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無題  作者: さちはら一紗
招かれざる 訪問者
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本末 転倒



「よし」


 あたしは一人、頷いた。

 姿見に映る自分を、ネルルはじっと見つめている。

 涼しげに広がるクリーム色のワンピース、白いビーズの付いたカチューシャに止められた青色の長い髪。ツインテールは解かれ、真っ直ぐに流れていた。


 うん、やっぱり自分で着るより着せる方が楽しい。

 好みの服と似合う服が一致しないのが現実だ。あたしはワンピースなんて着れたもんじゃない。ロリータを着たら目も当てられない。ゴスロリを着たら仮装大会。まあ、着ようとは思わないけれど。やっぱり美少女は得だと思う。


「ツインテールへの拘りはどうしたんですか……」


 レスカが溜息と共に吐き出した。なんか最近、レスカはよく溜息をついている気がする。原因はあたしだけじゃないと信じたい。


「いやあたしがツインテールに拘るのはツインテールが似合う人はどんな髪型をしても似合うという法則のせいであってつまりツインテールというのは美少女の種類分けの選定に使う物差しでありおそらく最も難易度の高いであろう髪型を可能とする人間へ払う敬意の……」

「分かりました。 もういいです」

「いや、分かってないでしょ」

「分かりたくないです」


 そうですか、残念。



「ネルル、気に入った?」


 問い掛けに、コクッと頷く。


「じゃあ、脱ごうか」

「……ん」


 ネルルは名残惜しそうに答えた。



 視界に、ネルルそっちのけで明らかに自分用の服を物欲しそうに見つめるレスカを捉え、回収すべく足を向ける。

 ふと気になって、ちらりとネルルに目線を向けたら、鏡の前でくるりと一回転していた。







                   ◆◇◆







 家庭的であることが、マイナスに働くことはありません―――母親のありがたいお言葉に乗っ取って、舞台は台所に移る。

 確かに母親は家庭的だ。三枚下ろしは朝飯前、漬物だって自家製だ。他にも鶏を解体したり、蛙を解剖したり、蜂の巣を見て涎を垂らしかけたり……モツが何よりも好きなかわいいかわいいおばちゃんである。……駄目だ。何でうちの人は結婚出来たんだ。

 グロ耐性とスプラッタ耐性は、完全に母親によって培われたものだろう。まさかそれに感謝する日が来ようとは、思ってもいなかったけど。

 反面教師で育ったつもりだったが、あたしの価値観はお母さんの影響を多大に受けていたことには、出来れば気付きたくなかった。

 蛙の子は蛙、変人の子は変人ってことだ。傍迷惑な話である。

 まあ、そんなぶっ飛んだ人ではあったが、存外まともな言葉も残している。いわゆる、常識を知っている非常識人だ。あたしが家庭料理の範疇を出ないがそこそこ料理が出来るのも、母の教育の賜物である。ありがとう、お母様。だけど虫は勘弁して下さい。いや、フリじゃなくて。


「しっかし性格出るなー」


 ネルルの作業を見ながら、あたしは思った。

 ネルルは凄い。もう、半端じゃなく凄い。何が凄いかって言うと、その精密さだ。一グラムの誤差も許さない。匙を揺らしてふるい落とすその様は、危険な薬品を扱っている最中の、科学者のようだ。ぶれることのない瑠璃色の双眼は、集中をもの語っている。その様子に、思わずあたしは見入ってしまった。



 いや、お砂糖にそんな精密さはいらないから!



「……何でこんなに繊細な作業が出来るのに、魔法は暴発するの?」

「暴発させたくてしてるわけじゃない」


 ネルルは実に首席に相応しく、研究者気質だった。人は見かけによらないものだ。


 温度までも拘ろうとしたので、流石に止める。


「やめい」

「カズキに渡すなら、中途半端は駄目」


 いいんだよ、一希の存在自体が中途半端だから。あと、温度計の目盛りが数ミリ足りないからって、火力を微調整しないでっ!キリが無いよ!




 だが、真に目を放すべきではない人間は他にいた。


「で、レスカは何してるのかな?」


 真似したいお年頃なレスカは、テーブルにてすり鉢を抱えていた。


「あ、完成しましたけど」


 そう言って、自らの口にひとつまみ黒色の物体を投入する。


「合格ラインですね」

「へー」


 レスカの舌は肥えている。合格ということは、それなりに美味しいのだろうか。

 隙を見てつまみ食い。


「あーっ!!」


 レスカの悲鳴をBGMに、舌の上で転がす。




 ……結果は、お手洗いに駆け込んだとだけ言っておこう。


「何作ってんだーっ!!」

「毒を試食する馬鹿がどこにいるんですか馬鹿ーっ!!」

「作るなボケええっ!!」


 異世界にて初のリバースがグロシーンではなく毒というのは、一体なんなんだろうか。

 あたしはその日、魔法の有り難みを思い知った。





「というか、ネルルが料理する機会なんてあるんですか?」

「あ……」


 ネルルの目線が、何気に痛い。そう言われればそうでした。


「レスカ、わたしはどうすればいい……?」

「そうですね、サバイバル料理を学んだらどうですか」


 斜め上だが、けして間違ってはいない回答を繰り出すのがレスカである。


「やっぱり……こんなことはカズキの力にならないと思う」


 そう、ネルルが求めるのは一希の戦力となり得る力ということを忘れてはならない。


「ああ、大丈夫」


 あたしはネルルに告げる。


「水って、存在自体がチートだから」


 詳しくは理系な一希に聞こう!

