不名誉な 結末
「何はともあれ、これで終わったんだよね!」
あたしは左手を右肘にやって、伸びをする。
終わったぜっ!やってやったぜ、あたし!ほとんど存在空気だったけどね!
……あれ。これ、フラグじゃない?ここで復活が鉄板だよね。後ろに倒れているはずの、黒竜の姿を確認するのが怖い。
「家に帰るまでがダンジョン攻略やで」
郊外学習の鉄板のような、ラオのセリフを聞きながら、あたしはそーっと振り返った。
―――結果、オチた。
「あぁ……これ、存在自体が罪だ」
「ギャウッ!」
生意気にも反駁する、黒竜の成れの果て。―――即ち、ミニバージョン。
どうやら黒竜自体が鍵になっているようで、これは攻略不可能キャラだったらしい。
てなわけで、子犬ほどの大きさに弱体化して、今ココ。いや、復活してくださりました。ありがとうございます。
ふはは……あたしはかわいいものには見境ないことで有名だぜ!癇に障ることしかしないアンデットですら、時折かわいいと思ってしまう末期症状だぜ!
欲求不満なんですよ。
ウサギキター!なんて思ったら、強いし、噛むし、炎上したし。
ロリキター!とか思ったら、破壊神だし。
人外キター!って思ったら、天然ボケマッド死霊術師アンドエア破壊神だし。て言うか、人外かどうか微妙だし。そんでもって、巫女枠の魅力をことごとく裏切るし。
……別に百合でもロリコンでもないから。趣向がおっさんよりなだけだから。エルフが来たら、問答無用でムギュってもふってしちゃう自信はあるけども。
佐倉さん、イケメンにちゃんと反応しますから!
というわけで、あたしはそろりと手を伸ばす。
「多分、手が切れるぞ」
慌てて引っ込めた。
「ギャウゥ……」
恐るべし鱗。
「……もふもふ系のドラゴンだったらよかったのに」
「持ち帰るつもりやないやろな」
「可能ならそうしますけど?」
とーぜん、という顔でラオを見る。
ダンジョン外にも出れればいいのに。
「仮に持ち帰ったとして、餌はどうするんだ」
全う過ぎるカインの言葉に、あたしは
「ドラゴンって、何食べんの?」
その質問に、誰も答えられはしなかった。
◆◇◆
チビドラゴンは、案内役のようだ。顎でこちらに来いと命令している。レスカに滅されたくせに、偉そうだな、こいつ。
そんな思考も、かわいいは正義という世界の真理の前には、三秒でかき消えた。
「レスカ、何してんの?」
あたしたちがチビドラゴンについて行こうとしているのに、レスカはずっと同じ場所に座りこんだままだ。
「怒りませんか?」
「怒んないよ」
レスカが遠慮がちに口を開く。
「……おんぶしてください」
カインとラオが示し合わせたように、レスカに背を向けた。
「おいこら、待て。 か弱い乙女に背負わせようっての?」
右手でラオを、左手でカインを掴み、引き止める。
「体が勝手に動いただけだ」
カインの、わけの分からない反論は流す。
「つーか、自分で歩かんかい」
ラオの適切な言葉に対し、
「魔力の使い過ぎでだるいです」
「あたしからごっそり強奪していったよねっ⁈」
レスカは、あまりにもマイペースに理由を述べた。
「新鮮な血じゃなかったですもん。 ルイので全部、まかなえるわけないじゃないですか」
人の魔力を使うにも、対象の血が必要らしい。
「てか、いつ取ったんだよ……」
「ウサギの時の、取っておきました」
そう言って、両手を広げてレスカは要求。
なんだかんだで甘い、カインが向かうが―――
「カインは鎧が痛いのでヤです」
聖女様は無慈悲に拒否した。
地味に落ち込むカインの背を、さする。
「って、それ選択肢が一つしかないやん!」
「ラオでいいですよ。 上背がもっとあった方が好みですけど」
「カインと比べんといてくれ……」
聖女様酷い。
「ラオ、置いて行こうか」
うなだれるラオと、沈むカインを引率し、あたしは今度こそレスカに背を向ける。
レスカの口から、何も発されることはなかった。
何も。
一言も。
物音すらも。
「ああ、もう! ここまで来たら、おんぶしたるわっ!」
耐えきれなくなったラオが、やけくそに叫ぶ。
お主、甘いな。
あたしは横目でラオを見ていた。
そして、それを聞いたレスカは、すぐさま立ち上がり、爆走。
「元気じゃん‼」
「ひゃうっ!」
とりあえず、頭部に一発入れておいた。
『かわいいは正義』をも覆す、絶対の理。
『図に乗るボケには制裁を』
それを正しく適用した結果である。
何度でも言おう。
佐倉ルイはボケ役である。
つーか、ボケさせてください。あたしよりキャラが濃いやついらないです。もう、ただの常識人になるしかないのだろうか……。
あたしは、空気の読める変人でいたい!
