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無題  作者: さちはら一紗
招かれざる 訪問者
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異端者の 思考回路

 レスカの底無しのスタミナによる全速力は、追いつくことが不可能に近い。その様子を見たネルルが、目に見えてしゅんとする。なんかいたたまれないな。少し助けてやろうと、石を投げた。それはゴスリとレスカの後頭部へ。レスカが前方にのめる。


「ルイは私の味方じゃないんですかっ!」


 悲壮な声で叫ばれた。


「あたしはツインテールの味方」


 というか、今まで味方したことはないはずだよ。


「変態! ……変態!!」


 二度も言うことないじゃないか!

 数メートル先で叫ぶレスカに、そして台詞の矛先であるあたしに視線が集まる。……覚えてろよ。


「あのさ、レスカは断る理由を言ってないでしょ? 納得させなくちゃ終わらないよ」

「理由を言ったら色々不味いんです!」

「でっち上げろよ」

「私に出来ると思っているんですか?! あと、本人の前で言ったら意味ないですから!」


 あっ……やっちゃった……。

 ネルルの顔を伺ったが、相変わらずのとろんとした瑠璃色の瞳に浮かんだ表情は読めない。だけど頭がいいらしいからな。レスカ、完全に終わったな。

 小気味良い気持ちでレスカに向き直る。が、


「あー、逃げられた」


 普段の生活でもその情熱を出して欲しいものだ。『たるい』とか『めんどい』とかは封印してくれないだろうか。


 ネルルは追いかけるでもなく、静かに俯いていた。

 僅かに伏せたその顔はどこか儚げで、神秘的だった。

 不思議ちゃん最高かも。不覚にも『青薔薇』なんて言葉が浮かんだ。……そろそろ諦めたほうがいいのかな。ネーミングセンスは未だに完治していないようだ。もしくはレスカのが移ったか。あれ?レスカもある意味不思議ちゃんだよね。何故レスカには萌えないんだろう。


「ねえ、ネルル」


 内心でケリをつけ、開き直って青薔薇ちゃんに声をかける。


「?」


 急に名前を呼ばれたことに驚いたのか、ネルルは首をほんの少し傾げた。(思ったよりも青薔薇ちゃんは恥ずかしかった……)


「レスカが帰って来るまで、うちで待つ?」

「いいの……!?」


 傾げた首を勢いよく戻したため、長いツインテールがぴょこんと跳ねた。

 ぱあぁ、と効果音が散ったような錯覚に陥る。とろんとしたその目は微妙な度合いではあるが丸くなり、語尾のトーンが僅かに上がった。

 あたしは頬が緩むのを実感した。

 ああ、これだよこれ。青色ツインの魔女への賞賛と共に、バイオレンスツインロリに盛大なブーイングを送る。


 同居人へのささやかな嫌がらせに思いを馳せ、あたしはにっこりと笑った。


 変人は変態にあらず、だ。





                   ◆◇◆





 もう振り切ったでしょうか―――レスカは思い、脚を止める。何かがおかしいという違和感に、自分が息をしていなかったと気付いた。

 胸に空気が侵入する感覚は好きだ。必要性がなくなったからこそ、身に染みる。人生において無駄は大切な要素だというのが、レスカの自論だ。もっとも、第二の人生に限定されるが。第一の人生で、妥協も無駄も許さなかったレスカだからこその理論である。


 街に溢れる雑踏を、仄かに流れる小麦の香りを、味わうように噛みしめる。鈍くなった五感の代わりに、感覚に対する感慨は深くなった。

 そんな、"オリビエ"の名に価値を見出せない無益な時間がレスカは好きだった。冒険者登録を、無意識で"レスカ"だけにするほど、密かなコンプレックスが残っていた。


 自分は天然インキュバス(マリエッタ)にすら及ぶことはない。魔法というジャンルにおいて、レスカは落ちこぼれだった。努力して、努力して、努力して、治癒魔法だけが上級だ。他に扱える魔法は初級以下。"オリビエ"の中では、類い稀なる凡人だった。神託が降りることがなければ、レスカの立場というものはなかっただろう。巫女であることだけが、レスカの存在価値だった。

 今は自分に魔法の才がなかったことを特に気にしてはいない。天才になんの価値もないとアンデッドになったレスカは知っている。現に、最年少で王立魔法学校を卒業したあの少女は、自分の無力に怯えているではないか。

 一人の天才の自己犠牲精神に敬意を払い、古代魔法を授けても良かった。そしてなお満たされない彼女の打ち震える顔を見て、醜悪な満足感を得るのも悪くないと考えていた。人が無力に絶望する姿は、なんともそそるものがある。醜悪で下劣。ルイにも見せない、普段のジョークで済まされない自分の性質に、アンデッドとしての陶酔と、レスカ・オリビエとしての自虐がせめぎ合う。その自身の内面にある混沌までも、好きだった。


 ―――我ながらナルシストですね。


 その混沌が、ネルルに古代魔法を教えることのブレーキだった。教えてしまえば、醜悪な快感に身を委ねてしまえば、もう"レスカ"のままでいられない気がする。それは少し怖い。

 自分を真っ直ぐに見るルイに、オリビエとして扱うことを避ける察しのいいカインに、聖女への憧れを打ち砕いてもなお仲間として接してくれるラオに、自分の汚い部分を知られたくないと思う自分に呆れていた。


 ―――それだけじゃないんですけど。


 本当の理由は、ネルルという少女自体にある。あれは苦手だ。普段は我が強くないくせ、自分の決めたことは絶対にこなす人種に思える。それはどうしようもなく恐ろしかった。カズキに抱いているのであろう感情もその一因だ。歪んではいない密かな愛情、これから次第で歪みかねない情熱に、レスカは自分の片鱗を感じとっていた。


