ラスボス 発見
今回短めです。すみません。
そのかわり、次回は長くなります。…多分。
火の精霊の護る森。水の精霊の護る森。
ある日、火の精霊の森に一つの壺が現れました。どこかの旅人が、落としていったのでしょう。
その壺はころころと転がり、二つの森の境界線で止まりました。
最初に見つけたのは、水の精霊。そして、遅れてやって来たのが火の精霊でした。
水の精霊は見つけたのは自分だと、火の精霊は壺は自分の森に落とされたと言い、壺の取り合いが始まったのです。
怒った火の精霊は、無理矢理加護を掛けて、自分のものにしようとしました。それを水の精霊が、許すはずもありません。
水の精霊が火の精霊の加護を上書きし、炎の色に染まった壺は深い青に変わりました。
そして水の精霊が、壺を手にしたのです。
しかし、炎は完全には消えていませんでした。深い深い青の中、チロチロと燃える金色の炎は、水のようでありながら、決して水とは相入れない、そんなものを作り出すものへと壺を変えてしまったのです。
◆◇◆
「へー、そんな話があるんだ」
「本当かどうかは知らんけどな」
ラオの語ってくれた話は、まるで童話のようだった。
「私、知りませんでした」
レスカが首を傾げる。
「めっちゃマイナーやからな」
なんでも、ラオの母親から聞いた話だと言う。
「本当だとしたら、二つの加護が掛かっているってことでしょ? レスカ、その壺どうすんの?」
あたしの問いに対して、レスカはすぐさま答えた。
「売ります」
すぱりと、一片の迷いもなく。
「え?」
「珍しい魔具だろうに」
カインも不思議そうだ。
「だって二つの加護が掛かっているくせに、相殺しあっているみたいなんですもん。 想像していたより、すっごくしょぼかったです」
レスカは唇を尖らした。
「それ、聞いたら泣く人が沢山おるやろうな……」
ラオが額を押さえて言う。
「だって、油なんか出せてもしょうがないですしー」
君、その油が役に立ったことを忘れていないか?
ちなみに、結局扉の隙間からレスカの魔法陣を通して消火した。ちょっと勢いが強過ぎて、水が階段の下に流れて出てしまったのはご愛嬌だ。もし、階段の下に人がいたとしたら……ごめんなさいしかない。
あと、ウサギの丸焼きは綺麗に出来上がっていた。ちゃんと何の動物か分かるぐらいだ。
いや、食べてないよ?
「でも価値はそれなりにあるでしょうから、高値で売り捌いてやりますっ」
レスカはきりりといい顔で言った。
「買値の何倍で売りつける気だ」
カインは呆れ顔だ。
「適正価格に色を付けるだけですよ?」
「物欲に塗れた巫女さんなんてイヤ!」
全国の巫女さんと、そのロマンを愛する人に謝って欲しい。あたしだって、巫女ファンではないがその良さは理解しているんだ!多分!
洋風も、和風も、巫女服は好きだ!
変態じゃないよ?多分。
「あくまで、元巫女ですから」
狂人は、ロマンを壊すことも厭わない。自分のロマンは守るくせに。
「ていうか半永久的に、油製造機にした方がいいんじゃない?」
サラダ油というより、高級な香油みたいな感じだった。売れるのではないか。
「そのアイデア、いただきます」
レスカはにぱっと笑った。目が銭マークに見えるのは、きっと気のせいだ。
「もうちょっとロマンのある発想出来へんのか?」
「男はロマンチスト、女はリアリストなんです」
「女は、ロマンを求めちゃいけないの⁈」
「レスカもリアリストには見えないんだが」
カインの言うことはごもっともだが、アンデットは聞く耳を持たない。
ラオのため息と同時に、階段が終わる。
「最上階みたいだね」
眼前に広がる空間は、丸くカーブを描いている。天井は中心に行くにつれて高くなっており、まさしく塔の先端部分だ。
「何にもないですよ?」
内装は最初のようなお城風に戻っていたが(お城の内部なんてあたしは知らないけど)、拍子抜けするほど何もなかった。
「いや、そうでもないで」
ラオが何気ないような顔で、床をめくる。タイル状なので、外すと言うべきだろうか。
その下にあったのは、
「階段ですかー……。 下るの面倒臭いです」
「なんでここまで来て、下に降りんのかな」
最上階から一番下へ、とかなんかすっごく不本意だ。
「仕方ないだろう」
カインは今のところ、糖分が足りているようだ。
「カイン、糖尿病になるよ」
「トーニョー病?」
糖尿病の概念はないようだ。まあ、若いから大丈夫かな。ちゃんと消費しているみたいだし。でも、引退したら真っ先に太りそうだよね。あたしは想像して、泣きたくなった。どんなイケメンも、肥えたら台無しだ。
文句を垂れるレスカを、半ば引きずるようにして階段を下る。
「こけます! こけちゃいます! あーっ! あーっ!」
レスカがうるさいので、仕方なく手を離す。ドミノ倒しになっても困るしね。
なんでこんなに、緊張感が皆無なんだろうか。
「なんか、狭くない?」
階段は、人一人通れるほどの幅しかない。しかも薄暗く、〈暗視〉なしでは危なかっただろう。
「段差も急だな」
「きっと、特別な部屋とかに繋がっているんですよ」
先頭を行く、ラオの空気だけが、真剣だ。他の奴らが頼りにならないから、自分はせめて頑張ろうという心境だろうか。
カインとレスカは、思ったよりはまともだけど。もちろん、自分は言うまでもない。佐倉さんは常識人だから!(本日三回目)
約十階分の階段を下るのは、結構キツいものがある。内臓が上下に揺れるため、胃の中がかき回されているようだ。いや、かき回されたことはないけど。これからもごめんだけど。
あ、ダメだ。自分で考えていたら、余計に気持ち悪くなってきた。
上がる方とどちらが楽だろうか、なんて考えていたら、ゴール地点が目に入る。扉だ。材質は、木だろうか。この先にあるのが宝物庫だとしたら、あまりにも簡素過ぎる扉だ。
「……開けんで?」
当たり前のように仕掛けられていた罠を解除し、ラオが言った。
「あたしが開けてみてもいい?」
全員から了承を貰い、あたしは扉に手をかける。
ギイィと軋む扉を―――新品にも関わらずわざと音が鳴るようにする竜属は、相当性根が腐っているんだろう―――あたしはゆっくり前に押す。
ビビりは全開なんて出来るはずもなく、隙間からそっと中を覗き込んだ。
光沢のある、宝石のような鱗。剣のように鋭い爪。折り畳まれた、黒い翼。静かに眠るそれを見て、あたしは静かに扉を引いた。
どうしよう。
あたしは後ろを振り返る。
「これ、無理ゲー……」
中には偉大なるファンタジーの象徴、黒竜様がおられました……。




