魔女と 勇者
「ねえカズキ……あの人、仲間になるの」
小さく抑揚のない、それでいて通る声。ネルルはカズキに問いを投げかけた。
「うん、ミラもマリエッタも賛成してたし。 ネルルは嫌か?」
ネルルは首を横に振る。
「そんなことはない。 カズキが決めたなら、わたしも賛成」
カズキは、その答えに笑顔を見せた。
「それにしてもさ、みんな強いよなー。 未だにミラには勝てないし、メリダさんにもギリギリだったし、カインさんにいたっては全く歯が立たなかったし」
ミラに張り合うのはすごいことなのに、とネルルは思う。が、口には出さない。カズキが自覚しないのは分かっている。
「カズキ、次はどこに行くの」
「んー、まだ特に指示されてないからなあ。 しばらくコルスにとどまろうと思ってる」
その理由が彼の同郷の少女、ルイだということに、彼女は瞳を陰らせた。
「ほら、晩飯食べに行こうぜ」
ごく自然に差し出されたその手。
「うん」
ネルルはぎこちなくも、僅かに笑みを浮かべた。
「あれ、ミラは?」
「ミラは場所取りにと、先に行きましたわ」
マリエッタは、法衣ではなくゆったりとした白いワンピース姿だ。
「師匠は真面目過ぎるんだよ……」
「あら、その呼び方では怒れちゃいますよ」
「あー、ひと月近く呼んでたからな。 まだ抜け切らねえや」
いつの間にか、ミラに『師匠』と言うと、嫌な顔をされるようになっていた。敬称を付けることすら拒否したというのに、当の本人は相変わらず自分のことを『カズキ殿』と呼ぶ。稽古の時は『貴様』に変わるが。
正直その理由は、カズキにはよくわからなかった。
「そういやさ、昼間レスカさんと揉めてたけど何かあったのか?」
とりあえず、『さん』を付けるのがカズキの流儀だ。
「揉めてなんかいませんよ?」
「いや、どうみても……」
マリエッタは、心底嬉しそうに微笑んだ。
「もう会えないはずだった妹のような存在と、昔と変わりない会話が出来た、そんな心境ですわ」
いつも笑顔を崩さないマリエッタでも、歓喜が滲み出ていることがカズキにすら分かる、そんな幸せそうな微笑みだった。
「カズキ殿ー! こちらです!」
店の灯りに照らされたミラが、声を張り上げる。
「ミラ、張り切り過ぎ」
珍しく、嗜めるのはネルルだ。
「メリダの歓迎会ですから」
「ミラ、そんな大袈裟な……」
ミラとメリダは友人同士だったのだ。この街にメリダがいると知ったときの、ミラの喜びようったらない。
「ああカズキ殿、ここはルイのお勧めだと」
自分と会う以前、ルイはミラと会っていたらしい。
正直に言うと、この世界の食べ物には慣れるまで違和感を感じた。オールマイティな味覚を持つルイ―――ルイの両親は海外料理が好きで、しかもそのままの味付けを好むチャレンジャーだ―――は、すぐに順応しただろうが、勧めたというのならカズキの味覚にもあうだろう。ミラなりの配慮がそこにあった。
日常生活では単細胞生物であるカズキに伝わったかどうかは微妙だが、単細胞である故に純粋に喜んでいた。
その様子を見るネルルの眉が、喜んでいいのか悲しむべきなのかわからないというかのように、ほんの少し変化を見せたことには気付かないまま。
「それじゃ、乾杯といきますか!」
この国の飲酒が認められているのは十七からだということには誰も突っ込まない。ほとんどないようなルールだ。ネルルはちゃんとジュースである。とことん酒に弱いのを知っているのだ。
どちらにしろ、カズキは幼少時に葡萄ジュースと間違えてワインを飲んだという前科持ちだ。一緒に飲んだルイと雪乃に、酔った勢いでボッコボコにされたのも、今ではいい思い出である。その後、ワインの持ち主であった母親に、ギッタギタにされたのは思い出したくもないが。あれ以来、葡萄ジュースが飲めなくなってしまった。ちなみにワインは飲める。トラウマよりも、格好良さというビジョンが勝った結果である。
カズキも大概、ルイのことを言えなかった。
「それにしても、カズキはよく食べますわね」
「まりえっふぁふぁ、すふなふないふぁ? (マリエッタは、少なくないか?)」
「食べてますよ」
「いや、少ないと思いますが」
ミラとカズキの皿の中身は、大差ない。比べて、マリエッタの摂取量が少ないのは一目瞭然だった。
「ミラやカズキと、同次元で考えたらいけないと思う」
「と言うかミラ、お前、成長期は終わってなかったか?」
メリダまでも、指摘する。
けほっけほっ、とミラはむせた。
「何が言いたい!」
「いや、ミラのウエストの心配を……」
「ちゃんと維持している!」
性別が違ったら、完全にセクハラだ。
「ほら、ネルルちゃんを見てみろ。 健康的だと思わないか?」
「逆に不健康だと」
