魔女の 壺
アトラクションで、急に上から下に落ちるやつがあるだろう。あたしは、下から上に行くのでも怖いと知った。壁にへばりついて、動けなかったのだ。もちろん、シートベルトなんてものはない。
途中から緩やかに失速し、ズンッと衝撃が来て止まった。『チン』なんて音はしないのは当たり前だ。
スーッと正面の壁が上がり、あたしたちは外に出る。今度現れたのは、黒く光る空間。
大理石などをあしらった今までのお城の内部の様な作りと一変し、高級なホテルやレストランの様なイメージを与えている。
水路というか、泉というか、噴水というか……綺麗な風景だとは言っておこう。
ああ、もう……ほんっとやめて欲しい。マジで現代臭お断りします。正統な中世ヨーロッパ風ファンタジーな景色を下さい。
あたしは欲求不満に陥っていた。
暴れ出したい衝動にかられていると、また空腹感が襲って来た。
「とりあえず、ご飯食べない?」
水路には何かいそうなので、水から離れた所に座る。
サンドイッチを齧りながら、梅干しが食べたいと考えた。
納豆とか梅干しとか、たまーに何か食べたくなるよね。正直無くても全然いけるんだけど。むしろ卵掛けご飯が食べたい。しかし、流石に日本以外で生ものを食べるのは気が引ける。
「おい、レスカ。 何をしているんだ」
カインがレスカに呼びかけた。
レスカは水路の方でしゃがみ込んでいる。
「実験です」
ご飯はいりません、とレスカは言う。
あたしは気になって、レスカの方に歩いて行った。
レスカが一生懸命に弄くり回していたのは―――例の壺だった。
ラピスラズリのようにちらほらと金色が混じる壺を、レスカはああでもない、こうでもない、とブツブツ呟きながら弄っている。
「水瓶と言うからには、水を入れたら何かが変わるんじゃないかと思ったんですけど……」
むー、と眉間にシワを寄せながら考えている。
あたしは感情のスイッチを切り、床に置かれた壺を投げつけた。それは、のそのそと壁に登っていた大きな蟹に命中する。
「あーっ! あーっ! 何するんですかあ!」
レスカはバシャバシャと音を立てながら、水の中に落ちた壺を取りに行く。
ぽっかりと浮かんだ甲殻類は、完全にスルーだ。
「ひどいです!」
つっかかってくるレスカ。
「だーかーらー、レスカは騙されてるっつってんだろ!」
昨日、帰って来た後にカインから聞いたのだ。こちらの世界でも、それは使い古された詐欺の形だと。
「売りつけたヤツを探し出してシメておこうか?」なんて物騒な提案は、受けるかどうか迷ったが今のところ保留だ。
どちらにしろ、買った本人が手放すことを決めないと返品すら出来ない。
「本物だって言ってるじゃないですかっ!」
それでもなお、レスカは認めない。いい加減に、腹が立つ。
「じゃあ、偽物だったらどうしてくれんのさ」
「その時は、何でも言うことを聞きましょう」
胸を張って、自信満々に答える。その自信はどこからくるんだろう?
「その代わり、本物だったら土下座してもらいますからね!」
「上等だ!」
全く、レスカはとてつもない意地っ張りだ!
それからしばらくの間、あたしとレスカが顔を合わせることはなかった。
◆◇◆
蟹を潰しながら(でかすぎると食欲は湧かないんだね。 初めて知ったよ)黒い部屋を抜けると、今度は石造りの通路が現れた。
雰囲気を重視したためか、明かりは全て松明になっている。
レスカは後ろの方で、ずっと壺とにらめっこしている。そのおかげで、罠に突っ込んで行く、なんて非常識な事件は起きずに済んだ。壺の唯一の利点だ。
あまりにも、ラオがかわいそうだったからね。
「しっかし無駄に凝ってるよね」
いちいちデザインを変えたり、エレベーターを作ったり、それを数日でやってのけるなんてかなり凄い。
「まあ、作ってる方の趣味なんやろうな」
壁の石の一つを押しながら、ラオが答える。
てか、石を押して、新しい道が現れるとか凄い王道な仕掛けだな。
物語は王道よりも邪道の方を好んで読んできたけど、実際に見るのは王道の方がいい。間違っても壁を破壊とか、邪道な進み方はしてはいけないと思う。
「おいレスカ、もう少し静かに出来ないか?」
邪道なカインがレスカに言う。
そう言いたくなるのも仕方がないだろう。なぜなら、レスカは常にブツブツと呟きながら歩いているのだから。
「その剣、折りますよ」
対するレスカの返事、もとい脅迫に、カインは黙りこくる。流石に、二度目は洒落にならないようだ。
今回の請求も、かなりギリギリだったらしい。
「あんなのBGMだと思えばいいよ」
「そんな物騒なBGMはお断りだ」
「カイン、諦めた方がええわ」
まあ、何かに没頭するレスカはかなり怖いしね。
古代魔法を研究していた頃は、どんなだったんだろう?想像するのも勇気がいる。
石造りの道を歩く内に、大きな扉が見えてきた。
「あそこの奥に、何かありそうじゃない?」
「ありそうやな」
扉は、やはり簡単には開かない。ラオが開けようと取り掛かる。
「南京錠だったら一瞬だったのにな」
カインがぼそりと呟いた。
「一瞬って……」
「斬る。 それが一番手っ取り早い」
真顔で言うからには、冗談ではないのだろう。
「多分、カインみたいな人がいるから南京錠じゃないんだと思う」
触れたら爆発する、なんて仕掛けがあったらどうするつもりだ。
このダンジョンが侵入者を防ぐためのものでなかったら、どうなっていたんだろう。かえってわきまえたかな?
