最悪の 情景
「うーみー……」
「レスカはそれしか言えないのか」
あたしは途轍もない既視感と、レスカの言語能力の低下を感じた。
やっぱりアンデッドの脳味噌は腐っているのか。
「で、懸念その一ってなんですか」
「愛ある渾名」
「ちょっと無理があります」
確かに『懸念その一』というネーミングは、横着し過ぎだな。何か他のものを考えよう。だーくふれいむなんちゃらとか。ひらがななのがポイント。レスカっぽい。 フレイムなのにダークとか、意味がわからない。だが、それがレスカらしいと思うんだ。と、レスカにそのまま説明する。
「うう、なんで好みのど真ん中を行っているのに素直に喜べない理由を出すんですか……」
やっぱり好みだったんだ。
レスカはネーミングセンスだけがあれだからな。美的センスはファンタジー補正で誤魔化せる。内面的には普通のアホの子だ。ネタがどうかギリギリのナルシズムが見られるけど。
「でも、ちょっと安直なネーミングだと思います」
「あっそ……」
あたしは卒業したんですぅー。センスの方の中学二年生は小学校のときに!
「あと、くれぐれも私のイメージカラーは白ですので」
「自分でイメージカラーとか言わないで」
意気消沈して、レスカを再び海に送り出した。
「ええんか?」
「うん、そろそろ時間だしね」
時刻は夕方。アレのお時間だ。
「外道だな」
カインが呟く。
ふはは、なんとでも言え。このくらいの嫌がらせは、許されるでしょ?
「お前の方がよっぽど悪人面だ」
「あれ? カインに言ったっけ」
「ああ、言った」
「……いや、褒めてますから?」
「それは褒め言葉じゃない」
「端正で冷徹なお顔ですね?」
「………」
うん、ごめん。でもその悪人面は、割とあたしのストライクだよ。観賞用としてだけど。
世間一般に見たらあれだ、幼女泣かせてお巡りさんこいつです、だ。駄目だな。
リタがカインに冤罪をふっかけているところを想像してしまった。リタ女史恐ろしい。あれ、本当に十歳か?頑張って幼女のフリをしようとしている転生者だったりしないだろうか。つまり中身はおばさんか、最悪おっさん……。ロリババアが許されるならば大丈夫だろう。頑張れリタ女史。TSでもなんとかなる。
「ルイー、また目が死んどるで」
「またって何?! あたし、どんな頻度で死んでんの?!」
「あー、数えてへんから分からん」
数えるほどあるんかい。軽く落ち込む。目が死んでいるって、人間として何かが駄目な気がする。今更だけど。
そういやレスカの目は、死んでないよな。
あたしは、傘をさしながら泳ぐという暴挙に出たレスカを見る。生き生きしてる。多分この中で誰よりも若々しい。幼児化ともいう。
レスカの目は、大抵大袈裟なハイライトが散っているイメージがある。とは言え、結構な頻度で虚ろな目をするけども。電波な世界にトリップしているんだろう。そういうことにしておこう。
どぷん。
レスカの頭が水中にトリップした。
「来た?!」
砂浜を駆ける。
透明度の高い海水に、かろうじて見える半透明。
長い手袋を嵌めた手で、それを掴んだ。そのまま引きずる。
「ラオ、カイン、先よろしく」
「はいはい」
「レスカは任せた」
そうして、押し寄せるクラゲの軍団に向かって行った。
あたしは引き続き、掴んだクラゲの足を砂浜に上げようと奮闘する。
つるつるふるふるしたものが、腕の中で暴れまわる。擬態音はびちんびちん、だ。素の肌に触れ、皮が裂ける。つるつるふるふるに似つかわしくない突起のようなものがついているようだ。チクチクするけど、今すぐ回復魔法を使うほどではない。
人よりも大きいクラゲに乗っかり、傘のような部分を思い切りナイフで裂く。その中からどろどろになったレスカが出てきた。
「おかえりー」
「……」
レスカは無言で震えている。
「捕食死の恐怖はどう?」
「……」
いや、食われないんだけど。
正式名称は長かったので、勝手にあたしがデカクラゲと安直に名付けたやつは、傘の中に獲物をしまいこみ少しずつ魔力を吸う。間違っても、噛み砕かれることはない。
でかいので邪魔、殆どそれだけだが、大量発生してしまえば十分な脅威だ。取り敢えず人喰いと言えるし。ん?これもれっきとした捕食死か。死因カテゴリはよくわからない。
「まだ泳ぐ?」
「……」
ぶんぶんと、横に首を振る。ぐしょ濡れのポニーテールがしなり、水が掛かった。顔が青ざめているのは元々である。
「……餌にするとか、ルイは酷いです」
「はっはっはー、何のことかなっ?!」
さて、あたしも加勢して来ますか。
そうして軟体動物と相性のよくないあたしは、ひたすら網を投げて砂浜に引き揚げる作業を続けたのだった。
ちなみに半狂乱に陥ったレスカは、鎌を振り回しながら海上でクラゲを足場にしての討伐、という暴挙に出る。
今更レスカを止める人はいない。暗黙の了解だった。
「うっわ……腕真っ赤……」
切り傷だらけなのを忘れていた。
こういう傷は痛みより見た目の方が痛い。感覚としては、紙で指を切った感じか。痛いより痒い。なんて考えていられるうちは、平和だ。
