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無題  作者: さちはら一紗
ダンジョンと アンデッド
37/75

斜め上の 奮闘劇

「なんでドラゴンがいるのー!」


 間違ってもラスボスを起こさないように、あたしは声量に気をつかって叫ぶ。


 あの黒竜がいた空間は、三つの塔に囲まれた内側のようだった。屋外で、青空が見えていたが、地面は石畳だった。何その無駄な凝りよう。


「いや、本物ちゃうと思うで」


 本物であろうとなかろうと、『ドラゴン イコール 弱い』の方程式だけは成り立たない。


「無理無理ムリむりー! 帰るー!」


 勇敢と無鉄砲は違う。人間ごときがドラゴン様に勝てるわけがないのだ。自然の摂理に逆らってはいけないと思うよ。


「大丈夫ですよ。 本物は、もっと大きいと聞いたことがあります」


 レスカが呑気に、説得にかかる。


「いや、あれでも十分大きいよ!」


 トラック二台分ぐらいはある。正統派ドラゴンとワイバーンを足して二で割ったようなイメージだ。いや、ワイバーンなんて見たこともないけど。二次元オンリーね。……あれ?それほどの大きさでもない?

 あたしは慌てて首を振った。レスカの価値観に毒されてはいけない。

 ゆっくりと後退。そして後ろを向き、階段に足をかけようと試みたが、


「え、あれ? 嘘……」


 そこにあったはずの階段は、忽然と姿を消していた。


「なんでっ⁈」

「ルイの所為やろな」

「お前が土壇場で逃げようとしたから、竜族はご立腹なんだろう」

「うそおおお!」


 竜族の皆様、趣味が悪いよ……。てか、どこから見ているんだよ……。

 向こうとしては、メインディッシュの試合で、選手に逃げ出されるような感覚なのだろうか。それは危機感を抱くね。


 ギイィィ―――


 彼等の趣味の悪さは留まらず、今度は触れてもいないのに、扉が勝手に開き始めた。


「心の準備ぐらいさせてっ⁈」

「竜族って、優柔不断な奴が嫌いだそうですよ」


 知るかあっ!

 そんな叫びも虚しく、自動ドアと化した木の扉は開け放たれる。

 そして瞬間、真っ黒な宝玉のような瞳と、目が合った。


「……ねえ、起きてるんだけど」

「多分、ルイのおかげではないでしょうか」


 レスカが冷たい。


「なんか、威嚇してへん?」

「口を開けたな」


 いや、それ―――ブレスだよね?

 予想通り、お決まりのパターンで炎が襲う。

 何かを言うまでもなく、あたしたちは四方向に散った。あたしの動きが少し鈍かったのは、許して欲しい。いや、ビビりだけど頑張ったよ!


「いきなりブレスとか、無粋でしょっ!」

「ルイってもしかして大物ちゃうか?」


 ラオの声が右の方から聞こえる。

 あたしは声を張り上げた。


「それ、どういう意味⁉」


 なんて言っていたら、黒竜に敵認定されてしまった。

うん、弱いヤツから狙うのは定石だよね。……どうせ弱そうだよ馬鹿野郎!


「ひいぃ! こっち来んなぁ!」


 トラック二台分ぐらいは余裕で走り回れる広さだから、あたしが逃げ回ることは可能だ。しかし、それは向こうも同じで。

結局助けてくれたのは、カインだった。剣で後ろ足を斬りつけて、黒竜の注意をあたしから逸らす。


うわあああ!あたしが女だったら惚れたぜカインっ!あっ、あたし女だったよ!でもやっぱり惚れないよ!だけど心底ありがとう!


「チッ……硬いな」


 しかし、黒竜にまともにダメージは入っていないようだった。流石ドラゴン。例え偽物でも、その硬さはお墨付きだ。

 あたしも気合を入れ直し、弓を構える。ピーピー言っている場合じゃないよね。かっこいいところ、見せてやる!

