高校入試
「ハクション、ハクション!」
「蘭、大丈夫?」
「おはよう母さん、ちょっと寒気がするかなあ、でも大丈夫だよ」
「そう」
母さんは心配そうに俺のおでこに手をあててきた。
「あら!少し熱っぽいわ」
「風邪か?」父さんも心配してくれる。
「今日は大事な日なのに困ったわね!」
「平気だって!」
「念のため熱を測っとこうか」
「そうだな」
そして俺は体温計を脇の下に
「冷たっ!」
そして・・ピッピッ!
「37度2分」
「やっぱり熱があるわ」
「このくらい平気だよ」
「確か葛根湯があったろう。それを飲んでいきなさい。葛根湯なら眠くならないから」
「そうね」
母さんが持ってきてくれた葛根湯とやらを、俺は一気に水で胃袋に流し込んだ。苦っ!
「じゃあ行ってくる!」
「気を付けてね。お昼ご飯のあと薬飲むのよ!」
「うん」
「大丈夫かしら蘭?」
「今日は特別な日だ。風邪なんかで休んでられない時もあるよ」
「それはそうだけど・・」
「大丈夫だよ。蘭なら最後までやりきるさ」
「ええ」
外に出るとやっぱり少し寒気を感じる。こんな大事な日に限って・・。そんな思いで俺は、外階段へのドアを開けた。
「蘭君、おはよう!」
「おはよう、理奈ちゃん」
そこにはいつもの理奈ちゃんの笑顔。
「ん?蘭君・・」
「さあ行こう!理奈ちゃん」
「蘭君」
理奈ちゃんは俺の名前を呼び、おでこに手をあてた。
「あっ!熱があるよ蘭君」
「うん、でも大丈夫!薬も飲んできたし」
「だけど・・」
「それに今日は休めないだろう」
「うん、でもあまり無理しないでね」
「うん」
俺達は電車に乗り△△高校に向かった。車内には、同じ高校の受験生だろうか?参考書を開く人達も結構いる。そんな中、嫌でも緊張感が高まる。今のところ熱の方は気にならない。
△△駅に着くと、どっと学生たちが電車を降りた。ここは俺たちがめざす△△高校の他にも、私立の高校とかが結構あり、利用する学生も多い。
「やっぱ緊張するよなあ」
「そうだね。蘭君、熱の方は?」
「平気、全然気にならない」
「そう、良かった!蘭君、人という字を手のひらにかいてゴクンって飲み込むと緊張しないっておまじない知ってる?」
「うん、聞いたことある。周りの人を飲み込むってやつだよね」
「私、席について問題が配られたら、皆に見つからないようにやろうと思うんだ!」
「理奈ちゃんも緊張してる?」
「うん」
「俺もやろう!ゴクンって」
そして俺と理奈ちゃんは、試験会場に入った。なんだこのピリピリとした感じは!
「ゴホン、ゴホンッ」
緊張からなのか熱のせいなのか、急に喉がいがらっぽくなってきた。
「蘭君、これ使って!」
「マスク・・」
「今朝お母さんが渡してくれたんだけど、私は大丈夫だから」
「うん、ありがとう」
俺と理奈ちゃんは、受験番号を確認し席についた。理奈ちゃんの席は、俺の左斜め前だ。
「ゴホン、ゴホンッ」
俺は理奈ちゃんからもらったマスクを、しっかりと鼻と口に当てた!理奈ちゃんが俺の方をちらっと覗いてくれた。
いよいよ問題が配られていく。そして、理奈ちゃんの机の上にも、俺の机の上にも白い答案用紙が置かれた!ついに来たんだこの瞬間が・・。
俺は理奈ちゃんの背中に視線を移した。すると理奈ちゃんは左手で拳をつくり、右の肩をトントンと2回叩いた。理奈ちゃんからのサインだ!
当然後ろなんか振り向けない。だから理奈ちゃんが肩を叩いたら、例のおまじないをするよ!っていう二人だけのサイン。
よし、俺は誰にも気づかれないように、左手の手のひらに『人』という字を書き素早く飲み込んだ!理奈ちゃんもやっているのがわかった。俺たちの他にも、これ結構やってたりして・・?
理奈ちゃん、こっちもおまじない終わったよ・・。
「では、1教科目始めてください」
さあ試験開始だ!
俺は問題全体をまず見渡した。出来る問題からやる!それが試験の鉄則だ!
俺の気のせいだろうか?1~2番の問題は、この前理奈ちゃんと一緒に勉強したところだ。なんというラッキー。
俺は早速問題に取り掛かった。うんうん、わかるわかる!右手に持つ鉛筆は、軽やかに問題を解いていった。
だけどやっぱり受験はそんなに甘くはない!俺には逆立ちしても解けない問題も・・。5択なら消去法でなんとかなりそうだけど・・。
あっという間に午前の部が終り、理奈ちゃんとお昼ご飯を食べた。
「蘭君、どうだった?」
「ん・・なんとか・・かな。でも、思ったよりできたと思う」
「この間勉強したとこもいくつか出てたよね」
「うん、おかげで助かったよ!」
とその時だった!急に頭がガンガンしてきたのは。
「痛ててっ!」
「頭痛いの?」
「うん、ちょっとだけね・・」
すると、また理奈ちゃんの手のひらが俺のおでこに。んー、ひんやりして気持ちいーい!
