単純な 答え
遅れました。すみません。
※イラスト注意
一希から目が離せない。
字面だけ見ると、何とも恋する乙女チックだ。気が付けば彼を目線で追っていた―――とてもロマンティック。吐き気がするほどに。
良くも悪くも主人公らしい一希は、あたしの好みである悪人主人公や下衆主人公とは天と地ほども違う存在であったと記憶している。おそらくそんな偏った嗜好は、あまりに正道を突き進む一希を間近で見ていた弊害だろう。現実逃避の一種だ。ちゅーにびょーを発症するのや、電波を発信するのと似て非なるものだがまあいいだろう。あたしが同じと言えば同じことだ。
ああ、そんな悪人主人公や下衆主人公が鼻柱を折られるのが好きだったから、結局一番はマトモ系主人公ということなのかもしれない。天邪鬼だな。
閑話休題。これ、四字熟語の中では語感がかなり好きだ。長年"へいわきゅうだい"だと思っていたけど。
さらにかんわきゅうだい。
一希は殺人をして精神崩壊したり、なんやかんやで不殺を掲げたりしそう人間だった。最先端なラブコメを行くのか、ちょっと前の少年漫画を行くのかわからない。それがあたしの十六年間見てきた白井一希の生態。
つまり、"ひとごろし"して、あたしにそのまま抱きつける人間じゃないんだよ。何事も無く笑える人じゃなかったはずなんだよ。
あり得ないほどいつも通りの言動をとる一希を、いつも通りのはずなのにあり得ない言動をとった一希 を、あたしは細胞レベルで拒絶反応を起こしている。だけどその結果が一希を恐れているわけでもなく、一希を怖がっているわけでもなく―――ん?被ったな。まあいい―――ただ、受け入れ難い現実として認めている。現実逃避が機能せず、視界のロックが外れない。
歯噛みした。
何があった。何が一希を変えた。あたしはどこで間違えた。
あたしは今の一希をどんな目で、どんな顔で、どんな気持ちで見るのが正しい。わからない。
規則正しく、されど激しい動悸に合わせ視線が泳いだ。一希が視界から剥がれない範疇で。脳味噌は実に律儀だ。
思考のゴールが見えないことが、何よりも苦痛だった。
ふと、手の甲を嗅ぐ。
―――生臭い。ただ、それだけを思う。
降りかかった血液よりも目の前で死んだ他人よりもその他人に殺されそうになったことよりも一希にショックを受ける自分に、佐倉ルイという人間の精神構造が恐ろしくなった。
結局、あたしは単なる社会不適応者だったのだ。
……なんて考えたものの、馬車から降りたら自然に一希から視線が外れるわけで、あっけなく地を踏みしめる。首の限界がある限り、死角は生まれるのである。
足元がぐらぐらする。踏みしめた感がまるでない。波に揺られた日の夜は布団に入ると波の感覚が蘇ってくる事例と同じだ。
お隣のレスカは三半規管の調子とは無縁につき、踏み止まることが可能。なのに飛び跳ねている。
贅沢ものめ。恨めしそうに、レスカを見つめた。普段からふわふわしているこいつは、ぐらぐらとは無縁なのだ。お年をわきまえろ、にじゅーにさい(禁句)。
見た目は子供、中身も子供。……清々しいほど合法だ。どうしよう。
というか、本物の社会不適応者が隣にいたよ。あたし序の口だ。もう全然平気。吹っ切れた。問題点の片方だけだけど。
元々薄々認めていたし。今更レッテルを貼られても、痛くも痒くもない。……いや、訂正。ちょっと心が痛い。我慢出来る範囲で。
だけど最大の悩みが未解決のままだ。死角に入っただけで解決するほど、単純じゃない。
叫び出したい衝動に駆られるけど自重する。
佐倉さんは仮に社会不適応者だとしても軽度、もしくは予備軍なのだ。
レスカがネルルの真似をして、じと目光線を放って来た。ふはは、効かぬ!(末期)
どうやら自分はかなーり参っているようだった。
三日目の夜は、途中にある町(正確に言うと、村<この辺≦町)で一時停止だった。
「いやっほー!! ベッド! ベッド!」
「いや、レスカはオールナイトでしょ」
「細かいことは気にしちゃダメなんです」
「もうちょっと体裁を気にしてくれないかな」
「まだ常識の範囲内です」
……そうだね!
