奇跡
「理奈、お昼ご飯こしらえておくからね。チンして食べて」
「うん、わかった。じゃあ行ってくるね!」
「気をつけてね」
「はーい」
「蘭、忘れ物はない?」
「うん、じゃあ行ってくる!」
「行ってらっしゃい」
今日から学校が始まる。俺は玄関を出て、いつもの外階段に向かった。そこは俺と理奈ちゃんのお決まりの場所!
「ん?お母さんこれ?!」
「あっ!蘭の上履きじゃない。あれだけ忘れ物はないか聞いたのに」
「ぼくが持っていくよ」
「お願い翼。たぶんまだ外階段にいると思うから」
「うん、わかった!」
私は外階段を下り、いつもの場所で蘭君を待った。そして、扉が開いた。
「あっ!蘭君、おはよう」
「おはよう!理奈ちゃん」・・私よりいつも、ちょっとだけ遅い登場の蘭君。
「じゃあ行こうか」
私たちはゆっくりと階段を下り始めた。
「今日は給食無いよね?」
「うん、午前中で終わりだからね」
すると、後ろから翼君の声が。
「蘭!」
振り向くと、上履き入れを持った翼君が。あれは見覚えがある!蘭君のものだ。
「蘭・・あっ、理奈お姉さんおはよう」
「おはよう!翼君。今日は早いんだね」
「違うよ!これ・・」
「あっ!俺の上履き」・・やっぱりね。
「そそっかしいんだから蘭は!」
「ああゴメンゴメン」
「はい」
「サンキュー翼」
「うん」
「じゃあ行ってくるな!お前も遅刻するな」
「わかってるよ!」
「じゃあね!翼君」
「うん」
翼君は走って階段を上がり扉を開けた。
「初日から翼君に借りが出来ちゃったね!」
「そうみたい」
放課後、蘭君と待ち合わせて一緒に帰ることになっている。校庭に行くと、すでにそこには蘭君の姿があった。朝はいつも、私の方が早いのに。
「ごめん!待った?」
「うんん」
「よかった」
「理奈ちゃん、ほらあれ」
「サッカーボール!」校庭にひとつサッカーボールが転がっている。
「うん、ちょっと遊んじゃおうか」
「うん!」
初めて理奈ちゃんがサッカーをしてるのを見たのは、放課後の部活の時だったな。たらたらとした男子に比べ、常に優勝候補の女子の練習はきびきびとして、そのなかでも理奈ちゃんの動きは群を抜いていた。
メカネを外していたその女子が、最初理奈ちゃんとはわからなかったんだっけ。
転校してきたときは、理奈ちゃん伊達メガネをしてた。なんか懐かしい気がする。
私たちはそのサッカーボールでパスを出しあった。
ついこの間まで、私達はこのグランドで夢中でサッカーをやっていた。私はなでしこジャパンに憧れて、本格的にサッカーを始めたんだっけな。
練習が終ると、蘭君はいつもゴールポストの横で着替えをしてた。
そしてその後、私の大好きなひとときが訪れる!
放送部の人たちが下校時刻を知らせながら、曲を流してぐれる。私はそれを聴きながら、蘭君と並んで歩くのが、その日のご褒美のように嬉しくてたまらなかった!もうしばらく聴いてないなあ・・。
「蘭君、何考えてる?」
ボールを蹴りながら、私は聞いた。
「昔のこと!」
「どのくらい昔のこと?」
「理奈ちゃんが転向してきたとき」
「なんでそんな時のことを?」
「なんでかなあ・・理奈ちゃんは?何考えてる」
「今日は掛からないのかなあって」
「何が?」
「コンドルは飛んでゆく」
「今日はどうかなあ・・前はよく聴いたよね!」
「ここんとこ聞いてないよね・・」
「うん、部活ないし、その前に帰っちゃうからなあ」
「掛かって欲しいな!」
「じゃあその代わりに」
そう言って蘭君は、私からのパスを受け止めると、ゴールに向かっていった。
「蘭君!」・・ゴールを狙うのね。
「俺の豪快なミドルシュートを・・」
蘭君は思いきり左足を振り抜いた!
蘭君の左足から放たれたボールは、勢いにのったままゴールへ・・。
『バシン』
けど、ポストに見事にはじかれちゃった!