 ……アドレナリンが異常に出ているだけな気がします。思考がちょっとおかしいです。一周回って、また少し怖くなってきちゃった。


 黒竜の興味は、完全にカインに移った。浅いとはいえ、硬い鱗の下を確実に斬るカインを、敵と認定したようだ。

 器用に黒竜の爪を除けながら戦うカイン。時々レスカから、回復魔法が飛んでいる。

 レスカは、古代魔法を構築しながらの詠唱だ。天才って怖い。

 ラオの姿は、黒竜の後ろの方にいるのだろうか、あたしからは見えない。

 そしてあたし。カインとレスカの中間地点にて、矢をつがえる。狙うは眼球!それ以外は眼中にない。

 カインの剣ですらまともに効かないドラゴンに、あたしの矢が通るわけがないのだ。しかし、眼球に鱗はない。ついでに言うと、ドラゴンだけあって眼球もでかい。まあ、コントロール力があるから、的の大きさはあんまり関係がないんだけどさ。

そう考えながら、四連続で矢を放つ。―――放った後で考える。


 もし瞼に鱗があったならどうしよう?目を閉じられたらお終いだ。


 その心配は、杞憂に終わった。というか、もっと悪い自体になった。

 避けられることを鑑み、微妙に位置をずらして飛ばした四本の矢。それは、反則的なブレスによって塵となった。

 それだけではない。矢を燃やすために吐き出された炎は、必然的にあたしの方へ向かう。

 詠唱は間に合わない。肝心な時に硬直する、軟弱な現代っ子の一面が、こんな時に出てしまった。

 視界に鮮やかなオレンジ色が映り、頭の中が真っ白になった。


 ―――避けなくちゃ。


 頭で分かってはいても、体は言うことを聞いてはくれなくて―――ふいにあたしは後ろに倒れた。


「何しとんねん!」

 

 滅多に聞くことのない、ラオの怒声。

 ラオがあたしを押し倒したのだ。


「ごめん……」


 お遊び気分がまだ抜けていなかったのだろうか。緊張感が足りないのは、自分の方だったと自己嫌悪。


「頼りにしてんで」

 

 そう言って、座り込んでいたあたしの頭に、ぽんっと手を置く。

 嘘でも、気休めでも、あたしはその言葉がほんの少し、嬉しかった。


 背を向けたラオの、枯草色の髪が少しばかり焦げているのを見た。

 あたしは頬をペチリと叩く。

 こんなことをしている場合じゃない。あたしも頑張らなくちゃ。こんなことをしている間も、カイン達は頑張っているのだから。

 でも、何をすればいいのか分からない。弓が効かないから魔法、だろうか。しかし、初級が効くとは思えない。こんなことなら、オーソドックスなチートにしとけばよかった。魔法を貰っても、当たらなければ意味がない。そんなノーコンならではの思考が仇となった。よく考えたらさ、運動神経貰ってクリアじゃない?完全にしくじったよ!


 長いようで短い思考の末、考え出したのは窒息死させることだった。

 方法は簡単。水を魔法で出して、鼻の穴に突っ込む。口元も水で塞ぐ。

 もちろん、そんなことでドラゴンがやられるとは思ってはいない。ただ、動きが鈍くなって、隙が出来れば万々歳だ。

 第一、ドラゴンの死因が窒息とかアレだよ。ロマンがないよ。ロマンとか求めている場合ではないけど。

 しかしその作戦は、予想以上の結果が出てしまった。

 水を詰め込んだはいいものの、あっと言う間にブレスで蒸発。それはもう、見事なノーダメージぶりだった。悲しいね。結構時間をかけたのに。それだけだったらまだ良かったが、黒竜が暴れるという、副産物がもれなく付いて来た。


「カインごめんっ!」


 あたしの謝罪は届いたかどうか、定かではない。返事が返って来ないのは、集中している証だ。

 ほんっとごめん。でもやっぱりカイン、楽しんでない?

 

 ちょっぴり複雑な気持ちで見守りながら、あたしは次の手を考える。さぼっているのではない。ただ、出来ることが後ろで邪魔にならないことしかないだけだ。

 はたまた自己嫌悪に陥りながら、そっと誓った。

 いつかまともな戦力になってやる!

 平和が一番だけど、冒険せずに何がチートだ、何がファンタジーだって気持ちはあるわけだ。矛盾でも構わない。理想と現実で揺れる乙女心ってやつだ。違う気がするのには、あえて触れないでおく。


「危ない!」


 ドラゴンの太い尾が、ラオに向かうのが見えた。

 咄嗟に叫んだはいいものの、思わず、その鞭のようにしなる尾から目を逸らす。いや、逸らしかけた。

 あたしの声が届いたようで、ラオと一瞬目が合った。だが、彼は動かない。

 ぶつかると思った瞬間―――ラオが跳んだ。縄跳びを跳ぶかのような気軽さで、軽業師のようにやすやすと。

 あたしはただ、ぼんやりと見ているしかなかった。


 あれ、ラオって普通の不憫系男子じゃなかったっけ?こんなかっこいいことする人だっけ?


 そしてくるりと曲芸師のように一回転し、着地した。―――黒く光る、尾の上に。


 あれ、どうしよう。普通にカッコ良くね?

