前途 多難?
レスカの自己主張が炸裂したのは、一希があたしの部屋に乗り込んで来た、その前日の朝だった。
場所はギルド内の隅に位置するテーブル。レスカはこてっ、と頭を伏せ、テーブルの下でじたばたと脚を動かしていた。
「いーやーでーすー!」
「そんなん言われても、あかんもんはあかん」
ラオが断固とした態度で、レスカに臨む。
「うーみー!!」
「沈めたろか」
そう、今回の要求は『夏だから海に行きたい』という、小学生みたいなものだった。なんか、もう……みんな揃って頭を抱えた。
問題点は明確だ。遠い、その一言に尽きる。一番近いので、リクトルという港町だろうか。移動手段が馬車なのでよくわからないが、地図で見る限り気軽にいけない距離である。つまり交通費もかなりのものというわけで。海に行きたいからなんて理由は認められない―――ということをレスカに説いているのだが、聞き分けのない駄々っ子には無意味らしい。
しかし、一人の男の登場により、駄々っ子モードが終わりを告げる。
「それじゃレスカちゃん、行って来るわ」
レスカの椅子の横を通ったパーティの一人が、レスカに声をかける。途端、うつ伏せから体勢を戻した。
「あ、いってらっしゃいませー」
……レスカ、違う。それ違う。
「おう」
「気を付けて下さいね」
「はは、怪我したらレスカちゃんに治してもらうか」
「ダメですよぅ。 今度からお金取っちゃいます」
「あー、それは気を付けなくちゃな」
「全くです」
成る程、こうやってレスカファンクラブが出来ていくのか。詐欺師め。
「カイン、世の中にはこんなやつがいるんだよ」
「女は怖いな」
全くだ。
「で、レスカ、さっきの誰?」
「さあ? 名前覚えてないです」
……沈めたろか、逆ハー主。
レスカの被害にあったモブ男のご冥福を御祈りする。
「とにかく、レスカの我儘を聞く義理はないってことや」
「いやいやいやあー!」
そんなレスカを、遠目から見守るレスカファンの皆さん。こいつ等もう駄目だ。「ウサギひでぇ……」とか「レスカたんのお願い♡を聞かないとはどういう了見だーッ!」とか、好き勝手言ってくれる。だったら誰かうちの聖女様引き取って下さい。
駄々っ子は放置に限る。その対処法を実行しようと腰を上げ―――
「そんなお姉ちゃん達に、いい話がありまーす」
その時、バイオレンスツインロリが、舞い降りた。
リタの話は、狙ったんじゃないかというぐらいに美味しかった。
リタの店(というか商会だろうか)が、急な注文を請けた。納品先は港町、リクトル。そこまで、護衛を依頼したいと言うのだ。
「ねえ、狙ってない? 狙ってるよね??」
「そんな訳ないよー。 お姉ちゃん、ニュース見てないの?」
どういうことだろうか。
「今ね、リクトルは港町の機能を果たしてないのー」
魔物の大量発生がリクトル近海に起きたため、船がまともに入れない状態だそうだ。となると、陸路から仕入れる量が多くなる、ってわけか。
ふむ……いくらリタと言えど、魔物を呼び寄せるのは無理か。
「最近多いな」
カインがつぶやく。
「そうなの?」
「ここ等では見られないがな」
ふーん、自然は偉大だねー……なんてちょっと前なら考えていたのだろうが、時期的にねえ……。
「周期的に大量発生はありますから、そう珍しくもないですよ」
蝉のようなノリで、レスカが言う。そんな軽いものなのか?
