カレル城 陥落
メリダさんと一希を中心にして、離れたところに人集りが出来ている。あたしはその中に枯草色を見つけ、小走りで近寄った。
「ラオ、何が起こってんの?」
「ん? ああ、ルイか。 もうちょい早よ来とったら、見れたんやけどな」
そして、あたしが来る以前に起こっていた出来事を聞いた。ため息が漏れる。
「あいつ……」
思わず顔を覆った。
マリエッタはついていないというのか。ミラさん、全て遅かったです。
人混みを掻き分け、前に出る。ぼうっとしているメリダさんも、背中を向けた一希も気がつかない。たんっ、と地面を軽やかに蹴る。
一希が何のチート持ちなのかは知らない。しかし、運動神経にしろ、魔法にしろ、コントロール力にしろ、一ヶ月そこらで使いこなせるものではない。それはあたしが身を持って実証済みだ。ましてや、殺気を読むとか気配を感じるとか、ちょっとチートを貰ったぐらいの高校生が出来るわけがないのだ。
持久力はなかった。反射神経はなかった。ボール運動はからっきしだった。だけど、あたしが誇れる種目は、上位に食い込める種目は確かにあった。致命的に鈍臭かっただけで、中学時代の体力テストでは学年の丁度真ん中に位置していたのだから。その競技は、幅跳びだ。助走付きなら優に三メートルは越した。逆に言えば、それだけだったけれど。
過去と現在の記憶が、あたしの自信の根拠。今度こそ、成功させる。
振り向くな。そう願ったのも虚しく、一希と目が合う。しかし、少しばかり遅かった。その後、一秒にも満たない間に、あたしの脚は一希の胸板にめり込んでいたのだから。
「ぶへっ」
一希が倒れる。
いよっしゃああ!見たか、我が力を!ふははは……は?……はっ!いかんいかん、アンテナが四本ぐらい立っていたよ。
「お前、飛び蹴り好きだよな……」
一希が呆れた顔で、あたしを見つめる。
「だって気持ちいいし、かっこいいし、絵柄的に派手だし」
「理由が残念過ぎるぞ、おい!」
「いや、人間、ロマンを忘れちゃおしま……」
じゃなくて!また一希のペースに乗せられているーっ!
あたしは深呼吸をした。
「何してんだてめえーっ!!」
「何って試合以外の何物でもないだろうが!」
「『デュ〇ルしようぜ!』のノリでバトルしないで! 鞘から抜いてないとはいえ、真剣じゃん!」
「木刀……じゃなかった、木剣持ち歩いてるわけねーだろ!」
「じゃあ諦めろや脳足りん!」
「いや、お前より脳味噌あるはずだ!」
「誰が体積の話してんだよ‼ 常識だよ、常識!」
「ルイにだけは常識語られたくねえ!」
「バトルロワイヤルしだす奴こそ、常識語んな!」
「違う! 集団リンチを防いだだけだ!」
「返り討ちして、そのまま試合しだすお前は染まり過ぎだっつってんだよ!」
「強者に教われっつーのがミラの教えだ!」
「ミラさんんん‼」
あの人、やっぱり価値観が違う!
「万が一、大怪我したらどうすんの」
「ルイ、俺が回復魔法使えるって忘れてね?」
「うん、一希は脳筋が似合うと思う」
「おう、さんきゅ……って褒めてねーよ⁉」
「フッ……今後気付いたか、愚か者め!」
「そういやそのセリフ、お前の書いてた小説にあったよな」
「………」
ショウセツ?ナニソレ?
「死ねえええええ!!!」
「ナイフ抜くな阿保! いや、マジでやめろーっ!!!」
「記憶消去の魔法ってないかな」
「何で⁉ 文章破綻してて、内容支離滅裂で、ヒロインキチガイだったけど、ルイが頑張ってたの、俺知ってっから!」
「おっと手が……」
「危ねええっ!!」
ハハハ……みだりに人の黒歴史に首を突っ込むと火傷するぜ?……物理的にさせるぞコラァーッ!!中一の時の、わざわざ覚えてんじゃねーよ!人のパソコンを覗くてめえが一番キチってるわっ!あたしも忘れてたよ!忘れるように努めてたのに!!
「うちのレスカちゃんにかかれば、記憶消去ぐらい……」
あたしはレスカを目で探し、初めて隣にネルルがいたことに気が付いた。
「ルイとカズキ、仲いいの……」
じと目に冷たい汗が一筋伝う。仲良い様に、見えたの?