 そんでもってあたし、やっぱりいらなくない?

 あたしは完全に、自己嫌悪の輪廻にはまってしまった。


 だが、ラオはやっぱりラオだった。かっこいいままでは終わらない。

 ラオは黒竜の背に差し掛かった時、いい加減にウザい(もしくはくすぐったい)と思われたようで、呆気なくドラゴンの翼に弾かれた。

 レスカが聖女モードを発動し、ラオは地面に着地はしたが。


「「………」」

 

 ラオとの無言のやり取りが、なんか凄く気まずかった。

 

「あかん……恥ずか死ぬ」


 ラオの耳が、心無しか赤い。


「安心して下さい。 人間、羞恥じゃ死ねません」

「レスカ、それ、フォローになってないよ!」


 レスカの抜け具合も相当だと思う。


 視線を黒竜に戻す。黒竜は翼を広げ、飛ぶ体制に入っていた。


「させるか」


 カインが左翼を剣で割き、あたしが右翼に風穴を開ける。翼には矢が通るようだ。

 初めてまともに攻撃が出来たことに、軽く感動を覚える。まあ、カインだけで事足りたような気もするけど。


「飛んで逃げたりしないよね?」

「塔の高さ以上へは行かんと思う」


 ラオの聖女処置は完了していない。

 その間、カインはほぼ一体一で持ちこたえていた。が、無傷でやりあえるわけはない。あたしもひっきりなしに、回復魔法をカインへ飛ばした。

 黒竜の攻撃は、主に爪、尾、ブレスの三パターンだ。

 鱗さえなければカインの剣は通るのに!


「鱗さえなければ……?」


 何かが頭に引っかかった。

 立ち上がったラオに、思い付いたことを話す。


「出来んのか?」

「ていうか、やる」


 役立たずのまま、終わりたくはない。


「任せたで」


 カインに回復を集中させることを、レスカに指示。口も手も空いていない(古代魔法で、防御のための魔法陣を書いているようだ)レスカは、頷くことで返事を返した。


 ラオがカインの元へ駆けて行く。必要最低限の言葉で、作戦を伝えたのが分かった。

 あたしは弓を構えて深呼吸する。どんな角度で、どのくらいの力加減で、どうすれば当てられるのか、感覚レベルで分かっている。滅多なことで、失敗するはずもないことは知っている。それでも僅かに震えていた。少しでも間違えれば、ラオやカインに当たるから。

 精度を上げるため、前に進む。見えていなければ意味がない。それが、このコントロール力だ。

 自分を信じ、矢を放つ。狙うは首だ。何本か矢を下に落としながらも、あたしは次々と矢をつがえた。

 それらは狙い通りに、首へ。そして、首の鱗の隙間に食い込んだ。

 カインがドラゴンの気を引き、その間にラオが、矢が作った、鱗と皮の隙間へタガーを差し込む。柄に全体重をかけ、ラオは鱗をめくりとった。べリッと音がする。

 黒竜は咆哮した。まさか、鱗を剥がされるとは思ってもいなかったのだろう、驚きの声にも聞こえる。人間で言う、爪を剥がされる感覚に近いのかもしれない。

 着実に鱗をめくっていくラオと、翻弄しながら着実にダメージを与えていくカイン。黒竜は、完全に混乱しているようだ。そしてこちらには、元聖女様がついている。形成は、あたしたちの方へ傾き始めた。

 だからだろう。黒竜は自分が不利だと理解したようだ。

 そして、黒竜の身体が淡く光り輝いた。みるみると血が止まり、翼が修復されていく。

 ラスボスの、HPが半分を切ると回復しだす法則が、ここでも適用された。


 適用しなくていいよ!詠唱無しとか反則だよ!竜族の皆様、遊んでるよ!


 風が襲いかかる。

 黒竜は、既に宙に浮いていた。

 上からブレスとかやられたらお終いじゃないか。


「ルイ!」


 カインがあたしを呼んだ。


「鱗は修復されていない」


 回復魔法は、時を戻す魔法に在らず。ただ、治癒力を急激に上げるだけだ。


「俺を、飛ばせるか?」


 風の魔法を連続行使し続ける、あたしだから出来る技。バランスと風量、その微妙な采配はコントロール力によって賄われている。リタとの鬼ごっこの際に、一度カインに見せたことがあった。

 しかし、それは三十秒もつかもたないかの短時間。しかも、正確には『浮く』だ。何も装備していなかったあたしでそうなんだから、重装備のカインなんて、十秒ももたないだろう。

