魔王と 勇者
「カズキ殿の願いは即ち命令、逆らうことは王国に対する反逆だとみなす!」
朝方に乗り込んで来たミラは、鋭い目つきでそう言い放った。
「レスカ、不法侵入者」
「あ、生け捕りですか? 半殺しですか? 抹殺ですか?」
わくわくした声で、レスカがロッドを握る。
「私の話を聞け!」
激昂したミラの声に、あたしは思わず耳を塞いだ。
「……本人がそれを受け入れたんですから、あなたにどうこう言われる筋合いはないはずです」
理不尽に敬語を忘れないあたし、偉い。が、言っていることには悪意と不快感を散りばめる。
「カズキ殿がそれを許しても、私は許せない! よって個人的な決闘を申し込む!」
「……は?」
ダメだ。この人も一希の魔の手に掛かっている。話を聞かない熱血馬鹿、どうしろってんの。
「後衛職に決闘とか、馬鹿なこと言わないで下さい」
「カズキ殿の申し出を断る、その資格があるのだろう? 証明して見せろ」
ちらりとレスカを見る。彼女は静かに親指を立てた。
話を聞かない人種に、どう頑張れと?
「そして、女神の祝福を受けていながら、時を無駄に浪費する貴様のその根性、叩き直してくれる!」
あいつ、バラしやがった。許すまじ。
あたしの中で、一希の未来が決まっていく。
「明日の午後二時、ギルドの前で待つ。 逃げられると思うな」
びしりとあたしに人差し指を突きつけ、嵐のように去っていくミラ。
「ねえ、レスカ」
「はい、何でしょうか」
「『異世界で苦しみやがれえええ‼‼』って祝福、アリなのかな」
起伏も覇気も何もないあたしの問いかけに、レスカが微笑む。
「ノーコメントで」
それはある意味、残酷な答えの一つかもしれなかった。
◆◇◆
「ルイー?」
ドアの向こうから聞こえる声。
あたしはすっと深呼吸する。
「入るぞー」
ガチャリと扉が開き、その姿があらわになる。
「死ねえええええ!!!」
あたしの両手から繰り出されるのは、真っ白な皿。
「おわっ!」
難なく避ける一希に、あたしは舌打ちした。
「だが甘い!」
一希の後ろに回った皿、それがグルリと方向転換。
「いだっ!」
それはもう、見事に後頭部へと命中した。
「避けられることは計算済みよ!」
反撃の隙なんて与えない。あたしは次々と食器を放つ。
「ちょ、やめろ! 何で皿なんだよ!!」
「なぜ皿が丸いのか。 それはフリスビーな凶器にし、敵を殲滅するため」
「絶対違うから!」
皿は戦輪です。
あたしたちのささやかな攻防の間、レスカちょこんと椅子に腰掛け、お茶をのんびりとすする。
「あっぶねえ!」
一希が、眉間に突き刺さりそうだったフォークを人差し指と中指で受け止めた。
「フォークはヤバイって!」
「フォーク、その形は三又の槍。 昔、隠し持っていたフォークの用途を聞かれ、咄嗟に食事の道具とした暗殺者がいた。 それがフォークの始まりだよ」
「今考えたよな、お前⁉」
大丈夫、嘘もいつかは本当になるから。少なくとも一希を殺せば、フォークは凶器として確立する。
こうして、皿が一枚残らず割れるまで戦闘は続いた。
―――コンコン
古びたノッカーの音。
「ルイ、おるか?」
レスカがスリッパで、破片の散乱する床を踏みつけながら向かう。
「こんにちは、ラオ」
「ああ、レスカか。 次の仕事の話やねんけど……」
そこでラオは、部屋の惨状に気が付いた。
「何があったん?」
「とりあえず今はお取り込み中です。 また後で、よろしくお願いしますね」
「お、おう……とりあえず、頑張……れ?」
空気を読む人なラオは、戸惑いながらも引こうとする。そんな彼に、あたしは声を張り上げた。
「カインに伝言! プライバシーを侵した罪として、しばらくお菓子は作らないって言っといて!!」
「何したん、あいつ!」
「個人情報をバラすのは重罪なの!」
「なるほど……?」
そうして常識人は去って行った。
「え、あっ……どなたか知りませんが、助けて下さーい!」
勇者の悲壮な叫びは、聞き届けられることがなかった。
ラオの危機察知能力は、やたらと高いのだ。ここ最近で、さらに鍛えられた気がする。
常識人の登場と退場により、静寂―――否、レスカがお茶を飲む音だけが世界に訪れる。
「なあ、ルイ」
「何?」
「お前さぁ……」
「だから何なの」
「厨二病、悪化してね?」
ゴツン
「痛つっ……。 次はコップかよ」
「何のことかな」
「いや、だからお前が厨二……」
パリン
「二度も食らうかよ!」
佐倉さんは真人間。ココ重要。
「そうそう、聞きたいことがあったんだよね」
「スルーとか無いって!」
「とりあえず、時魔法でお皿を戻してよ」
勇者なら、全属性使えるはずだ。
「ルイがやれよ!」
「あたし、初級しか使えない」
それを聞いて、一希が沈む。
「なんか俺、悪いことしたっけ?」
「大丈夫、存在自体が罪だから」
「俺、善良なる一般人!」
その善良さが罪なんだよ。
そんなこんなで、愚痴を垂れる一希に部屋を戻させる。
「お茶でも入れますか?」
のんびり観戦していたレスカが言った。
「あ、あたしの分だけお願い」
「俺は⁈」
「お前に差し出す茶なんて無い」
「酷い!」
「しょうがないな。 レスカぁ、出涸らしの番茶で」
「そんなお茶はありませんので」
そう言って、冷えたお茶を三つ持ってくる。中身は安物の麦茶風、何かは知らない。だってマンドレイク茶なんて言われたらいやじゃん。知らぬが仏だ。
「さて、本題に入ろうか」
「前置き長えよ!」
「個人的に、プロローグは大事だと思うんだ」
「ルイ、また脱線してます」
う……レスカに諭されるなんて、あたしは大丈夫だろうか。
今度こそ、本題だ。
「魔王って何?」
この数ヶ月、ファンタジーの定番でありながらも全く耳にしなかった言葉。勇者である一希に、あたしは好奇心の矛先を向けた。
だが、
「わかんねえ」
ぽりぽりと一希は頭を掻いただけだった。
「はあ?」
どういうこと?