 危ない方向に進みかける思考を断ち切るため、未だ青い空を見上げる。

 眩しい日差しに眉を潜め、日陰を伝うように歩く。単純で無意味な作業は、いつの間にか一人遊びに変わっていた。明るい部分を踏まないように、影から影へ移動する。影はレスカの身体もすっぽりと覆った。こういう幼稚な遊びは、案外楽しいものなのだ。

 はたとレスカの脚が止まる。次の影が見当たらない。目測三メートルほど先に、小さなスペースをやっと見つける。少し迷い、引き返した。そして助走を付けて地面を蹴った。着地の際の痛みを伴わない衝撃。反動で前に、日の照る場所に出そうになる脚を、両腕を回しバランスを取ることで抑える。無茶な動きをしようと思えば出来るのだろうが、進んでやりたいとは思わない。

 すんでのところで耐え切り、安堵の吐息を漏らしたレスカに無情なまでの声が降りかかる。


「ねーねー、何してるのー?」


 語尾をうざったいほどに伸ばして喋る、二つに結った亜麻色の髪の少女の言葉。残酷なまでに無垢なその言葉に、レスカは感じるはずのない寒気が背を這ったような気がした。





                   ◆◇◆





 一時間もしない内に、扉はガチャリと音を立てた。

 あたしはネルルに人差し指を立てる。

 扉が開いた瞬間、レスカが雪崩れ込んだ。……土足のスペースなんだけどな。土足で生活するのが嫌だったために、作った玄関スペースだ。ドアが内開きなため、それなりに広く取らざるを得なかった。


「うう~……疲れましたぁ……」

「いや、レスカは疲れないでしょ」

「精神的にです~」


 床にスキンシップしながら、レスカが嘆く。何があったんだ。


「リタを処分するわけにはいきませんか?」

「いや、まあ……気持ちはわかるよ。 うん」


 あの子は精神的にもバイオレンスだからなあ。

 あたしは扉に鍵をかけ、レスカにスリッパを差し出した。

 レスカがのそりと顔を上げた。途端ネルルと目がかち合う。がばりと上半身を跳ね上げ、かつてない背筋力を見せるレスカ。これ、人体の構造を無視してない?

 ずざざざと壁を這うように移動し、窓の側へ。何するつもりだろう。

 レスカは迷いなく窓を開けた。



 ……え?


「待てええ! 早まるなああ!」

「ルイの分からず屋ーっ!! 人の気も知らないでーっ!!」

「ちょっ……やめっ!! やめえええ!!!」





                    ◆◇◆





「落ち着いた?」


 ネルルにも手伝ってもらい、身投げを阻止したあたしは、レスカに冷えたお茶を渡す。

 奪い取るようにして受け取ったレスカの不機嫌度指数は最高潮だ。まあ、それでも受け取るんだけど。


「ルイ、話があります」

「何?」

「私はルイが大嫌いです」

「そーかそーか」


 残念ながら、拗ねている子どもの台詞にしか聞こえない。


「まあ、話ぐらい聞いてやりなよ」

「うーっ」


 威嚇すらも可愛らしいのは美少女で有る限り仕方がないが、それがレスカであるということには抵抗せざるを得ない。

 駄々っ子をテーブルに連行する。その身体の軽さに、少なからぬ嫉妬を覚えながらだ。

 逃げないように首根っこを掴み、ネルルと対峙させる。

 訪れた沈黙の後、先に口を開いたのはレスカだった。


「三分です。 それを過ぎたら私はルイを倒してでも逃げます」


 前から迸る冷気。

 わお。俺の屍を越えて行けーっ!!ってやつか。脚の付け根がぞわぞわするね。

 ネルルは迷うように目線を彷徨わせ、覚悟を決めたように口を開いた。



「ごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げたネルルに、レスカは困惑したのだろう。ぴくりと身体が揺れた。

 もう逃げることはないだろう。あたしは両者の表情が観察出来る位置に移動した。レスカの顔は、目に見えて戸惑っていた。思わず顔がにやける。


「魔法職にとって自分の魔法は大事な手札。 簡単に教えて貰おうなんて、軽率だった」


 レスカの古代魔法(てふだ)は、全てジョーカーだ。強さとともに、反則負けの可能性を常に秘めている。

 ぽかーんと、レスカは豆鉄砲をくらったような顔をしていた。ぎこちなく首を動かし、あたしの方を向く。やばい、にやにやが止まらない。


「褒めてくれてもいいんだよ?」


 ガタンと椅子を倒し、レスカが立ち上がった。こら!床が痛むじゃん!

 そしてレスカはあたしに特攻。


「ルイーっ! 大好きですーっ!!」

「そういうのは異性に言われたいかな」


 ったく、現金なやつめ。


「まさか、ルイがやってくれてるとは思いませんでした! ルイだけはそんなことをしないと考えてました!」


 そんなこと、とはネルルの説得だ。


「いや、あたしがしたのは頭を冷やしただけだよ。 つーか、レスカの頭の中ではあたしの評価、どうなってんの?」

「どうって、見たまんまです」


 ぱこんっ。


「なんかすっごい音が後頭部からしたんですけどー……」

「そうか、良かったね」


 レスカは一瞬むっとしたが、すぐに気を取り直して言った。


「でもそうならそうと、早く言ってくれれば良かったじゃないですか」


 ははは。そしたら楽しみがなくなるじゃないか。


「まあ、ルイも大概性悪ですもんね」


 ……見透かされてた。









久々のまともじゃないレスカに安心する自分はどこかおかしいと思う。

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