初デートと ウサギ
お待たせしました。
視界の端、映る球体。一希はほぼ脊髄反射の領域でそれを掴んだ。
「おわっ!」
途端球は弾け飛び、口内にまで侵入した。
なんか最近、こんなのばっかだな、と一希が内心で呟いたとき、犯人が高らかに声を上げた。
「ばっかじゃないの」
そこには心底飽きれたような顔をした、ルイがいた。
◆◇◆
「あのさ、コントロール力をこんなくだらないことに使うの、やめね?」
「水の球を掴もうとするお前が悪い」
「魔法が泣くぞ」
「あたしの信条には反していない」
「信条って何」
「臨機応変」
一希が目を細める。
「お前、それ、出来てる?」
「〈水球〉」
ゼロ距離発射。ビシャリ。
ポタポタと、水も滴るいい男が出来上がる。腹立つな、こいつ。この顔で女をはべらかしやがって。
ふと思う。イケメンでハーレムと、美女で逆ハーではどちらが難しいのだろうか。アイドル的なニュアンスで、キャーキャー言われないだけ逆ハーの方が難しいんじゃないかな。どちらにしろ、ハーレム系は滅べばいい。一夫多妻の国に行け。
「服まで濡れたんすけど」
クレームには、即席ドライヤー(強)で対応する。一希の髪が、少年マンガに変化した。堪え切れずにあたしは吹き出した。
「ルイがやったんじゃん!」
「ごめんごめん……くっ、はははは!!」
落ち着くまでに所要した時間は約一分。あたしは時々、笑いの沸点が低くなる。というか、たいして面白くないところで笑ってしまう。感性がちょっとおかしいのだろう。
一希が乱雑に髪を撫で付ける。
「で、なんか用があるんだろ」
「分かった?」
「そりゃあ、こんな朝っぱらから待ち伏せされてたら気付くってーの」
よしよし、及第点。恋愛方面の察しも、上げてほしいものだ。
あたしは一希の腕を取る。いわゆる恋人繋ぎってやつだ。そして一希の顔を覗き込んだ。
「デートしようぜ」
一希が溜め息を漏らす。
「何でだろう。 ルイに言われても全く嬉しくない自分がいる」
失敬な!
◆◇◆
朝の凛とした空気の中、まだ熱が自己主張を始める前の街。静かな騒がしさという相反した時間帯。なんというデート日和だろう。
「デートってなんだっけ」
「何、ボケたの?」
「いや、もっとロマンのあるイベントだろ」
その目はあたしの持つ、肉汁滴るウサギ肉に向けられていた。
「朝市デートの何がご不満なのか言ってみなさい」
「デートじゃない! 俺、たかられてる!」
「それがどうした。 男の甲斐性をここで見せずにどうすんの」
ウサギにかぶり付くあたしを、一希が縦線の入った顔で眺める。
「百歩譲って、せめてデートらしい食いもんをチョイスしてくれ」
「今だからカミングアウトするけど、デートじゃないから。 初デートを一希になんてあげない」
「俺だって初めてだよ!」
……中学の時、後輩マネージャーとカラオケに行ってたじゃないか。クラスメイトと遊園地に行ったじゃないか。なるほど、あれはデートじゃないのか。そう思い込んでいるのは、相手の女の子だけだっていうのか。どうせ口にだしても、意味はないのだろうけど。
これで一希がゲスだったら、まだあたし的には許せるが、素なのだから始末に負えない。不等号でイケメン度を表すと、顔≦性格なのだから。カインレベルを日常に求めたらいけない。一希はせいぜい上の中の下である。こうすると、レベルが低く聞こえる。不思議!まあ、性格も上の中の上なんだけど。
「全部奢って貰おうなんて考えてないから安心しなよ」
「……それでもたかるんだな」
「ははは」
「少しは悪いと思えよ!」
「後ろは見ない主義」
「振り返って! 省みて!」
「ありがとう一希、感謝しております。 このご恩は必ず、プライスレスでお返しします」
「プライスレスなのか」
「タダより高いものはないって知ってる?」
「じゃあ、何をくれんの」
「スマイル0円」
「要らねーっ!」
「うん、あたしも要らない」
たわいない話が楽しいということが悔しい。あたしは少し、一希に負けた気がした。
「おい、見てみろ。 ルイがウサギ食ってんぞ」
「ああ、やっぱりウサギはあいつらのヒエラルキーの下なんだ」
「やめろ、お前ら! あれを怒らせるな!」
「いや、ルイ自体は戦闘能力低いだろ」
「んなわけあるか、あいつぁカインを手懐けたんだぜ」
「嘘だろ……カインの上なのか⁉」
「俺は前、あいつがカインに蛇を押し付けたのを見た」
「いやいやいや、あんなガキが……」
「やばい! こっち見てる! お前、終わったぞ!!」
「いや、俺がやられたらレスカたんが癒してくれる」
「ああ、レスカたんマジかわええ」
「うむ、レスカたんは天使だ。 なんでウサギに所属してるんだろうか」
「ところで、ウサギってルイとカインとレスカたんと……誰がいたっけ?」
「ちょっと待てよ……ん? 思い出せねーな」
「つーか、三人だけじゃなかったか?」
「いや、何か大事なやつを忘れている気がする」
「もういいんじゃね? 三人パーティで」
「そだな。 ところで、ルイの隣りにいるのは誰だ?」
「男だな」
「なんだと! 春か! 春なのか⁉」
「いや、ルイに限ってそれはねえ」
「ちみっこだもんな」
「板切れだしな」
「なんか暴れてんぞ! そんでもって、抑え込まれてる!」
「やるな、彼氏」
「……あれ、前乱闘してたルーキーじゃねーか」
「………」
「揃いも揃っておかしなやつばかりだな」
「あれにだけは関わったらいけない」
「それでも俺はレスカたんを崇めるよ!」
「馬鹿言え! レスカたんは別格だ!!」
「一希、離せ。 ぶっ潰す」
「いや、喧嘩弱いくせに喧嘩しようとすんな」
「大丈夫、潰すのはカインとレスカだから」
一希が絶句した。
「てか、何したんだよ」
「あたしじゃない! 主にレスカが!」
「馬鹿言え! あんな儚い幸薄系が原因なわけあるか!」
「お前もかあああ!!」
何なんだよ!レスカ『たん』って!