あーあ、ヤンデレかどうかはともかく、ネルルは完全に一希に惚れているみたいだよ。
明るく、面白く、優しく……それなりに関わった人間の約三分の一は、一希に一度は惚れてしまう。嫌がるというそぶりを見せず、素でお人好しを実行し、他人を肯定することに長けている一希は、天性の魔性だ。
そして、決戦の日に貰ったチョコレートを、全て義理と勘違いし、律儀に全員に返すほどの鈍感である。その背景には、一希の父親の教育―――という悪魔の日において、どれだけ義理チョコという存在が有難いかという論文―――が根付いているというのは、あたしと雪乃しか知らないことだ。
「ネルル、これは序の口だよ。 一希の『仲がいい』は、こんなもんじゃないんだから」
「そう、なの……」
こうして勘違いしていった女の子が、一体どれだけいたことか。
「ところで、レスカは?」
「あっち」
ネルルの指が、示す方向、そこには
「……あれ、えっと、やばくない?」
レスカとマリエッタが、対峙していた。
「あらあら、どこかでお会いしたことありませんか?」
ニコニコと、ふんわりと笑う、マリエッタ。
「いえ、そんなことはないはずです。 何です? 呆けたんですか? 言い掛かりはやめて下さい」
対するレスカは、僅かに眉に皺を寄せて―――しゃくれていた。
……レスカちゃーん、あたしの教えたことを、間に受けちゃ駄目だよ!
「ふふ、どこかの誰かが、死に損なったかと思ったのですが」
しかし、完全にバレていた。
「どこぞの誰かのことなんて、興味ないんで」
レスカはしゃくれるのをやめた。
「ジルのところに、行かなくていいんですの?」
レスカの空気が、明らかに変わった。臨戦態勢である。
「どこぞの誰かさんは、地獄行きですから」
「では、私が送り返して差し上げなければなりませんね」
ぎろりと、レスカがマリエッタを睨む。今まで見たこともない表情だ。しかし、マリエッタには怯む様子が見られない。むしろ、ニコニコと楽しそうだ。
「ふふ、あの頃とちっとも変わっていないのですね」
「何の話か知りませんが、あなたは二十六になりましたか? 婚期は大丈夫ですか? また、複数の男に色目使ったせいで、行き遅れていませんか?」
「あら、神官たるもの常に平等であれ、と行動しているだけですの。 それに女神に仕えるものが、清い身体を保って何がいけないのですか?」
「彼氏いない歴と、年齢が同じって虚しくないですか?」
「私だって恋ぐらいしますのよ? ただ、私は不器用ですから……」
「世の男、全員に気があるような行動をとるからです」
「ふふ、言い掛かりですわ」
「付き合ってられません」
そして、二人は背を向ける。何事もなかったかのように立ち去る―――気がつけば、マリエッタにレスカの杖(大鎌ver)が、レスカにマリエッタの杖が向けられていた。
レスカがチッ、と舌打ちをする。彼女のキャラクターは、完全に崩壊させられていた。
最初に杖をしまったのはマリエッタだった。
「本部に報告、といきたいところですが、私には伝達手段がありませんの」
伝達手段はいくらでもある。マリエッタは、『見逃す』と言っているのだろう。
「ざけんなっ……いで下さいーっ‼ 私は―――」
「はいはい」
丁寧語崩壊は、危険信号だ。あたしは慌てて駆け寄り、レスカを回収する。
「お、覚えてろーっ!!」
引きずられながら、叫んでいた。
……レスカさん、マジ三流。
つーか、マリエッタさん、居たのなら一希を止めろよ。
「ルイ、何があったんだよ」
一希が恐る恐る、聞いてくる。
「触れない方が、身のためってやつかな。 この子に殺されたくなければ、ね」
レスカの危険オーラを感じたのか、こくこくと頷いた。正味あたしも知らない。
「ルイ、放せ! 放すのです!」
ですますが戻って来たので、あたしはレスカを解放する。
「止めないで下さい!」
「あたしはレスカを止めるって誓ったじゃん」
「だって、だってぇ……」
うー、とむくれるレスカの頭を、優しく撫でる。
「お願いだから、あたしの関係ないところでヤって」
レスカが顔を輝かせた。
「ルイ、なんかやばい話してねっ⁈」
「大丈夫、後始末は全部一希だから」
「外道だな、おい!」
冗談だ。だが、否定はしなかった。
◆◇◆
「メリダさん、どうしたんですか? 行かないでいいんですか?」
周りに人がいなくなっても、相変わらずメリダさんは立ち尽くしたままだ。
「メリダ姉?」
ラオの呼びかけにも反応しない。
「メーリーダーさーん」
肩を揺すって初めて、メリダさんの目に光が戻った。
「ルイ……」
「一希が何かしました? ぶちのめして来ましょうか?」
「ルイ! それはあかんて!」
「大丈夫。 あいつは弟みたいなもんだから」
メリダさんに勝った男に、喧嘩を売るのは危ないと、止めてくれたのだろう。本当にラオは常識人だ。どこかの誰かさん達とは違う。ちなみにどこかの誰かさんは、首をかしげていた。
「決めたよ」
「? 何をですか」
「私はカズキについて行く」
――――マルヨンサンニ、メリダ・カレル陥落。よって、早急に白井一希の排除に移行する。
ほぼ会話で終わってしまった……。




