いい響き
「安藤さん、だいぶ昔の勘が戻ってきたみたいですね!」
「いやあ、まだまだ足を引っ張るばっかりで」
「そうですか・・」
「それより修行の場所までお世話になって、川口さんにはなんてお礼を言ったらいいか」
「いやいや、そんなこと気にしないでください。来月には新しい店のオープンです!良きパートナーとして頑張りましょう」
「はい、ありがとうございます」
「ところで安藤さんはどんな店にしたいですか?」
「私は川口さんのやり易いようにやってもらえれば・・」
「私はもう老人ですよ」
「そんなことは・・」
「ただ私は高級感のある店にはしたくないんです。誰でも気軽に入れる!そんな雰囲気のお店にしたい」
「私も同感です!」
「和食洋食にこだわらず、安藤さん、あなたの個性を存分に発揮してください。今日はその前祝いです。さあもう一度乾杯しましょう」
「はい!ありがとうございます」
『いらっしゃい!』
「あっ!安藤さん」
「ああー佐藤さんじゃないですか」
「紹介しますね。こちら川口さん」
「初めまして、安藤と申します」
「初めまして」
「佐藤さんとは同じマンションで、子供が同級なんです」
「そうでしたか」
「・・川口さんって、今度お店を一緒にやる!?」
「そう。私の師匠ですよ!」
「そういえばうちの理奈、蘭君に相当ゾッコンらしいですね」
「えっ?」
「いえ、この間蘭君と同じ高校に進学したいって言ってきたもので・・」
「そうでしたか。それはとんだ迷惑をうちの息子が」
「いえ、若い頃にはよくある話なんじゃないですか」
「かもしれませんね。それにしても安藤さん、ゾッコンなんて言葉久しぶりに聞きましたよ」
「今の若者は使わない?」
「さあ」
「娘さんの初恋の相手が、佐藤さんの息子さんってことですかな!」
「どうもそのようでして」
「うちの息子も理奈ちゃんにはゾッコンみたですよ」
「青春まっさかり!うらやましいかぎりですね。安藤さんも佐藤さんもまだまだお若いですけどね!」
「いやあ、もう若くないですよ」
「私に比べたら若いですよ!私はもうすぐ60歳だ!」
「そんな先輩は、恋愛結婚ですか?」
「まあ一応ね」
「お子さんは?」
「息子がいます。今年確か30歳のはずです」
「そうですか!」
「料理の勉強をするといってヨーロッパに飛び出して行きましたが、今ごろどこでどうしているのか?もう丸2年音信不通です」
「それは寂しいですね。でも仕事はちゃんと親父と同じ道を選んだってわけですね」
「ええまあ・・」
「そういうのなんだかうらやましい気もするなあ」
「そうですかね?!」
「でもそうやって異国で頑張るっていうのも大変ですよね!」
「私もロシアにすこしばかり居たので、その苦労もなんとなくわかるなあ。まあ、私の場合は父がロシア人なんですけどね」
「好きでやってることです!少しぐらいの苦労は当たり前ですよ」
「ところで田村さんももうすぐロサンゼルスなんだよなあ」
「うん。そのお別れ会をかねて、子供たちは海水浴にに繰り出す計画をたててるみたいで・・」
「海水浴ですか」
「何年か前に蘭と翼を連れて行ったことがあるんですよ。パーベキューなんかも出来て、なかなかいいところでしたよ。おそらくそこに行くって言うんじゃないかな!?」
「へえー、それは楽しそうですね」
「田村さんのところのお嬢さんも、お子さんたちと同級ですか?」
「ええ」
「新しい生活にすんなり溶け込めればいいですけどね」
「まあその辺は若さでカバーするでしょう」
「エトランゼかあ・・」
「えっ?なんですかそれ」
「異国のひと!昔ちょっと流行ったことばです」
「なんか響きが残りますね耳に!」
「うん同感!」
かなりお酒がすすんだようで、上機嫌で父さんは帰ってきた。もうすぐ明日になっちゃう時刻に。
「ただいまー」
「お帰りー」
「なんだ、蘭も翼もまだ起きてたのか」
「夏休みだからね」
「なるほど!」
「あなただいぶ飲んでるわね」
「うん、明日は休みだし軽く飲んで帰ろうと店に入ったら、安藤さんと川口さんが居てさ」
「それで一緒に!?」
「そういうことだ」
「エトランゼかあ・・」
「なにそれ?父さん」
「蘭、ちょっとスマホで検索してみてくれ!」
「うん」
『エトランゼ』・・検索。
「あったか?」
「見知らぬひと、外国から来たひと。でこれがどうかしたの?」
「さっき川口さんからその言葉を聞いたら、なんだか耳から離れなくてな」
「ふーん」
「でもなんかいい響きだね!」
「おっ!蘭もそう思うか。実は父さんもだ」
プープー・・あっ理奈ちゃんだ。
『エトランゼ』
「ん?」俺は思わず辺りを見回してしまった。
「ん?どうしたの蘭」
翼が不思議そうな顔で聞いてきた。
「いや、理奈ちゃんがさ・・」
俺は皆に理奈ちゃんからのメールを見せた。
『エトランゼ』
「あっ!」翼も慌てて辺りをキョロキョロ。
「きっと同じ話題で盛り上がってるのさ!上の家族も」
「あーあ、そういうことか」
「安藤さんも、父さんと同じで耳に残るって言ってたからな」
そして俺も返信。
『こっちの話題もエトランゼ!』