「うん、タコ焼き大会とか開催してるよー」
商人は逞しかった。
ちなみにタコ焼きと言っても、粉ものではない。串焼きだそうだ。
災害すらもイベントに変える根性はすごいと思う。
だが、やっぱり船が入りにくいというのは致命的で、緩やかに物価が上がっていっているそうだ。
「これからが稼ぎ時なのっ!」
きらきらとした瞳で、リタが語る。うん、君さ、前にあたしに守銭奴っつったよね、見事なブーメランですよね。
だが、心優しい佐倉さんは突っ込まない。
「にしてもさー、レスカよく知ってたねー」
リタがレスカを見上げる。
「ちょっと待って下さい、なんでルイが"お姉ちゃん"で、私が呼び捨てなんですか?!」
「あはー」
「なんでなんですかー!!」
A: 君の言動がリタに馬鹿にされるくらいガキだからだ。
ほんと、どこまでレスカは本気なのだろうか。
うまい話には裏がある。それを知らされたのは、レスカが二つ返事でその依頼を受けてからだった。もう一度言おう。レスカが、だ。
「あ、失敗したら報酬無しはもちろん、賠償させるからねー」
その額を聞いて、血の気が引いた。
リタは、「これでどっちに転んでも……」とか言ってニコニコしていた。完全にカモられてやがる。レスカが(現実逃避)。
「まあ、失敗したら、レスカが全額払うってことで」
「ふえええ??!!」
当たり前だ馬鹿野郎。物価上がってるって言ってんのに、なんで行くんだ。阿保。
「途中で依頼を破棄するのは認めませーん」と、お金に関することになると途端に口調がしっかりするリタに、釘を刺されてしまった。
「山道で先月壊滅した山賊の残党が出るかもしれないけど、頑張ってねー」
と、ちゃっかり借金フラグを立てて行ったのだった。
「なあ、どないしよ」
「どうしましょ」
「カインの食費を削るしかあらへんな」
「レスカの洋服代とエンゲル係数をどうにかするしかないね」
「「⁉」」
そんな訳で、今日も平和である。うふふふ……なんかもう、フラグの二、三本、怖かねーや。俺、この依頼が終わったら結婚するんだあははは。……誰とだ。
「ていうか、泳げないんじゃない?」
大量発生してるんでしょ?
「あ……」
ねえ、君は何をしたかったのかな?
◆◇◆
「アネルさん、なんかリタが変な方向に進化してません?」
ぴくりとアネルさんの動きが止まった。
「ですよね……」
溜息とともに、頭を抑える。無表情メイドは、プライベートになるとかなり表情豊かになる。無表情無感情は、リタの言動に耐えるための仕事モードなのだそうだ。
「実は少し前から、旦那様がお嬢様に仕事を手伝わせるようになったんです」
「だから依頼なんて持って来たんですか。 無謀過ぎる……」
プライベートなので、アネルさんの敬語もちょっと緩い。
「申し訳ありません……私が目を離さなければ……」
「いや、騙されるレスカが悪いっていうか、止められなかったあたしの責任っていうか」
「すみません……」
うわあ、なんかこっちが居た堪れなくなってきた。本当、アネルさんも苦労人だよな。
「で、なんで仕事をリタに手伝わせてるんですか?」
アネルさんが、少し困ったように微笑んだ。
「旦那様と奥様は、悪戯をするのは暇だからだという結論に落ち着かれたようで、退屈する暇など与えないように無茶難題をふっかけてみようと考えられたんです」
「それをこなしちゃったと」
「はい……」
リタのスペックに嫉妬する。
「私の仕事は大分減ったのですけどね」
と、また苦笑。
「頑張って下さい」
「はい、頑張ります」
さて、あたしも頑張ってみるか。
出発は明々後日。フラグ回収がされてもいいように、あたしは準備に向かった。
◆◇◆
―――明々後日、早朝。
日程は五日。目的地まで連れて行ってもらうことが出来、しかもお金が貰えるというリターン。もしも道中、商品に一定以上の被害が出た場合は依頼失敗として賠償、というリスク。
リタをボロクソに叩いたが、実はそう悪くない内容だ。ランクはDだし。要するに失敗しなければいいだけの話である。
ああ、だからいいんだ。不満なんてもう無い。無いはずなのに……。
「なんで一希とネルルがいるの?」
ぺこりと小さく頭を下げたネルルに問題は無い。用があるのはダブルピースのお前だ。
「いぇい」
「昨日、出発したんじゃないの」
「うん、俺とネルル以外」
中指を立てた。
「要点を掻い摘んで、三十字で説明しなさい」
「いや、無理」
レスカがぽんぽん、と肩を叩いて来た。
「……チェンジって叫んでいい?」
「叫ぶだけなら」
前途多難とは、このことだろうか。




