画面 炎上
ま・た・ウ・サ・ギ・か!
最初のヤツとは違い、サッカーボール大の毛玉に耳が付いた感じだが、紛れも無くウサギだった。
真っ先にラオが対応する。
カインも少し離れた所で剣を抜き、あたしも弓を構えた。
レスカ?彼女の担当は壺である。
こいつ、協調性ゼロだーッ‼
協調性は大事です。協調性、即ち社会適応力と言っても過言ではない……と思う。
佐 倉さん、自信ないよ。一時期ぼっちだったし。いえ、一週間で畏敬の対象にしてみせましたけどね?何をしたのかって?……黒歴史の一ページだよ。
ラオのタガーは白ウサギの毛に当たり、ガキィンと鋭い音を立てた。
「うわ、マジか……」
タガーは弾かれ、白ウサギには傷一つ付いていない。あのふわふわに見える毛は、一体どれだけ硬いのだろう。
あたしも後ろに下がりながら、矢を放つ。
弾かれそうだから、狙ったのは柔らかい眼球だ。しかし、それは狙ったウサギに当たる前に止められた。横入りして来た別のウサギが、その小さな脚で矢を折ったのだ。飛んでいる矢の上に、着地したと言ったら分かるだろうか。
「何それ……」
何なの?最初のピンクな野ウサギといい、今のもふもふ白ウサギといい、どうしてウサギが強いんだ。あれか、ギャップ萌えか。竜族の皆様はギャップを愛しているのか?あたしも好きだよ、ギャップは。
カインは、あまり毛に覆われていない耳を狙っている。耳を落とされた白ウサギは、本当に毛玉にしか見えない。斑模様のね。グロテスクだけど、一人だけ善戦だ。
レスカ?壺と見つめあっているに決まっているではないか。ホント、もう一回死んで来ればいいんじゃないかな。
「〈火球〉!」
物理攻撃が効かないのなら、とあたしは魔法を飛ばす。
「って、嘘ぉ!」
ウサギはぱくりと、火の玉を飲み込んだ。
そして二倍ほどの大きさになって、ウサギの口から火の玉が吐き出される。
「あわわっ!」
咄嗟にしゃがむ。
ドッジボールは避けるの専門だったから、割と慣れている。
だけどあたしは心の中で叫んだ。
―――こんなギャップ、必要ですか⁉
試しに氷でもやってみたが、同じことだった。
腹いせにウサギを蹴ってみたら、足の指がボキッといった。
「~~~っ‼」
押さえてうずくまる、とかも出来やしない。ウサギは地味に突進して来るからだ。
アホ!あたしのアホ!何自爆してんだよ!折れてないよね?
不安になって、小さな声で回復魔法を唱える。スッと痛みは遠のいていった。
あ、はい、全然大丈夫みたいです。うん、この軟弱者っ!って怒られそうだ。
「なんじゃそりゃ!」
魔法を跳ね返したウサギに対して、ラオのツッコミが飛ぶ。
「無茶苦茶だな」
カインも半ば、呆れている。
目算十五匹のウサギは、陣形を組んで襲いかかって来た。
これだけ聞くとしょぼいが、その実態は金属並みの硬度を誇る、サッカーボール。
「一旦戻るでっ!」
あたしたちは全速力で、カインはレスカの襟首を掴んで引きずりながら、扉の向こうに駆け込んだ。
急いで扉を閉める。
ウサギが扉にぶつかる音がする。ガツンガツンってどうなんだろう……。
「つか、れた……」
なんでウサギごときに、こんなに体力を使わなければいけないんだ。地味にプライドが傷付いていたりする。
だってさ、相手はウサギだよ?小動物相手に苦戦だよ?中身は化け物だとしても、何かちょっぴり悲しくなる。
「何やねんあれ」
「まさかダミーに、手こずらされるとはな」
「しかも魔法が効かないとか……いじめ以外の何物でもないよ」
何でも切れる、魔剣みたいのを貰っておけばよかったんだろうか。どうせ使いこなせずに終わりそうだけど。
「カイン、離してくれませんか」
レスカがむすっとした声で言う。
カインはレスカの襟首を掴んだままだ。
カインがぱっと手を離す。
「ひゃうっ! 何するんですか!」
レスカは盛大に、頭を打ち付けた。しかし、やっぱり痛覚は鈍いようで、あまり痛がっているようには見えない。
「手伝わなかった報いだ」
カインが素っ気なく言う。
「だってルイが……」
「だってやない!」
ラオはレスカに説教を始めた。
うん、自業自得だ。
「でさ、どうする?」
あたしはレスカを放って置いて、カインに聞いた。
「あそこにも扉があったな」
「一応、向こうに行く方向で考えるんだね?」
しかし、それだとあのウサギが問題だ。扉に突進する音は止んでいるが、いなくなったわけではないだろう。
宝箱の中で窒息死すればよかったのに。
どうしよう、あたしはウサギが嫌いになってしまいそうだ。
「魔法が効かなかったから斬るしかないのかな」
「いや、それでも効率はよくない」
「そっかぁ」
あたしは説教で疲れ切ったラオと、全く悪びれる様子のないレスカの方を見る。