あたしはすぐに諦めた。
レスカから馬鹿を取ったら何が残るんだろう。完璧美少女じゃないのかな。という話をしたら、「腹黒系目指します」と返ってきた。やめろ。
なんなの。もう普通の美少女でいいよ。美少女に普通も何もないけど。
「んで、ハンスさん大丈夫だったの?」
「あ、はい。 毒とか塗ってなかったですし。 傷跡一つ残ってませんよ」
よく考えたら、治癒魔法って怖い。弾丸を受けたとして、そのまま治癒魔法を掛けたら、弾が体内に残ったままだそうだ。
治癒魔法も万能ではない(しかも使い手も多くない。カインしかり、ミレニア教徒だから誰でも使えるとは限らないのだ)、そのため普通の医者も存在する。殆どが薬師と兼任だったりするけど。こっちの方がお医者さんの雇用事情はブラックだ。その代わり、家計簿はレッド気味。
「レスカ、ご飯食べに行こ」
あの後になんで飯なんて食べれるのだろう。我ながら不思議だが、お腹のメッセージには逆らえない。
昔からバイ◯ハザード見ながら肉を食べれたしな。こっちでもアンデッド退治の後に普通にご飯食べていて、メリダさんに引かれた記憶がある。
もう、そういう生態なんだよ。
「あ、私、今日はいいです」
「ん? なんで」
「ちょっとやりたいことがあるので。 ダイエットとでも思っていて下さい」
「全世界の女が敵に回った」
「ようするに褒め言葉ですね、ありがとうございます」
レスカは顔を見ていると気がつかないが、実は肋骨が浮きかけているほど細い。顔色も合わせ、不健康なことこの上ない。雰囲気は深窓の令嬢とでもいうのが正しいだろうか。ああ、全力で否定したい。
と、悶えながら階段を下る。一段降りるたびに僅かに軋み、建物の歴史を物語った。ようするに古い。が、小学生の時の臨海学校の宿の方がボロかったと思うのは、どういう了見だ。フナムシをアレと間違えて、てんやわんやだった。まあ、他にも色々と一希がやらかしたりしたけど。あの民宿の床が抜けたのは許容しちゃ駄目だろう。
一階の食堂には、あたし以外が揃っていた。
「レスカはいいのか?」
「……ぁあうん、あの子断食月間だから」
一希の顔を見て、声が裏返る。
「どこの修行僧?」
「コスタリカ」
「それ、仏教違う」
まず、コスタリカってどこだっけ。語感が東南アジアっぽくないだろうか。と思ったら、アメリカ付近の国だと教えられた。……清々しいほど違う。もうあたし、文系名乗れない。
「カズキ……」
ネルルがぎゅっと一希の服を掴み、あたしを見つめる。完全に初期状態だ。積み上げて来た好感度が、選択肢一つで崩れ去ったような感覚。諸行無常を感じる。
やっぱり抱擁はまずかったな、バカズキ。さあ、今すぐネルルに抱きつけ。時代はダキポだ。そしてセクハラで捕まりやがれ。
正直ネルルの放つ敵意は、最初よりも酷かった。一希の人間関係クラッシュは未だ健在だ。
パニックミラさんに襲われそう。本当にいなくて良かった。
なんかどす黒いオーラの出てるネルルに生きながら呪われ続けそう。死ぬよりこっちの方が怖い……かも。
これ以上刺激するのもよくないので、一希から一番離れた位置に座る。ラオの隣、カインの向かいだ。斜めにネルルでその隣に一希。どうしよう、人数的にあんまり離れた感じがしない。
恋する乙女は厄介だ。
黙々と食べるあたしと、迷いながら手をつける一希。
「すごいな」と言われた。まあ、好き嫌いが少ない自覚はある。食べ物の体裁を守っていれば、大概は食べれそうだ。
一希に対する混乱とネルルからくる圧力で、まともに話をしようとはしなかった。できるわけがない。やっぱり、ネルルのことがなくてもどこかで避けている。
だから隣のラオとばかり話していた。こてこての方言は聞いていて疲れるが、ラオのはほとんどイントネーション以外に大きな違いはない。それは逆に、好きな部類だ。
摂取量が桁違いに少ないネルルが真っ先に食べ終え、一希が終わると共に連れ出す。
どんだけ嫌われたんだあたしは。既視感を覚えて苦笑い。せーしゅんですな。こちとら枯れきってます。
「どうしたんやろ?」
「さあ」
惚けておいた。
ちょっと待て、よく考えたら部屋割りはネルルと一緒じゃないか。うわ、気不味い。他人の恋愛沙汰は好きだけど、巻き込まれた途端に味気がなくなる。
……よし、放置だ。
ガールズトークでネルルを虐める計画が破綻し、脱力する。
一希が女性アレルギーでも発症すればいい。もしくは佐倉さんアレルギー。女性恐怖症のハーレムものって、ありそうだな。……問題点が変わってない。
「じゃ、俺も外行って来るわ」
ラオが立ち上がる。
あたしはひらひらと手を振った。
残ったのはあたしとカインだけだ。
「あ〜……」
ごつん、と額をテーブルに打ち付ける。
「疲れたのか」
「うん、まあ……脳味噌オーバーヒート」
そろそろ熱暴走でレスカもどきな発言をしそう。
「今日は色々あったからな」
どうやら間近で死体生産を目撃したことが原因だとカインは思っているらしい
「や、そっちの方は何故かダメージが少なかったんだけどね」
「………」
「だってこの前、ゾンビ見ちゃったし?」
カタコンベとは別件だ。