あたしはちらりと、同じ場所の別次元に目をやった。
「平和だね、ほんと」
「クラゲのバラバラ惨殺死体を作成しながら言う台詞ちゃう」
◆◇◆
同じ場所の別次元では、緊迫した空気が渦巻いていた。
リクトルの海岸は、二つの異なる海域がぶつかっている。魔物たちにしか見えない壁があるのか、片方に生息する奴等はもう片方の海域に入ることはない。
それは、全く違う世界が隣り合っていることを意味していた。
ネルルは乾いた口内に、舌を滑らせた。
彼女が目の前に対峙するのは、四つ足の魔物。表皮には貝がびっしりとこびりついており、その巨躯は家一つといったところか。
通常は岩であるかのように、人生の大半を動かずに過ごす比較的穏やかな魔物だ。今はただ単に、人生の大半に位置しない、気性の荒い時であるだけで。
陸に上がるなんて迷惑だ。海に住んでいるのだから、一生海にいればいい、とネルルは内心でぼやく。
ネルルは海が嫌いだ。否、正確に言うと水辺全般を好くことは出来ない。勿論、風呂は別格だが。
そして水辺に住む奴等には、時々ネルルの水魔法が効かないこともある。そして目の前の四つ足も、その部類だった。それが、嫌いな理由に拍車を掛ける。
カズキと共に少し遅れて行くことはを決めたのにも、三割ほどは海に行くことを遅らせたかったという理由である。当然、残りの七割はカズキと共に行くこと自体だ。
旅路のことを思い起こし、眉間にしわが寄る。振り払うように、杖を握り直した。
「ったく、ウーパールーパーの癖にしぶといなこいつ!」
「うーぱー?」
「悪い、マリエッタ。 気にしないでくれ」
こんな気味の悪い怪物にも、可愛らしい渾名を付けるカズキはすごい、と考える。
「ネルル!」
ぴくり、と腕が跳ねた。合図だ。
ネルルは言葉を紡いでいく。
水が効かないなら使わなければいい。そっちのほうが本望だ。
脳裏に浮かぶ紫電を形に、音に乗せる。
今日はまだ、使えるはずだから。
確信は裏切られた。口は正しく詠唱し、頭の中にも確固たるイメージが存在する。なのに。
塗り替えられる。
その感触に焦りを覚えても、何も変えることが出来ない。
「――〈雷槍〉」
言葉とは裏腹に、滝のような水が四つ足に降り注いだ。
『何で』よりも『また』、そんな感慨。幾度と無く感じた絶望が、ネルルを襲う。
カズキの期待に応えられなかったことが、ネルルにとって最悪の情景だった。
◆◇◆
リクトルは観光地なだけあって、店が沢山ある。災害もイベントに変える商売根性はあるものの、特別儲かっているとは言えない。それでも活気が十分にあるというのは、素晴らしいと思う。
「れーすかちゃーん、それは何かなー?」
目を離した隙に、レスカが一つの瓶を抱きしめていた。
「じ、ジュースです」
ああ、お酒って書いているように見えるのはあたしの気のせいだと言うのか。
「背伸びはやめましょうね、十七歳。 未成年者の飲酒は禁止です」
「ルイって、そんな時だけ意見を翻すんですね! さっきまで二十二歳って連呼してたじゃないですか!」
「そうだっけ?」
「そうです!」
「肉体は十七だから、ダメじゃん」
「一応合法です!」
……まじで?
「余計タチ悪いな」
レスカ+アルコール=大惨事という図式しか見えない。法律を止める理由に出来ないとは、何とも面倒だ。
ちなみにあたしはアルコールの類に魅力を感じない。だってほら、脳味噌は黒歴史で詰まっているので、万が一にも酔うわけにはいかないのだ。炭酸は苦手だし。ジュースの方が性に合っている。
「私が酔うわけないじゃないですか!」
「じゃあ何のために呑むの、君」
理由付けがかったるくなったので、実力行使で奪う。ラオが。と言うか、半ばスリだ。
「ありがと、ラオ」
「後始末はどうせ俺やからなぁ」
部下の失態はリーダーの責任、か。ラオも板についてきたな。貧乏くじを受け入れたとも言う。
「あー! 返せー!!」
「レスカ、ですます」
「か、返すです!」
「レスカ、それ違う」
「返します!」
「立場がちゃう」
「ちょっと待って下さい、私、普段どうやって話してましたっけ?!」
「そうやって話してた」
「うー? うー……うー!」
レスカが混乱状態に陥った。
「で、これどうする?」
「返品は無理やろな」
「カイン、呑む?」
「あまり呑まないが」
「これ、辛めのやつやで」
「遠慮しておく」
頼りにならねえ甘党だな。
「一希組に渡すか」
一希とネルル以外は大人だろう。
「あー! 私の始めてのーっ!」
液体の采配が勝手に決まったことに、レスカが嘆いた。
「いいです、新しく買いますもん」
「セーラー引き裂いてあげようか」
「や、やめて下さい!」
レスカはマリンカラーの腕を抱きしめた。
ところで、レスカのクローゼットが二台目に入ったことにはいつ言及すればいいのだろうか。
「あれ?」
目の端に、鮮やかな青色がちらつく。
一人きりでうろつくツインテールの少女が、離れたところにいた。
「ネルル?」
45話 それは少女の 黒歴史 NGカット
を、活動報告に追加しました。
初日は見せていたので、見た人は多いと思います。