「実は、女神様から神託で『魔王が現れる』って出ただけなんだ。 この国、宗教国家じゃないからさ、あんまり間に受けてないわけ。 今まで魔王なんて存在は現れたことないしな」
なんだそれ。おい女神、どんだけ人望(神望)無いんだ。
「宗教国家じゃないけど何しろミレニア教徒は数が多いから。 大司教のおじさんとか発言権が強いんだ」
ああ、日本史でもあったな。政治にお寺が口出しするやつ。
『大司教』と一希の口から出たとき、レスカがぴくりと動いた。
「ていうか、おじさん?」
「ああ、おじさん。 なんか茶髪で顎鬚で遊んでそうな人だった」
また、レスカがぴくりぴくり。
「若いんだ?」
「つっても五十代ぐらいだけどな。 地位はどさくさに紛れて手に入れたんだとか。 でも世界トップクラスの神聖魔法の使い手らしいぞ」
明らかに挙動不審のレスカ。さすがに聖女様は大司教を知っているのだろう。トラウマの一つや二つ、ありそうだ。何せ処刑されてるし。
「その大司教―――一応、様付けしないとな―――が、ゴリ押ししたおかげで俺は勇者っていう立場なんだけど、まだ非公式なんだ。 国に言わせると、大司教様がうるさいからさっさと形だけでも勇者にしてしまおうって感じだな。 急に現れた人間に世界を任せるとか無理だよな。 しかも平和な世界だし」
さっさと実績上げて来い、そしたら認めてやるってことか。いや、左遷や窓際係長が近いか。
「ミラとか、ネルルとか、マリエッタは?」
「大司教様が集めてくれた。 ミラを無理矢理騎士団から引き抜いたり、やるよあのおじさんは」
第六師団の元副隊長らしい。理知的で部下を育てるのが上手い。
……誰それ?恋は盲目にもほどがあるでしょうが。
一希もミラに剣術を教えてもらっているんだと。ちなみに一希は剣道とかはやったことがない。思いっきりサッカー部である。
「マリエッタは自前の神官で、ネルルがフリーの魔女だな」
「ネルルさ、随分若い感じするよね。 あたしらと対して変わらないぐらいじゃない?」
「ああ、十五歳だってさ。 あれでも王立魔法学校を最年少で首席卒業だぜ?」
「何それ怖い」
一体どれだけ飛び級したんだ。怖い、めっちゃ怖い。でもなんか納得出来てしまう。何でだろう?オーラなのかな。
ネルルの髪は、綺麗な青だった。決して濃くはないが、水色とも言えない青。この世界では、魔法の素質が髪に現れることがある。一般的なのは、茶系統の色だ。ネルルも素質があったのだろう。色からして、水の系統だろうか。
メリダさんも赤い髪だが、単に火の魔法が使用出来る時間が、人より長いだけだと言っていた。皆が素質を伸ばすことが出来るとは限らないのだ。
きっと、ネルルはたくさん努力したんだろう。うん、あたしは知っているよ。 一希が遊んでいるように見えて、勉強していたことを。そして勉強しているふりをして、遊んでいたことを。
……ダメじゃん。
そうして、話はぐだぐだと脱線していったのだった。
とりあえず、今日の収穫。
魔王: 正体、消息、その他諸々不明。ていうか、レスカですらも知らない。魔王軍とか名乗っていたやつも、山賊もどきで本物の可能性は低かったそうだ。自称魔王軍はレスカにより殲滅され、確かめることも不可能。さらりと殲滅とか言ってるけど、突っ込んだらお終い。
勇者: 権限皆無。なんか雑用ばかり押し付けられているらしい。
何より頭の痛いのは、一希のハーレムが、チーレムに昇華しそうなことだ。チートでハーレムじゃない、チートなハーレムだ。
「あ……ミラを止めてもらうの忘れてた」
「ルイ、あなた馬鹿です」
レスカにすらも呆れられ、あたしは呆気なく運命の日を迎えたのだった。