「あれ?」
「ありゃあ・・蘭君、練習不足ね!」
「そうみたい・・」
それでもカッコいいよ!蘭君。
「あー腹減ったあー!」
「私もお腹すいたあ」
「帰ろうか」
「そうね!」
その時だった。『ざわざわ』とマイクの入る音がスピーカから伝わってきたのは・・。
「ん?」
「放送部の人たちだ!」
すると
『皆さん下校の時間になりました・・』
そんないつもの放送があり
♪ララララララ~ララララ・・・
「理奈ちゃん!」
「コンドルは飛んでゆく!」
「うん!理奈ちゃんの思いが通じたね」
「奇跡!」
「うん」
そして、懐かしさの半分混じった、私と蘭君の素敵なひとときが流れていった!
「蘭君、帰ったら蘭君の家に行っていい」
「もちろんいいよ!」
「お母さんがお昼ご飯作っておいてくれてると思うから、それを持っていくね」
「うん。何かなあ理奈ちゃんのお弁当?」
「さあ・・」
「じゃあ、すぐお邪魔するね」
「わかった!」
ドアを開けて家に入ると、シーンとした静けさが私の体を支配した。テーブルには約束のものがちゃんとおいてある。
私は部屋に入り、急いで着替えを済ませた。今日のお昼は、お母さん特製のオムライスだ!
それをそっと袋に入れ、私は蘭君の家に向かった。
「ただいまー!」
「お帰り。ご飯テープルにあるわよ」
「蘭、お帰り」
「翼、お昼ご飯は何だ?」
「チャーハンだよ!」
「ふーん。あっ母さん、理奈ちゃんがすぐ来るよ」
「家に?」
「うん。昼ごはん一緒に食べようって!」
「そう」
ピンポン
そして、ドアが開いた。
「いらっしゃい」
「やっぱり翼君、こんにちわ」
出迎えてくれたのは予想通り翼君。
「お姉さん、早く入って!」
「お邪魔します」
「理奈ちゃん、いらっしゃい!どうぞ座って」
「すみません、お邪魔しちゃって」
「いいえ、いつでも大歓迎よ!それ、お母さんのお弁当」
「はい」
「理奈ちゃん、まだ開けないで!」
「ん?」
「翼、理奈ちゃんのお弁当何だと思う?」
「えーと・・ハンバーグ!」
「俺は・・チャーハン!」
「母さんは?」
「私も・・じゃあオムライス!」
「理奈ちゃん、答えは!?」
「答えは・・これ!」私は袋を開けた。
「やった!お母さんの当り」
「ふふふ」・・やっぱりご飯は皆で食べるものだよね!
「理奈ちゃん、温めましょうか?」
「じゃあ、お願いします」
「はい、じゃあ待ってて」
「なんで母さんわかったのさ?」
「勘よ勘!・・本当はちょっとケチャップのにおいがしたからさあ・・」さすが蘭君のお母さん。
♪チンッ
「出来たみたいね!ケッチャップのいいにおい」
「ホントだ!」
「蘭から聞いたんだけど、ニーナさんもクオーターなんだって!」
「ええ、私もビックリです!」
「そういえば、理奈ちゃんとニーナさんて雰囲気似てるものね!」・・やっぱりそうですか!?
「あっ、それ俺も思った!」
「僕も思った!」
「えっ、翼君も」
「ホントか翼」
「ホントだよ!でも、髪の毛の色が違うよね。ニーナさん金色だもん」
「あっそうか!」
翼君の言うとおり、髪の毛の色は全然違うな!私はお母さんが日本人だから黒髪で、ニーナさんはお母さんがロシア人だから金髪。目の色もニーナさんの方が明るいブラウン・・。
ニーナさんはお父さんの顔を知らないって言ってたよね。じゃあ、ニーナさんのお母さんは、今ロシアで独り暮らしなのかな?それともニーナさん姉妹がいて、その人たちと暮らしてるのかしら・・。
色々詮索するのはよくないけど、でもちょっと気になる!
「理奈ちゃん、このあと勉強するよね?」
「うん。でも用意してこなかったな」
「俺がいくよ上に、参考書持って!」
「うん」
「蘭、どうしたの?急にやる気になって」
「母さん、俺達受験生だよ!勉強するの当たり前じゃんか」
「それはそうだけど・・」
「そうだけど何?」
「雪とか降らないかしらね」
「えっ!雪」・・ビックリの翼君。
「ぷっ!」・・蘭君のお母さんナイス!!