偉大なのは 調味料
「何で……一希がここにいんの」
白井一希。あたしの幼馴染。地球でのお隣さん。同クラス最多記録を持つ人間。
そして―――あたしの、もっとも会いたくなかった人。
「念願の異世界転移に決まってんだろ! やったぜ俺!」
あたしの低温モードのセリフに対し、彼はピースを返す。
「……空気読めない」
「何か言ったか?」
聞こえるように言えばよかった。
しかし、本人には気にする様子が全くない。
「ほら、ルイに差し入れ。 いやあ、女神様の言うとおりだな」
そう言って差し出してきたのは、味〇素。ご丁寧にお得用パックだ。
「は?」
「いや、日本の味が恋しいかなーとか思って」
一希の手には、醤油の一升瓶と味噌も握られていた。
「ああ、アリガトウゴザイマス」
え?お土産が調味料って……え?何なの?意味わかんない。
「あと、これ」
半分思考停止中の頭のまま、一希の差し出したものを受け取る。
「ルイの好きだった漫画の最新刊にして、最終巻」
あたしは思わず、一希を見つめた。
「うわあああ! 一希大好きーっ!」
「ルイ、お前ってツンデレだよな」
「あ? あたしがいつデレた」
「ついさっき」
ぐあっ!一生の不覚っ!
「カズキ……」
か細い声で、青髮ツインの魔女が一希の袖を引っ張る。とろんとした瑠璃色の目の、愛らしい美少女だった。うむ、ツインテールは許そう。
「カズキ殿、そちらの方は?」
金髪、と言うよりは白金色の整えられたセミロングの美女が一希に問う。その冷たい美しさといい、騎士、という言葉が相応しいような容姿だ。
「後で説明するよ、ミラ」
「はい」
「んで、何の話だっけ?」
一希がもう一度、あたしの方を振り返って言った。
「何の話かって?」
あたしはやっと理性を取り戻した。
恐ろしいのは、こいつのペースに呑み込まれること。だからあたしはもう迷わない。
「何でてめえが異世界転移してんのか聞いてんだろーがっ!」
一切の躊躇もなく、放ったあたしの飛び蹴りは、容赦無く彼の顔面に命中した。
―――はずだった。
「えっ……」
あたしの蹴りは、あっけなく宙を掠めるだけ。
「あっぶねー。 やっぱお前、暴力女だな」
一希の軽口に言い返す余裕もなく、あたしは腰から着地した。
受身は一応とったけど(体育の柔道にて、受身だけA評価をとるやつがここにいる)、結構痛かった。
手を付いて立ち上がろうとした時、顎に冷たいものが当てられた。
「はい?」
視線を上に向ける。そこには、怒りの形相で立つ、プラチナブロンドの美女があたしに剣を突き付けていた。
「貴様……ミレニア様の代行者である勇者―――カズキ殿に手を出す、その意味が分かっているのか」
そして彼女は、冷酷に告げる。心のどこかでそうだと思いながら、認めたくなかった真実。一希が女神によって送り込まれたという事実を、あたしはただ黙って受け止めるしか道はない。
例えそれが、あたしが今一番、聞きたくない言葉だったとしても。
「ちょ、ミラ、落ち着け!」
一希が慌てて仲裁に入る。
「しかし……!」
彼女――――ミラは『許せない』とでも言いたげな様子だ。
あー……あたし、両手を上げてるんですけどねぇ。まさかマジで斬る気じゃないよね?そんな『切り捨て御免』は真面目にごめんだ。
「こいつとは、家族みたいなもんだからさ、さっきのは挨拶見たいなもんなんだよ。 愛情表現っての?」
あたしは無言で一希を睨み付ける。誰が愛情表現だ。ツンデレじゃねーよ。思いっきり拒否ってんだよ!
そんな思いが伝わったのか、伝わらなかったのかは分からないが、ミラが躊躇いがちに口を開いた。
「カズキ殿の国では、飛び蹴りは挨拶なのですか?」
「なんだよそれ、日本やばいな!」
お前が言ったんだろ、とかツッコミたいが、未だ剣を突き付けられたままなので、そうすることは叶わない。
ほら、想像してみてごらん。『おはよう!』『バイバイ』と言いながら、仲良くドロップキックをかまし合う風景を。
これをカオスと言います。頭痛いね。
「では、やはり」
ミラがあたしをキッと睨む。
「カズキの敵?」
今まで黙ってきた青髮ツインの魔女が、無気力な無表情のまま、その瑠璃色の瞳だけを爛々と光らせる。
銀色のロッドを彼女もまた、あたしに向けた。青い球が、ほんのりと発光している。
あたしは、確かな悪寒を覚えた。
この子、まさか……?
