だよ」
「ロサンゼルスの話に興味があるんじゃない!?」
「そうなのかなあ・・」
そして瞳は、またロサンゼルスに行ってしまった。また当分会えないな。でも、元気そうで何よりだった。
ところで翼君、瞳のどんな話がそんなに君の興味をひいたのかな?
大きくなったら君も、ロサンゼルスに行きたーいって言い出すのかもね!