カインに怪訝な顔をされた。そういう問題ではないだろう、とでも言いたげだ。いや、素面か?本当にカインは悪人面が似合うな(褒めてる)。
ゴツくはないんだけど、なんだろう。悪の総統系イケメン?違うな。悪の総統に仕える系イケメンだ。……あれ?ゴリマッチョのイメージになってしまった。
「……顔に何か付いているのか」
「いえいえ」
ゴリマッチョではないですよ。
ふむ、嘲笑が似合いそうだ。絶対にしないだろうけど。
「ねえ、カイン」
「どうした」
真面目な声を意識して作る。
「もしもだけどさ、よく知っている人―――カインの場合ラオが、しばらく会ってなかった内に変わっていたらどうする?」
「外見ならば気にしないが」
ただし常識の範囲だ、と付け加えられる。
いやまあ確かに、レスカが黒コートに仮面とか付け始めたら全力で引っぺがしにかかるけど。全身タイツまでいったら、見なかったことにして逃げる。いねーよ、そんな奴。
全身タイツレスカを想像し、軽く目眩を覚える。何かがガリガリと削られた。
じゃなくて、
「変わったのは中身の方だとする。 絶対にしなかったはずのことをしたり、だよ」
「難しいな」
カインが考え込むそぶりを見せる。
「そいつの本質が変わっていないのなら、黙って受け入れるだろうな」
あたしは受け入れられるだろうか。
「やっていることが間違っていると思えば、止めるだろう」
間違っては……いない、多分。そんなことを言ってしまったら、あたしが生きているのだって間違いになる。
「うーん……」
悩ましい。
カインがグラスを置く。中身の甘ったるい液体は、いつの間にか尽きていた。
「だが、それを決めるのは今のそいつを理解しようとしてからだ」
瞬きを三回。
「今のそいつを知りもしなければ、何の判断も下せないだろう?」
目から鱗が落ちる。
「カイン、天才……」
「お前の『天才』は基準が低過ぎる」
「天才を身近な存在に引き下げようというスタンス」
「……どう返せばいいんだ」
「座右の銘は、『みんな天才』です」
「……そうだな」
カインはツッコミに不向きである。
天才イコール変人でも変人は天才に在らずと知ったときから、あたしの中で天才のハードルが低くなった。今では単なる褒め言葉になってしまっている。天才を溢れさせてその価値を下げようという魂胆、なのかもしれない。間違いなく一希を意識し過ぎた結果だろう。……あたしはどれだけカズキスキーなんだ。自分で気付いて引いた。一希って、あたしのコンプレックスの煮凝りじゃないだろうか。
「いや、でもカインに本当に感謝してる。 ありがと」
「ん、そうか」
名残惜しそうにグラスの底に目をやるカインに、あたしの分を渡す。カインが犬だったなら、確実に尻尾が跳ね回っていただろう。 逆に尻尾以外が動きそうにないのが、カインだ。
犬飼いたいなーって思って、同時に母親に犬の味を語られた時のことも思い出して、カインから目を背けた。
「さてと、行きますか」
宇宙人を詰問に。
◆◇◆
レスカは顔面から突っ込んだ。
着地先は枕。流石に馬鹿ではない。顔面がひしゃげたら、多分治らないのだから。試してみたい気もするが、自分を実験台にするのは御免被る。
ハーフアップに結った白銀の髪が―――聞こえはいいが、ようは白髪の進化系が―――白いシーツに散らばる。
浮かばない。
どうすればルイがアホの子に戻るのか、具体案が出ない。
「むー……」
仰向けになり、手を光に翳す。握ったり開いたりしながら、頭を働かす。一体どうやって頭を使っているのか、レスカ自身最大の謎である。自我を持ったアンデッド自体が、まず理解出来ない。そして理解出来ないものは理解しようとしないのが、レスカの主義だ。
ごろごろと転がった末に、上半身がベッドからはみ出る。頭に血が上ることもないので、そのままの姿勢を保った。
逆立ちは既に試し、成果は得られていない。
ノックの音が聞こえた。
「どーぞー」
入って来たのは案の定、柄にも無く悩み中のルイ―――
「あ゛~、ったく。 一希の奴、どこ行きやがった」
そう言って、頭を掻き毟る。
―――悩み、中?
「って何レスカ、その体勢」
ルイが大袈裟に慄いた。
「ゾンビごっこです」
「……うん、好きにしたらいいと思うよ。 生温かい目で見たげるから」
おかしい。いつものルイだ。
完全に何かが吹っ切れている。立ち直っている。
ルイを注視しながら、レスカがずるずると起き上がった。そのまま部屋の外へ。
「どこ行くの?」
「ちょっと天国までです」
「地獄に落ちろ」
「私、超善良なので、そういうのちょっと分からないです」
今日一番晴れやかな顔をしているルイを尻目に、扉を閉める。そのまま、背中を扉にくっつけた。
ああ、良かった。ルイが元に戻った。観察対象として一番いいルイだ。それは凄くいい事、なのだけど。
―――だけどいくらなんでも早すぎです!
血みどろからまだ半日も経っていない。四分の一日だ。
ルイの脳はどんな作りをしているんだ。
レスカに精神を心配されるとは、ルイも心外だろう。
まあ、結果オーライである。いつものルイが帰ってきた。完全なハッピーエンドだ。
だけどやっぱり―――、
レスカがばらばらになった髪をかき上げる。
「なんか釈然としませんっ」