「あっ!熱い」
「・・・」
「保健室で診てもらおうか?」
「いや、大丈夫だよ。薬も持ってきてるし」
「ホントに大丈夫?」
「うん」
俺はお昼ご飯をなんとかたいらげ、葛根湯を飲み午後の試験に挑んだ。理奈ちゃんはずっと俺のことを心配してくれて・・試験で気が散らないといいけどなあ。
病は気からとは言え、やっぱり辛い。葛根湯も俺の頭痛にはあまり効き目は無いようだ。くそー!なんでこんな大事な日にかぎって・・。
ついにラスト1教科だ。うー寒っ!全身がプルっと震える。そんなときふと顔を上げると、理奈ちゃんがまた肩をトントンと叩いている。ん?またあのおまじないをするってこと・・。
そんなはずは無いよな!だってもう最後の教科なんだから、最初の緊張なんてとっくにどっかいっちゃってる。じゃあ何のサインだ?
そういえば理奈ちゃんの左手、拳じゃなくて人差し指が1本立ってたぞ!数字の1なのか・・あっ!もしかしたら『ラストワン』の1!?
きっとそうだ!最後の1教科、全力で頑張れ・・俺は勝手にそう考えた。そうだよね理奈ちゃん。
そしていよいよ問題が配られてきた。
頭はガンガンして、身体は寒さで震えるけど、そんなことに負けてはいられない!
俺はそんな強い意思でラストワンに挑んだ・・。
だけど、問題を考えれば考えるほど、頭がボーッとしてくる感じでうまく集中できない。くそーっ!
俺は答えを書いては消ゴムで消し、また書いては消ゴムでけし・・机の上はもう消ゴムのかすだらけだよ。
残り時間はあと15分足らず。まだ手をつけてない問題もあるというのに、これじゃあ全然間に合わないや・・。
ボーッとする頭とあせる気持ちで、俺の高校入試はもう絶体絶命!
そして俺はふと理奈ちゃんの背中に目をやった。
理奈ちゃんは両腕をだらんと下げて、肩をゆっくり上下に動かしている。深く息を吸ったりはいたりって感じで。さすが理奈ちゃん、もう問題全部終わっちゃったんだろうな・・。
いや違う!理奈ちゃんは問題が全部終わったとしても、最後まできちんと答案を見直すはず。じゃああの仕草は・・俺に落ち着いてって言ってくれてるのか!
俺は理奈ちゃんの真似をして、ゆっくりと両肩を上下させながら深呼吸をした。すると不思議と気持ちが落ち着き、俺は再び答案用紙と向かい合った!残りあと10分ちょっと。やれるところまでやろう!俺のヤル気スイッチは再びONとなった。
さすがに見直す時間はなかったけど、なんとか最後の問題までたどり着くことができた。
そして試験は終了した。
「蘭君、熱は?」
理奈ちゃんの手が、俺のおでこをひんやりとさせた。これで3度目。
「・・・」
「熱いね!待ってて、私、先生に伝えてくる」
「ごめん」
理奈ちゃんはそう言って駆け出すと、すぐに知らない男のひとを連れて戻ってきた。
「熱があるって?」
「はい」俺はそう声を絞り出した。
「とりあえず保健室に行こう。歩けるかい」
「はい」
俺はその男のひとに支えられて、保健室に向かった。理奈ちゃんも心配そうに後ろからついてきてくれた。
保健室には女のひとがいて、俺をベッドに寝かせてくれた。頭のしたには冷たい枕、脇の下にも何か冷たいものを置いてくれた。熱を測ると38度5分。
「お医者さんで診てもらった方がいいわね。△△医院に連絡してみます」
「じゃあ僕は親御さんに連絡します」
そしてその女のひとは電話で的確に俺の症状を伝え、すぐに連れてきてと言うことらしい。
男のひとは俺の母さんに連絡をいれ、△△病院まで来てほしいと伝えている。
「佐藤君、起き上がれるかい?」
「はい、大丈夫です」
「僕の車で病院まで行こう」
「はい」
「あっ、私も一緒に行きます!佐藤君とは御近所なので」
「わかった」
「じゃあ幸先生、お願いします」
「わかりました」
「学校には私から伝えておきます」
「お願いします」
こうして、俺と理奈ちゃんは、男のひと、いや幸先生だったかな・・の運転する車で△△医院に向かった。
「佐藤君、大丈夫?あと5分ほどで病院だからね」ミラーを覗きながら幸先生が聞いてきた。
「ご迷惑をお掛けします」
「そんなに気にすることはないよ。受験勉強頑張りすぎたかな・・?」
「いえ・・」
「二人は同じ中学みたいだね」
「はい。家も同じマンションの上と下なんです」と理奈ちゃん。
「そうなんだ・・もうそこの角が病院だ」
△△医院に着くとすぐに診察室に通された。そして点滴をうたれ、俺はいつの間にか眠ってしまった。
そして俺は夢をみていた・・。