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無題  作者: さちはら一紗
四章(仮)
74/75

特定 個人


 差し込む光、軽やかな鳥の鳴き声。

 朝である。


 ばちりと目を見開き、


「ろく、じ……」


寝た。


「ちょっと! なんで寝るんですか!」

「……しらない」

「理由ぐらい考えましょう!」

「やだ」


寝る。


「おーきーなーさーいー!!」

「やだねる……」


 無理矢理に身体を引き摺り下ろされ、呆気なく敗北。楽園(ふとん)からの追放。


「お仕事ですよ?」

「たるい」


即答。レスカが貼り付けたような笑みを浮かべた。


「……や、ごめん。 眠いとつい本音が」


 ネルル事変は自分のモチベーションに、多大な影響を生み出していた。





 簡単な理屈だ。無能が頑張ると、反動がくるようです。

 戦闘怖いめんどくさい。

 まあそうは言っても、朝特有の「学校行きたくない」とニュアンスはたいして変わらないため、血圧が上がると同時にそういう思いも消えていく。

 そんな生半可な覚悟はしていない。おそらくは。









                     ◆◇◆◇◆










「ねぇ、ラオはさ、何で冒険者やってるの」

「浪漫?」


 唐突に切り出した質問に、割と予想通りの言葉が返ってくる。


「でもさ、ラオってなろうと思えば魔法使いにだってなれるじゃん」


 定期的にレスカに、知識を叩き込まれるおかげで、空間魔法というものの利便性を理解してきた今日この頃だ。


「あー、魔力総数が低いからどうにもならん」

「そういうものなんだ」


 確かに一日に二、三発しか打てない魔術師は意味があまりない。補助に使う分には便利だろうけど。


「つかその質問、まんまルイにも当てはまるで」

「うぐっ……」


 貰い物だから使えるだけで、覚える過程の概念をちっとも理解できていないというのは言っても説得力がないだろう。

 教わろうにも、「私、普通の魔法はまともに使えないので」と同居人は語っているのだし。


「どしたん急に」

「いや、特に理由はない」


 ふと思っただけだ。

 場所はギルド。"ギルド"の本来の意味を思い出せずに苦しんでいる過程にて生まれた疑問だ。思考が迷子。


「いや、……でも、強いて言うなら」

「うん」


 ラオが相づちを打つ。


「あたしも最初はロマンとか現実逃避とかでなっちゃったんだけどさ」


 若気の至りというものは本当に恐ろしい。


「今考えれば、普通っていうの? 庶民的? みたいな感じの仕事でも十分食べていけただろうし、むしろそっちの方が合ってた気がするし」


 考えが纏まらず、たどたどしくなる。


「こういうのがいつの間にか当たり前になってさ、違和感なく日常に含まれてて、進み方もよくわからないし、なんかもう戻れないなって」


 何が言いたいのかもわからなくなってきたけど、


「一希に会って、そう思った」




 ラオが笑う。


「確かに無謀やな」

「おまけに無策だったからね」


 メリダさんがいなければどうなっていたことか。

 一希について行ったあの人はやっぱりマイペースで、途中からネルル達と別れたらしいけど。やっぱりメリダさんはなんだかんだ天然が入っているようだ。目をきらきらさせながら、強い人について行くんだろうな。

 しかしあれだけ嫌われたネルルから手紙が来るなんて、嬉しい限りだ。卒業論文かと思うような、重量を思い出しながら内心で皮肉る。ネルルは文章媒体において、非常に饒舌だった。ちなみに文体は論文そのもの。いや、論文なんてまともに読んだことはないのだけど。

 


「なんなんだろうね、冒険って」


 半分愚痴の呟きに、ラオが軽い調子で返答した。


「知らん所に行くのが好きで、見たことのないものを見たいと思う、それだけでええんちゃう?」

「はは、適当」

「若者の特権な」


 適度に騒がしい空気も、金属の匂いも、世界が変わっていなくてもファンタジーじゃなくても、きっと悪いものじゃない。


「その理屈だったら、あたしは紛れもなく冒険してるよね」


 多分今はそれで、いいのだろう。


「一年先より今日明日!」

「なんか言葉にすると、駄目人間みたいやなぁ」


 それは言わないでほしかった。










「ルイー?」


 レスカが小走りでこちらに近づいてくる。跳ねる小さなボールのようだ。

 白いワンピースは、いつの間にか改造されていた。経費はどこから捻り出したのだろう。今後の予定に、監査をねじ込む。

 普段通りの何気ない表情でレスカは言った。


「カインが逃亡しちゃいました」

「……は?」










                    ◆◇◆◇◆








 自分の中で、騎士に対するイメージはかなり悪い。主にどこかの甘党聖騎士と、熱血チョロイン女騎士のせいだ。チョロイン滅べ。


 勿論、単に自分が出会った"騎士"というのが阿呆ばかりだった、という論は信じている。信じざるを得ない。もしくは、馬に乗ってないからカインもミラさんも騎士じゃないんだよ、と誤魔化すしかない。奇士だ。