ネルルの皿の、九十パーセントは野菜である。女の子の、涙ぐましい努力の結果だ。もちろん朴念仁に伝わることはない。
「野菜をとって、悪いことはない」
「確かにそうですけど……」
「あと、わたしは肥えたくない」
「私が肥えるとでも⁉」
そんなネルルでも、デザートは別腹なのだが。
「いいじゃん、ミラの食べっぷりも。 見てて気持ちいいし。 女ターザンみたいになっても、俺は受け入れる」
「カズキ殿、それ、何故か喜べないのですが。 どう考えても、『ターザン』は褒め言葉ではありませんよね」
ネルルの食指が、密かに肉料理へと動いた。当たり前だが、『ターザン』の意味は分かっていない。問答無用でカズキをぶっ飛ばすルイもいない。
「ネルル、スープとって」
カズキの斜め向かい側に座っているネルルの方に、スープの鍋が、カズキ用の皿が置かれている。
本人の意味合いとしては、『鍋を取って』だったのだが、ネルルは皿に注ぎはじめた。
「さんきゅ」
「ううん、いいの」
具を多めに―――野菜が多いのは愛情表情だ。魚介類が取りづらかったわけではない。断じてない。
「どうぞ」
「ん、ありがと」
皿の受け渡しをする際、ネルルの指がつるりと滑る。高温のスープはカズキの手へ。
「あつっ―――」
反射でネルルは叫ぶ。
「〈噴射〉‼」
次の瞬間、目の前のカズキは滝に打たれたかのように変貌していた。
「ご、ごめんなさい」
オロオロと、ネルルが慌てたが、状況は変わらない。テーブル一帯まで水浸しだ。
「いや、うん……」
カズキが言葉を濁す。
「すっげえ、涼しくなった」
それはかなり苦しいフォローだった。
◆◇◆
深く、深く、息を吐く。挙動をとる度に、波紋が広がっていく。ネルルは自身の顔の半分までを、湯船の中に沈み込ませた。彼女は仲間内で一番長く入るたちで、客は既にネルル唯一人になっていた。
(今日も失敗した……)
ぶくぶくと気泡をたてながら、ネルルは鬱々とした気持ちになった。昔から、魔法の操作が苦手だ。何かを壊すことしか出来ない、欠陥だらけの魔女だ。
カズキは上級までなら、全て使える。水と雷の属性した使えない自分は、例え特級が使えようと―――無価値な人間なのではないか。特級は、髪に色が現れるほどの素質持ちしか覚えることが不可能な魔法。しかし、素質持ちなんていくらでもいるのでは……。
自分の想像に、ぞくりと背筋が氷る。
「……そんなことはない、わたしはカズキの力になれる」
自分に言い聞かせるため、ネルルは小さく呟く。しかし―――
本当に?
だってそうだろう。自分なんて、この世界でカズキと最初にあった人間というだけだ。無理矢理ついて来ただけだ。ただ、王都に連れて行く約束をしただけの仲。未練がましく、大司教に雇ってもらえるように頼み込んだ結果。カズキが望んだわけではない。カズキがこの先、もっといい魔術師に出会ったなら、きっと自分はお払い箱だ。
「いやっ……」
自分のいない未来を想像し、ネルルは嗚咽に似た声を絞り出した。
カズキに恩返しも出来ないまま、終わりたくはない。わたしを救ってくれたのは、紛れもなくカズキだから。
ぱさりと、纏めていた髪が解けた。鮮やかな青色が、ゆらりと広がる。腰よりも長いそれは、ふわりふわりと水面を青に染め上げた。
青、この色のせいで失ったものがあり、この色のおかげで生きてこれた。敵であり、恩である色。断ち切る覚悟が出来なくて、いつの間にかとんでもない長さになる。それでも彼女は、この色に頼らざるを得なかった。
青が、ネルルの身体に絡みつく。それをそうっと指でつまんだ。
わたしにはどうせ、魔法しかない。
だ けどどうか、もう少しだけ側に居させて。お願いだから、カズキの力になりたい。そのためなら、嫌いだった青に頼ることだって構わない。―――あなたのおかげで好きになれたから。
だから、わたしはもっと―――どうしたら強くなれる?
ネルルの脳裏に焼き付いた、灰色の霧が再生される。
「レスカの魔法……」
小さくか細い呟きは、青の中に浮かんで消えた。
◆◇◆
「レスカ、お願いします」
「だ、だだだだ駄目です! 無理です!」
「なんで?」
「なんでも!」
「そこを何とか……」
「なんとかなりませんーっ!」
「……だめ?」
「上目遣いは男にやりなさい!」
「上目遣い?」
「素だったんですかっ⁉」
「ちょっとだけでいいから」
「ちょっとで済むわけないじゃないですか……ルイー、助けて下さーい!」
「ふぁいとー」
「ふえぇっ⁉」
そして今日も、コルスの街は平和であった。
ネルル の レベル が 1あがった
『ストーキング』 を おぼえた
『ストーカー』 に クラスチェンジ した
きょういど が 2あがった
じゅんあい から 1とおのいた・・・