「開いたで」
ラオが促しても、レスカは相変わらず壺とにらめっこをしている。時折壺に指を突っ込んで、かき混ぜるその様子はまるで魔女。
あたしはゆっくりと目を背けた。なんか怖い。関わってはいけない感じがする。
でもなんだかんだでついて来ているから、問題はないだろう。
扉の先は、大広間と言うような場所だった。もちろん石造りの殺風景な色だが、それがかえって遺跡のような印象を与えている。
中央の台座に、銀色の宝箱が置かれていた。
「なんか近寄ったらダメな気がする」
そんないかにも『取って下さい』みたいに置かれたら、逆に取れないじゃないか。あたしは天邪鬼だ。
「ルイが正解だな。 結界が張られているぞ」
カインが宝箱に少し近寄って、言った。
あ、マジですか。単にビビっていただけなのに。
「結界って外せるの?」
あたしはラオに聞いた。
「あんまりやったことはないんやけどな。 多分出来るわ」
空間魔法と相性がいいらしい。
「だが、レスカはこういうの得意そうだよな」
カインが、後方でマッドサイエンティスト(?)しているレスカに呼びかけるが、全く相手にしてもらえない。
びっくりするほど協調性皆無だな、おい。まあ、意地を張らせたのは自分なんだけども。
「ちょ、俺の役目取らんとって!」
カインがレスカに頼ったことに、ラオが慌てる。
「そんなんされたら俺、ここに来て何もしてへんやんか」
地味に色々気にしていたようだ。
カインとレスカが異常なだけなのに。
「いや、ラオがいなかったら持たなかったよ。 何もしてない、はないから」
常識人は損だね。
というわけで、ラオが解除。あたしとカインは魔物の警戒という役目と共に待機。レスカは壺と格闘、と持ち場が決まった。
最後のは違う。絶対何か違う。違うったら違う。
「……知らないって幸せだよね」
あたしの呟きに、カインも黙って頷く。目線の先にはもちろんレスカ。
「もしかしてさ、カインって案外まとも?」
「自分のことはよく分からないが、案外とは何だと言っておこう」
「あはは」
カインが最近、饒舌になったような気がする。
あれか、もしかして人見知りなのか?甘党は人見知りだったのか?
レスカの行動を観賞したり、カインの横顔を観賞したりして(悲しいかな女子の性だ。 ちくしょう!)、時間は過ぎていく。
別にさぼっていたわけじゃない。単純に何も起こらなかっただけだ。
今思えばこのパーティ、緊張感が皆無だな。
今までこのダンジョンで見た、他のパーティも割と緩かった気がする。何しろ人に妨害する余裕があるんだから。それにストーカー共は二人組だったし。明らかに役割が足りないだろう。
「ふぅ……」
ラオが仕事を終えたようだ。
「お疲れー」
あたしはラオの方に行く。
カインは、レスカの指先を凝視していた。うん、どれだけ目が離せないぐらいの魔女っぷりだったか……察しろよ、な?
「それじゃ、開けんで」
ラオが蓋に手をかける。
あたしの心臓はバクバク鳴っていた。だってこれ、期待しない方が無理という話だ。中に何が入っているのか、凄く気になる。
ああ、もう、これぞファンタジーの醍醐味だね。いいよ、ファンタジー大好きだよ!
息を飲み、瞬きすらせず宝箱を見つめる。
ゆっくりと開かれた、宝箱の中には―――
「毛皮か?」
見えたのは、真っ白な物。あたしは反射で、ラオの肩を引いた。
なんか嫌な予感がする。あたしの第六感、『なんかミ◯ック来るっぽい』が叫んでいる。
そして、その予感は的中した。
「うおっ!」
ラオを引いた瞬間に、真っ白なもふもふが空中に溢れ出して来たのだ。