あたしはそう伝えた。


「それで十分だ。 後は自力で跳ぶ」


 この短時間の間にカインは鎧の、手間が少なく外せる部分を取っていた。


「分かった」


 話の間も、炎が上から降って来ている。レスカの展開する魔法陣が防いでいる状態だ。

 他の手を考えるより、カインを信じる方が早い。


 詠唱を開始する。早口言葉にはまっていた時期があったおかげで、滑舌はいいほうだ。

 カインと目を合わせ、コクリと頷く。それを合図に、カインが地面を蹴った。あたしに出来るのは、跳ぶのを助けるだけだった。


 身体が落下し始めるその前に、カインは氷で足場を作る。それを踏み台にして、どんどん高度を上げて行った。

 詠唱し続けながら、あたしは考える。


 ―――ああ、やっぱりあたしは裏方気質なんだな。


 別に悲観しているわけではない。身近に目立つ人物がいると、どうしてもそうなってしまう。そしていつの間にか、裏方であることに誇りのようなものすら持っていた。


 あたしが目立たないわけではなかった。どちらかというと、悪目立ちの方が多かったとしても。

 ただ、主役に、主人公になるのはいやだった。主人公のような人間を、長年見て来たからかもしれない。ダークファンタジーでは、主人公がデッドエンドするのも珍しくなかったからかもしれない。

 妄想の中ですら、チートにコントロール力を選んでしまうほど、これはどうしようもない(さが)だ。

 表舞台は好きじゃない。裏方の主役でいたいと思う、中途半端な虚栄心。じゃあ、自分はなんでこんなところにいるんだろう。


 でも、異世界(こっち)に来てから思っている。

 主役なんて望まない。むしろ辞退させてもらいたい。死亡フラグこそが、最も避けるべき存在。

 そう思って来たし、今でもそう思っている。

 だけど―――せめて名脇役ぐらいにはなりたいと思ってしまった。お荷物には、役立たずにはなりたくないと思ってしまった。たとえセリフ一つ無い役でも、同じ舞台に立っていたい。

 ラオもカインもレスカのことも、あたしは何にもと言っていいほど知らない。向こうだって、あたしのことは知らないはずだ。でも、楽しいと思ってしまったのは仕方ないことでしょ?

 つり合うとかおこがましい。あたしは軟弱な現代っ子の枠から出れそうにない。だからって、戦力外通告だけは受けたくないんだ。これは捻くれた人間の、譲れない意地だ。


 そんな下心を含め、あたしは瞬きせずにカインを見つめていた。

 

「いっけええっ!」

 

 カインの振りかざした剣が、鱗の剥がれた黒竜の首元に届くまで後数センチ―――。

 あたしが息を飲んだ。そして唐突に襲い来る、何かが(・・・)急激に抜けていく感覚。その感覚に立ちくらみ、次に顔を上げた時―――。



 ―――黒竜とカインの上空に、真っ赤に光る、大きな魔法陣。


「「えっ……?」」


 ラオとあたしの声がハモった。


「〈竜殺し(ファング オブ)()(スレイヤー)〉、発動」


 凛と響くレスカの声に、真っ赤な魔法陣は、一際赤く輝いた。

 象牙のような光の杭が、何本も黒竜に突き刺さる。否、降りかかった。

 カインにはダメージが行かなかったようで、力の行き場を失ったその腕は虚空を切り裂いて、カインの足は地に着いた。


 ズウゥン、と黒竜は地面に落ちた。

 あたしたちの目線が一斉に、レスカへ向かう。



「うろ覚えでも、何とかなるもんですよねー」


 ドヤ顔で胸を張るレスカ。


「あ、さっきのは、対ドラゴン用の魔法です」


 古代人は、竜族と戦争でもしていたのだろうか。


「いや、そんなのは聞いてないから。 なんでそういうのがあるって言わなかったの?」

「忘れてたんです。 だって一度読んだきりですもん。 使うこともなかったので」


 質問に対し、さらりとレスカは返した。


「思ったより時間がかかってしまいましたけど、結果オーライですよねっ!」


 満面の笑みでレスカが誇る。



「うん……ありがとうね」

「レスカのおかげやな……」

「ああ、そうだな……」



 一番の功労者にも関わらず、レスカに向かう三つの視線が生温いのは、もう仕方のないことかもしれなかった。

 あたしの緊張、返して……。


戦闘描写、リベンジ。前回よりましになっていたら……。

よく考えれば、戦闘描写なしでファンタジーが書けるわけなかったです。


次回で二章終了の予定。



感想、くださるとうれしいです。

ベタ甘だと図に乗るので、辛辣な意見がほしいです。




……ベタ甘くれてもいいんですよ?(震え声

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