いつものように、ごちゃごちゃな思考を抱えながら、あたしは問答無用でレスカを引きずるのだった。
「あーっ! 踵削れますーっ!」
「シンデレラのエグいバージョンみたいだな、おい!」
◆◇◆
チビドラゴンが転移魔法をかけて、辿り着いたのは
「うわぁ……」
神殿のような白い空間に、トルコブルーの泉。
あたしは思わず、目頭を押さえた。
「正統派ファンタジー来た……」
異世界に来て、約二ヶ月。ここで初めて、満足のいくファンタジーがやって来た。
「ギャウ」
チビドラゴンは光の粒子となって消滅し、その場所には一つの鍵が落ちていた。その鍵は、台座の上に置かれている宝箱を開けるためのものだろう。
写真、撮りたかったな。電池はとっくの昔に切れてるけど。
「なんか、ウサギの間にあった宝箱と似てるよね」
銀色で、台座に置かれていることといい、その大きさといい……。
「正直、大きさなんて関係がないんだがな」
ちっちゃくても高価なものってあるもんね。
「早く開けましょうよー」
レスカが駄々を捏ねる。
「ここまで来て、罠とかないよね?」
またミ◯ック来たら泣くよ、あたし。
「多分、大丈夫……やろか?」
何とも不安なラオの返事。
一応開けるのは、ラオに決まった。
カチャリと小さくも通る音がして、あたしたちに緊張が走る。いや、カインとレスカは平然としていた。
ラオがゆっくりと蓋を上げる。
あたしは思わずため息をついた。
鮮やかに輝く宝石の数々、今まで目にしたものとは比べものにならない華やかさ。装飾品には加工されていないが、だからこその、純粋な美しさが際立っている。それらは、箱の中にぎっしりと詰まっているのだ。
「どうしよう! すごい、すごいよこれっ!」
どうしよう、何を買おうか。服?なんか違うな。武器?身の丈にあったやつがいいよね。ああ、そうだ。家がいいな。ちんまりして、キッチンが付いてるやつ。
あたしは完全に舞い上がっていた。
「もしかして、知らんのか……?」
「どうやらそのようだな」
ラオとカインが冷めた目で見つめる。
「え? 何が?」
何の話をしているのだろうか。
「ルイ―――」
わけの分かっていないあたしに、レスカが聖女スマイルで告げた。
「―――竜族は、これを誰に贈ったんでしょうね?」
全ての温度が急激に下がった。
ダンジョン攻略。それはただ、王国に贈られた宝物を回収して来る、それだけの仕事。つまり、宝物イコール報酬ではなかったのだ。
「何それ! 国が勝手にやればいいじゃん!」
「やらせたんだ、騎士団に。 そうしたら『面白くない』と竜族から苦情が来た」
カインの解説に、あたしはうなだれた。
うん、規律正し過ぎたんだね、きっと。
「それに、各地に現れるからな。 成功報酬で冒険者にやらせたほうが、効率ええねん」
「リスクに見合ってないよっ!」
あたしの叫びに、三人は目を見開いた。
「ルイ、迷宮式の中では死にませんよ?」
「へ?」
「やっぱ、知らんかったか」
そう言って、レスカが見せたのは、入口で貰ったプレート。即ち、通行許可証だ。
「命の危険と判断されれば、〈絶対防壁〉が発動されます」
一度きりですけどね、とレスカ。ダンジョン内限定の物らしい。
「そして気付けば入口に戻っています」
そして、強制リタイアだ。自発的に帰ることも出来る、とのこと。
「内臓、引っ掻き回されるような罰ゲーム付きでな……」
ラオの目が逝っちゃっていた。ああ、経験者ですか。
「自発的に帰る時は無しだよね?」
「それは俺がやったから、間違いない」
どうやら話の流れを見ると、前回行った時にはラオが撃沈されて、カインが後を追ったという感じか。
にしても、
「内臓引っ掻き回される……」
き、気持ち悪……。
しかし、それで緊張感の少なさが理解出来た。練習、経験積みとして入る人もいるのだろう。
でもさ、
「あたしの期待、返して……」
気分が沈んでしまうのは、どうしようもないことだった。
◆◇◆
―――数日後
「なんかさ、ウサギブームなの? 今」
最近、ウサギ殺しとかウサギ乱獲とかウサギ虐殺とか外道ウサギとか、ウサギワードをよく耳にする。
その中でも、『三月ウサギ』という単語の出現頻度が高い。そしてそれが、あたしたちを意味しているらしいということに、気付いた。
ちなみにパーティ名は決めていない。
「でも、なんで三月……?」
「それはですねー、『三月のウサギのように気が狂っている』って意味です」
レスカの解答に、重い沈黙が訪れた。
「レスカじゃねーかっ!」
「ウサギの丸焼きを大量生産していたのはルイのほうじゃないですか!」
「面倒くさいから、そのまま登録するか」
「あかん。 カイン、洒落にならんからほんまにやめてくれ」
「せめて最初の二文字だけにしよ⁈」
テーブルの一つを独占し、無意味な口論をするあたしたちに、「俺だけがまともなんかな……」とラオが嘆いた。
◆◇◆
青で染められた空間に、長い金髪の美女が佇んでいた。
「あの子、全く動いていないじゃないの」
久しぶりに見てみれば、と彼女はため息をついた。
加護を手抜きして与えたにも関わらず、生き残っている少女が恨めしかった。嘘をつけない自分の身分では、加護を与えないわけにもいかない。中途半端な加護で図に乗り、苦しむ様を楽しもうと考えていた彼女には、実につまらない展開だ。
少女が魔王を倒すなんて、期待などしていない。ただの口実である。
「優等生ではないにしろ、ミレニア教信者がついているんですもの。 簡単には死んでくれないわね」
むしろ、簡単に死んだら面白くない。醜く這いずり回る姿こそが、彼女の見たいものだ。
美女は端正な顔を歪ませ、しばしの間考え込む。
「いいこと考えたわ……」
幼子のような笑顔を作り、彼女は笑う。
彼女の目的を達成し、あわよくば少女の希望も打ち砕く手段。
あどけなく笑う美女の青い瞳は、悪魔のような嗤いが浮かんでいた。
三章は、ちょっと間隔をあけて、開始します。
付き合っていただき、ありがとうございました。