 その後、ネルルのあたしに対する好感度が著しく下がったのは、言うまでもない。









                    ◆◇◆







 ヒロイン化計画始動から、八日。ネルルは順調に進化していた。無論、進化の方向性には突っ込まない方向で。


 メリダさんはミラさんと一緒にいるところをよく見かける。二人の放つ雰囲気はさっぱりとした魅力があるな、と最近しみじみ思うのだ。中身は天然と熱血なんだけど。


 レスカも、なんだかんだマリエッタと仲良くやっている。会うたびに命を狙うのも、愛情表現だと思いたい。レスカはツンデレさんである。―――そんなわけはないと知っているが。


 一希は、うちの男衆と意気投合していた。特にラオと。『カズキも苦労してんねんな』みたいな台詞を聞いた。どうやらラオは、常識をわきまえた友人が出来たと思っているらしい。彼はまだ、そいつが全自動無自覚フラグ乱立機というとこに、気付いていなかった。世の中には知らない方がいいことが沢山ある。あたしはラオの胃痛を防ぐために、黙っていようと決めた。


 ちなみにカインは、必死でマリエッタから逃げていた。何なんだ君たちは。



 そんな騒がしい日常も、明日からは元に戻る。


「だからさ、何で窓から入るわけ?」

「なんかかっけーから」


 ドヤ顔がむかつく。


「ここ、二階なんだけど」

「一階だったら意味ないじゃんか」

「……理解出来る自分が嫌い」


 あたしの胃痛はもう痛みを通り越して何も感じなくなっていた。何よりあたしも、リタの部屋に窓から入ったしね。


「で、明日ここを出るんだ?」

「うん。 なんか指示が入ったんだ」

「急だね」

「ミレニア教だからな」


 やはり、一希の中でもミレニア教イコールマイペースの方程式は成り立つようだ。

 正直に言うと、もう少しネルルと過ごしたかった。ゴスロリもまだ見つかっていないことだし。なければ自分で作ればいいじゃないの精神は持っているが、流石に出来ることと出来ないことがあるのだ。


「俺の知名度上げて、支持率上げて、資金もらいに行ってくるわ」

「まさに布教活動、お疲れ様です」

「ほんっと、やってることそのままだよな」

「まあ、平和過ぎて勇者なんて物語の存在は必要とされてないんじゃないかな」

「ネルルの話を聞いてもさ、ずっとこのままじゃないかと思ってる自分がいるよ」


 レスカの翻訳した話は女神に関する情報を除いて、ネルル経由で渡してある。理由は勿論、一希のネルルに対する好感度上昇のためだ。自分の口からだと、誤魔化したいところをうまく隠せないという可能性を懸念してのことでもある。


「まあ、出発は明日の昼頃だと思うけどな」

「じゃあ何で今、来るんだよ」

「ルイならお約束で、明日に限って朝寝坊しそうだから」

「何それ」


 否定出来ない自分が怖い。


「ていうわけで、まだネルルと話す時間はあるからな」


 ああ、もう。こいつは憎めない。

 ふっ、と頬が緩む。

 いい人過ぎるトラブルメーカーは、本当に困り者だ。


「ネルルといえばさ、あの子無口だけど寂しがり屋っぽいから、放置しちゃ駄目だよ」

「はは、了解。 女は敵に回すと怖いもんな」

「まあ、そういうこと」


 いつものような、たわいも無い話を長々と繰り返す。明日には、覚えていないような内容の無い話は、どうしてか楽しい。


「それじゃ、お土産よろしく」

「……旅行じゃないんだけど」


 手をひらっと一振り。帰りは流石にドアからだ。

 夜の徘徊に出掛けたレスカのいない部屋には、一希の痕跡が色濃く残る。

 もう少し、影が薄くて丁度いいんだけどな。


 ここ数日の自分の行動を思い返し、一人苦笑。興味があるのは人の恋愛なんて、我ながら難儀な性格だ。




 ヤンデレフラグを折り続け、一希とネルルの恋愛フラグを立て続けた日常が、終わろうとしていた。








これにて、三章導入部終了です。第一章以上の文量を使ってしまった……。

次から本番なので、文量が増えます。きっと。

カズキ編と見せかけたネルル編でした。


例にもよって、これから詳細なプロット作りに入ります。再開はおそらく八月になるかと。いえ、別に宿題を七月中に終わらそうなんて無茶な試みをするわけではないんですよ、ええ。終わったことがないので大丈夫です。




……とりあえずホラー祭に参加して来よう。

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