 夢を持てなくなれば、いろんなものが終わってしまう。


 "聖騎士と騎士は根本的に別物だ"と教わったのは、両者に幻滅してかなり経った後のことだった。

 ミレニア教は御神体が本物――乗っ取りとか下剋上のくだりは置いといて――で、レスカやマリエッタを始めとした、巫女の存在を通じて実際に言葉を伝えているのだから、この世界の全員が信じてもおかしくはない。普通なら信じるだろう。

 目に見える御利益である神聖魔法も強力だ。だか、どういうわけか、皆がミレニア教徒というわけではないのだ。いや、こちらでは教徒という言葉が、単に信者を意味するのではなく聖職者のみを意味しているのかもしれないけど。


 神様の考えることはわからないので、なんだかそうなっているとしか言いようがない。所詮は知識不足の脳味噌である。

 とりあえず、ミレニア教は絶対的ではないが強い力を持っている。

 聖騎士とはミレニア教の、言わば社員なのだ。忠誠だとか、そんなものは基本的に存在しない。カインのように、野放しの場合も少なくない。

 流石に一箇所に多大な戦力を纏めるのは、ゆるされないのもあるだろう。国家的に。


 要約すると、あたしは全く何が何やら理解できなかった、以上。


 対して騎士は、国のものである。いわば公務員。

 ミラさんのように、多少ミレニア教の息がかかっているぐらいは許容範囲だとか。中枢部の方にまで食い込むいわゆる近衛みたいなのはまた別らしいが、今は関係がない。

 お偉いさんの御子息だとか平民だとかの差はそこそこあるぐらいで、構成もイメージとは大差ない。



「そういえば"カイン"って、昔の有名な騎士さんの名前でしたよね」


 そう、レスカが聞いたことがある。


「やっぱり名前の由来って、そこからだったりします?」


 カインの動きが微かに停止し、そのまま首を肯定の方に動かした。


「父親が、騎士だったからな」


 教徒なのは母方らしい。

 やはり父親の方は息子に同じ職業を選んで欲しかったのだろうか。


「マザコン……」

「おい、響から嫌な予感しかしないんだが」


 意味を理解していたラオだけが、ぷるぷると笑いをこらえていた。

 レスカがゆるい空気を裂く。


「じゃあなんで聖騎士なんかになったんですか?」


 カインはほんの少し、目線を上へと向ける。

 何かを思い悩むような、又は悪行の計画中のような、それでいて結局は何も考えていない表情。


「……十年近く前のことだからな。 反抗期と流れと、」

「と?」


「特定個人への苦手意識、というところか」


 結局その特定個人というのは判明せず、全てを知っているらしきラオだけが始終にやにやと笑っていた。










                  ◆◇◆◇◆










 カインの逃亡。

 時期が時期。


「特定個人、判明いたしましたー」


 ラオが目を丸くした。


「ん、あれ? 今年は大丈夫やったんじゃ……」

「えっ、てか誰? どんな人?」


 カインが苦手意識を持つなんて、相当だろう。わくわくしながら返事を待つ。


「こちらです」

「直接見に行くんだ?」

「やめといたほうがええと思う……」


 ぼやくラオをよそに、レスカはすたすたと歩き出す。それなりに人波の雑多とした建物内をものともしない。


「あ、待って!」


 慌てて椅子から立ち上がる。

 レスカはちらりと振り返り、眉をひそめた。


「早くしてください。 カイン、殺されちゃいますよ」


 ……えっ。








 その意味は、実際の風景を見て初めて理解した。無理矢理にさせられた。





 ぴり、と乾いた空気がひび割れる。

 錯覚。

 若干距離をとり、壁越しに見ている筈の景色なのに。


「久振り」


 軽やかにしてしなやかで余剰成分の存在しえない声色。

 楽し気な調子と相対するように、カインが引きつった笑いを作った。


「たかが一年だろ」

「一年は結構長いものじゃない?」


 軽量な音声の持ち主は、とんっ、と一歩脚を前へと動かす。

 カインは動かず目線だけが一瞬、後ろへ引いた。


「お前、なんで今の時期にここにいる」

「決まってるじゃない」


 カカッ、と地面を踏み鳴らす。






「第百十六期生アイリス・フィオレはこの度、騎士課程を修了致しました」


 令嬢然とした雰囲気を崩さないまま、表情は鉄へと変わる。

 彼女の手が触れた剣の柄には、精巧な模様。騎士の証。


「だから――」


 まるで歓喜を表現するように、ふわり灯火のような彼女の髪が逆立つ。


「約束通り私と、殺し合いしましょ? ね」


 鉄面皮のままその眼だけに笑みをたたえる彼女の頭部には、楽し気に軽やかに主張する、肉食獣の如き両耳が鎮座していた。











 湧き出たのは静かな感慨。

 ああ、そっか。騎士ってやっぱりこんなのばかりなんだ……。







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