「で、レスカはなんで手伝わなかったのかなー」
表面上は笑顔を装うが、あたしの手はレスカの両頬をぎゅううぅっとつねっていた。
「やめふぇふらふぁい」
天才の顔は、実にまぬけである。
「で、なんで?」
あたしは手を離した。
「あのウサギ、魔力を喰らうことが出来るみたいですよ。 となったら、私は何も出来ませんし?」
大鎌状態の時も刃は魔力で構築されているため、効かないというのがレスカの言い分だ。
「やってみなきゃわかんないじゃん。 ていうか、出て来た直後も手伝おうとしなかったよね?」
あたしの追及に対して、レスカの答えは
「たるかったので」
一瞬音が消え、左右からラオとカインの拳がレスカの頭めがけてとんだ。ごすっと見事な音がする。
「女の子殴りましたぁっ‼」
レスカが大袈裟に騒ぐ。
「やかましいわっ! アンデットに性別もクソもあるかい!」
「男女平等を掲げさせてもらおうか。 手加減しただけましと思え」
レスカが助けを求める目で、あたしの方を見る。潤んでいたら負けたかもしれないが、生憎死体は涙を流さない。
あたしは手をグーにして、にっこり笑った。
「鼻面いっとく?」
「……遠慮します」
レスカは薄ら笑いを浮かべた。
◆◇◆
「だから、そんな壺なんかに固執すんのがいけないんだよ!」
「壺じゃありません! 水瓶です!」
「いいよ、壺だろうと花瓶だろうと!」
「水瓶ですっ!」
レスカの悲痛な叫びは無視。
「偽物にかまけている暇があるんなら、ウサギの一匹でも倒したほうがいいに決まってる!」
「やです! 私、やりたいことしかしたくないんです!」
レスカがイヤイヤと首を振る。
「ガキか! 幼稚園児にも劣るなっ!」
「だから、ヨーチエンジとか知らない言葉は使わないで下さい!」
話を逸らさないでいただきたい。
「人ってね、やりたくないことをやらなければいけない時もあるんだよ? それが大人なんだよ?」
「私、永遠のセブンティーンなんで」
無言でシメた。
「なんでですか⁉ 間違ったことは言ってませんよ!」
「あながち間違いではないことに腹立つんだよ!」
ラオが唐突に呟く。
「なんか漫才みたいやな」
「お前、染まって来たんじゃないか?」
カインが、少し心配するような声音で言った。
「あぁ、もうなんか疲れたわ」
「これ以上、存在が空気になってどうする」
「それ、シャレにならんねんけど」
何気にカインが酷かったりする。
「って、漫才してる場合じゃないよっ‼」
あたしは内心で頭を抱えた。
「ルイ、水瓶ですから。 水瓶ですからね?」
しつこく言うレスカ。
「うるさい黙れー!」
長い攻防の末、あたしは肩で息をすることになった。
「作戦会議でもするか?」
常識人役は、ラオからカインに移り変わる。角砂糖ですら、精神を安定させられるみたいだ。
そしてラオは異常な人に囲まれたせいで、精神崩壊してしまっている。レスカと一緒に壺を弄るという、末期症状だ。
「どうすんのさ、これ……」
「どうしようもないだろうな」
とりあえず、二人だけで議論に花を咲かせ―――なんて出来るわけがない。たいしてアイデアも出ないまま、話すことが尽きた。
「ラオー? なんかない?」
しかし、ラオは熱心に壺を見つめている。
「おい、ラオ。 いい加減に―――」
「ちょい待ってくれ」
カインの言葉は、最後まで言い終わらない内に遮られた。
「これ、本物かもしれん」
扉の前に、カインとラオが立つ。
「行くで?」
「任せて!」
二人が扉を開け放った瞬間、あたしは部屋の中に、壺の中身をぶちまけた。そして白ウサギがこちらに来ない内に、松明を二本投げ入れる。
やっぱり貰うべきはコントロール力だ。
カインとラオが扉を閉める。
「終わったぁ!」
しばらくしたら、ウサギの丸焼きが出来上がるだろう。
魔法が効かないのなら、そのまま殺ればいいじゃない!
レスカの買った壺―――正式名称『精油の壺』は、その名の通り入れた液体を油に変える壺だった。もちろん、間に複雑な手順があるものの。
「まさか本物やとは思わんかったな」
「魔力探知能力があるのに、偽物をつかまされるわけないじゃないですか」
「聞いてないよそんなことっ!」
あたしは思わず叫んだ。
「言いましたよ?」
「言ってない、言ってないってば」
「……そういえば、言ってなかったかもしれません」
あたしのストレス、返して……。
「てか壺じゃん! 壺だったじゃん!」
「壺も水瓶も似たようなものです!」
「言ってることが逆だよ!」
「いいから、約束守って下さい」
そうして事は、あたしの土下座をもって終了した。
「ところで、どうやって中に入るつもりだ?」
「あ……」
……考えてなかったー。
思ったよりも、長引いています(笑