「血って赤くて綺麗ですよね」
とか、
「天然インキュバスを完全犯罪で処分するには……」
とか言ってるやつが天使なわけあるかーっ!!堕天どころじゃないよ。地面に陥没してるよ!
ていうかさあ、ラオを忘れんな!方言キャラは無視できない法則は成り立たないの?こてこての関西弁じゃなかったのがいけないの?リーダーなのに!リーダーなのに!!
あーあ、レスカ以外は常識人なんだけどな。お前らの敬愛するレスカたんこそが危険人物なんだけどな!カインはいいやつだよ、うん。
とりあえず、牛乳飲もう。まさか160あってちみっこ言われる思わなかった。年齢とか、顔とかはどうしようもないじゃん。板切れとか、DNA的にしょうがないじゃん!馬鹿ヤロー!!
「落ち着け、ルイー!」
◆◇◆
心が落ち着いた。一希の買って来た焼き菓子のお陰だ。うん、美味しい。やっぱり自分で作るのとは違う。材料とか器具が、地球とは違うせいだろうか。満足出来たものは作れていない。満足するまで情熱を傾けられるほど、根気もないけど。
「マリエッタに怒られる……」
一希が、財布を手にして嘆く。
「ゆーしゃ様、ジリ貧なの?」
「あー、まあ、うん」
ネルルがね……、という掠れた語尾が耳に入る。
カインルートA(弁償)か、カインルートB(浪費)なのかな。Aの方が有力そうだ。それよりも、カインの通帳が見たい。
しかしそうか、貧乏なのか……悪いことしたな。
「いや、お小遣いの制限」
「尻に敷かれてない?」
「お金の管理が出来るのはマリエッタだけだから」
「ミラさんは?」
「出来るけど好きじゃないらしい。 主にスケジュール担当だな」
「ネルル」
「火力」
「一希は?」
「……あれ、もしかして俺、存在意義なくね?」
「ざまぁ」
「ギブミーフォロー」
ほら、主人公より脇役の方がキャラが立っちゃうってあるじゃん?だめだ。フォローになってない。
「そういやさ、なんで英語があって、日本語が通じるんだろう」
「ああ、それ女神様に聞いた」
さすが一希!
「地球とこの世界は、リンクしてんだってさ」
「双子的な? パラレルワールドじゃないよね」
「うん、違う。 地球はこの世界から派生したものって言ってた」
「こっちが親で、地球が子ども?」
「そんな感じ。 直接的には繋がってないけど、関係し合ってるみたいな」
なるほど、関係し合ってなかったら、こっちの日本語は平安時代みたいになっていたかもしれないということか。
にしても、こっちが元だったんだ。
「だから、月があるわけね」
「そゆこと」
つまり、科学知識は適用される?……理系に生まれたかった。父親の血を濃く継ぎたかった。
「やっぱさ、現代知識無双しようよ」
「蒸気機関ぐらいなら頭に入ってっけど」
「使わない?」
「産業革命ダメ絶対」
「なんでさ」
「いや、産業革命ってお前の大嫌いな死亡フラグなんだぜ?」
「マジか」
「うん、紡績機作った人は職人さんに集団リンチにあって貧乏のまま死んだんだ」
「……よし、やめとこう」
そっか、特許とかまともになかったんだろうな。
「そろそろ帰ろっかな。 レスカがご飯って騒ぎ出す頃だし」
「わかった。 じゃあな」
「一希は帰らないの?」
「俺はもう少し走ってからにする」
ちなみに一希は、ジョギングの最中に引き止めた。
「ん、行ってらっしゃい」
ひらひらと、手を振り返す。一希の後ろ姿をみながら、ぼんやりと思った。
「ゲーム気分だったのは、あたしのほうかな……」
成り立ちも仕組みも興味がなかった自分が、今になって恥ずかしかった。
◆◇◆
「ただいま」
家は静まり返っていた。
「レスカ?」
扉をノックする。
「レスカー、入るよー?」
部屋の隅に存在する、白い塊。
あたしは戸を閉めた。
深呼吸して、再び扉に手をかける。視界いっぱいに広がるのは、幽鬼の顔。
「いやああああ!!」
レスカは悲鳴に顔色一つ変えず―――いや、変えられないんだけど―――ぬっと右手を突き出した。
「翻訳、完了しました」