「いやいや、待て待て」
一希が止めにかかるが、二人は止まらない。
んっと、自衛の手段も考えた方がいいですよね。勝てる気がしないけど。
「ミラ、ネルル、落ち着いて下さいな」
突如、耳に入るソプラノ。法衣の女性だ。
「マリエッタ……」
ミラがたじろぎ、青髮の魔女―――ネルルも杖を戻す。
「カズキのお話を、聞きましょう?」
新緑をイメージさせる若緑色の瞳、ふんわりとウェーブのかかった薄茶色の髮を右肩から流し、柔和に微笑む彼女は、まるで癒しを体現するかのようだった。
要するに、三人とも絶世の美女(一名美少女)なのだ。
ここに来ても変わらない、一希の特性に内心で舌打ちする。
「うん。 とりあえずルイには手を出さないでくれ。 大事なやつだからさ」
本人的にはうまくフォローしたつもりなんだろう、二人の眉が僅かに寄ったのにも気がつかない。軽ーく、一希に殺意を覚える。こいつ、全然変わってないな。
「失礼した」
渋々ながらもミラが引き、魔女ネルルも一希の側へと戻っていく。
「というわけで、俺たちは寄るところがあるから、詳しい話はまた明日な?」
何が『というわけ』なんだ。
「ミラは血の気が多いの。 許してあげて下さいね?」
法衣の裾を揺らしながら、艶めかしく彼女―――マリエッタが笑う。清楚さを醸し出しながらも、どこかエロティックな仕草だった。
「はあ」
内心バクバクだったから、許しはしないと考えながらもあたしは生返事。
そして彼らは去って行く。道のど真ん中に、あたしと味〇素と、醤油と味噌を残して。
道行く人々が夕焼けの中、怪訝な顔で見つめていた。夕陽に染まるのとは別に、頬が染まって行くのが分かる。
明日、一発ぶん殴ってやろう。あたしは固く誓っ―――青髮の魔女、ネルルのことを思い出してあたしはやめた。
「帰ろ……」
あたしは膝を払って立ちあがる。
「あれ?」
あたしが周囲を見渡すのと同時、教会の扉がキイィと音をたてた。
「おや、ルイちゃん」
「おじーちゃん……」
現れたのは、聖水売り―――多分正式には違うんだろうけど―――のおじいさん。
「あのさ」
「なんじゃ?」
おじいさんは、首を傾けた。
「レスカ、知らない?」
◆◇◆
家に帰りながら、あたしは考える。
やばい。何がやばいかっていうと、ネルルがやばい。
いろんな意味で主人公みたいな一希の裏方をやっていると、様々な技能が身につく。後始末ばかりやらされてきた人間の、悲しい危機回避能力だ。そのうちの一つが、先ほどから引っかかりぱなしなのだ。
ネルルはヤンデレβ型の素質がある。
それがあの短時間で断定した情報だ。目とか言動を見たら分かる。大抵の女の子は、一希に惹かれるのだから。
あんなやつのせいで、ヤンデレについての考察をしなければならなくなったのは、大分前の話だ。経緯は思い出したくもない。
「まだ単なる素質持ちで、β型だから……大事には至らないだろうけど」
『あなたが好きです。 殺します』
と、何がなんでも相手を手に入れたい、そんな自己愛型オーソドックスヤンデレを、α型。追い詰められるとキレるタイプというのも、大体こちらだ。
『あなたが好きです。 魂だって差し出します』
そんな献身型、恋の奴隷タイプをβ型と、あたしは二つに分けている。細かく分けるとキリがないのだが、β型には理性的な病み方をする者が多い。
もしもネルルがα型なら、ミラやマリエッタが一希の側にいるのが耐えられないだろう。β型は愛する人の気持ちを何よりも大切にするため、相手を悲しませることは極力避けるのだ。ただし、愛する人の害になるものは徹底的に殲滅する。
ちなみにあくまでこれは、β型の一派にすぎない。が、β型では、巻き込まれない限り『かわいい』と思う場合もある、実に平和的なヤンデレだ。……ヤンデレにしてはだけどね。一般基準でヤンデレに平和なんてありゃしないんだけどね。
二次元三次元とヤンデレを研究し続けてきたあたしには、ネルルがβ型と分かった。そして、結論。
「ハーレム体質とか……滅べっ!」
何もかも、そんなギャルゲー主人公を忠実に再現する一希が悪いのだ。だからあたしがヤンデレなんかに警戒する羽目になったんだ。幼馴染という美味しい立ち位置に、矛先が向かないわけがないんだから。
「まだ予備軍みたいな感じだから、まあいいか」
そう、あたしは関わったりしない。平和に長生きしたいのだから。
お隣さんというオプションのないこの世界で、勝手にα型ヤンデレに捕まって、刺殺エンドすればいいんだあんなやつ。
階段を上がりながら、何かに八つ当たりしたい衝動が襲う。
今の住居は宿ではなく、マンションのような集合住宅の二階だ。家賃はレスカと割り勘すれば、一ヶ月の宿代より安い。
「お帰りなさい」
ドアを開けて迎えてくれたのは、いつの間にか忽然と消えていたレスカだ。
「なんで帰っちゃったのさ」
不機嫌なあたしの問いに、レスカは神妙な顔で答える。
「他人の空似ではなかったんです」
「えーと、あの法衣の女の人?」
レスカがこくりと頷いた。
「マリエッタ・アレスティナ、私の元同僚です」
「というわけで、私しばらく引きこもります」
レスカの自宅警備員宣言に、あたしはぽかんとしてしまった。
「いや、説明がたんないよ」
「私、あれ、嫌い。 それ以外に理由がありますか?」
レスカが思いっきり顔を顰める。
「二度も死ぬのはごめんです」
そして、ふいとそっぽを向いてしまった。
「しばらく話しかけないでください」
「……何する気?」
「天然インキュバスを駆除する方法を探ります」
「せめてサキュバスにしてあげてっ⁈」
一体何があったんですか、レスカさん!
暴れるレスカを取り押さえる。
「はーなーせーっ! 巨乳を武器にするやつは抹殺しなければならないんですーっ! 積年の怨みをここで晴らしてくれるぅーっ!」
「レスカも十分あるじゃん!」
レスカのですます口調が崩れるほどの事態。あたしはこの先に起こることを想像し、頭が痛くなった。
魔王は一体、異世界人は二人。これが何を意味するのか、あたしには分かってしまったのだから。
ミラ:騎士風の人。もう騎士でいいよ。プラチナブロンドセミロング。
ネルル:青髪ツインの魔女。
マリエッタ:神官。清楚なおねえさん風。髪の毛はふんわりした茶色。
次回の更新は、日曜日になりそうです。しばらくパソコンが使えないので。




