ストーカーへの 制裁
大きなトラブルもなく、迷ったり、撃破したりしながら、いつの間にか四階と思われる場所まで辿り着いた。
迷ったり、撃破したりは大きなトラブルじゃないのかって?あたし以外にはそうじゃないみたいです。価値観の相違ってやつだね。
「ルイはなんでアーチャーを選んだんですか?」
レスカがそんな質問をしたのは、そろそろ迷宮式ダンジョンという物に慣れてきた時だった。
「前衛職が怖いから、かな」
ウサギの時の傷は、レスカによって跡形もないが怖いものは怖いし、痛いものは痛い。
図太いあたしでこうなんだから、普通の神経の持ち主ではやってられないだろう。……まあ、あたしもあくまで『女子高生にしては』なんだけど。
大理石のような色をした床には、全員が映りこんでいる。
疲労の色が濃い、ラオの顔。糖分を切らしたせいで、さらに無口になったカインの顔。糖分を切らしたカインは何をやらかすか分からない。ラオが抑えている状態だ。
「でも、後衛職はたくさんありますよ?」
「それはね―――」
あたしはその経緯を話し始めた。
あたしはエルフが好きだ。理由はもはや分からない。(ちなみに、この世界にエルフとかはいないらしい。かなり絶望した)
従兄弟に勧められた、とある魔法アリ、剣アリの古い侵略ゲーム。当時から脳内はファンタジーだったあたしはキャラ絵でエルフを選んだ。
エルフと言えば、弓。「エルフが好き」と「弓が好き」が結ばれるのは、時間の問題だった。
そして弓兵はうざったい魔法使いと相性がよかった。壁で自分の身を守っていることが多く、戦士では近づくことが難しかった魔法使い。しかし、弓兵の矢は壁を超えて届いたのだ。
今思えば色々突っ込みたいが、そうやってあたしは弓兵がさらに好きになった。
ちなみに、純粋な魔法使い=死亡フラグという方程式の確立にも、このゲームは一役買った。まあ、最も貢献したのはRPGだったが。
「ほんとは弓道部に入りたかったんだけど―――」
「ああ、ルイ、もういいです」
レスカがにっこりと笑いながら遮る。
まだ話し足りないんだけど。エルフ愛とか弓師愛とか。
でも実用するなら銃がいいんだよね。弓よりもっとかっこいい。……あれ?あたし、レスカと大差なくない?
「ありがとうございました。 また今度、続きを聞かせて下さいね」
そしてそのレスカは、笑顔のままそう告げた。
いいようにあしらわれている気がしないでもないけど……ま、いいか。
◆◇◆
私はラオとカインの腕を取り、ルイから少し離れました。
「……今の話、分かりました?」
ルイに聞こえないように、二人に囁きます。
ラオとカインは、揃って首を横に振りました。
「何かへの愛は伝わったんやけど……」
「違う世界の人間の話を聞いているみたいだった」
何気に鋭いカインです。
というか異世界人だと知っている私でも理解出来ない、むしろ理解したくないナニかを感じるのは何故でしょう?
やっぱりルイは、面白い人のようです。
ルイに期待する反面、私は密かに、もうこの話題は出さないと誓ったのでした。
◆◇◆
「ちょっとお話があります」
カインが角砂糖をかじり出すという末期症状を見せるころ、レスカが唐突に口を開いた。
レスカのことだからどうせくだらないことだろう、とあたしは考える。
「明らかにクオリティの低い罠があることに、気付いていますでしょうか」
そう言ってレスカが差し出したのは―――
「ネズミ捕り?」
「手抜きやな」
ネズミ捕りの大きいバージョンにしか見えないものだった。
「こんなのもありました」
レスカに何かを手渡される。
ぐにょり
「うええっ!」
それは、紐に括り付けられたスライムだった。
天井から吊るされていたのだという。お化け屋敷のこんにゃくにみたいなものだろうか。
「はー、これまたショボいなあ」
「明らかに人が仕掛けたものだな」
竜族はプライドが高い。こんな即席臭いものは置かないだろう、とカインが言う。
「……どうやらストーカーがいるみたいなんです」
何故か笑顔で告げるレスカ。
「ストーカーにストーカーって言われてもねー」
「ルイはそんな風に私を見ていたんですかっ⁉」
おっといけない。本音が出ちゃったよ。
それはともかく、とレスカが前置きする。
「ストーカーいびり、しませんか?」
何故そう、嬉々として言うのだろうか。
「ほっとけばええやん」
「ガキじゃあるまいしー」
「時間の無駄だ」
あたしたちは、乗り気ではない。いちいち相手をするのは面倒くさいのだ。別にネズミ捕りに引っかかるのはネズミかレスカぐらいだよ。
しかしそんな思いは、次のレスカの言葉によって断ち切られた。
「ウサギをはじめ、魔物をけしかけたのも彼らだと思われますが?」
―――何かのスイッチが入る、音がした。
「制裁を加えてやろうじゃないか」
カインはダンジョンにて、初めての笑みを浮かべ
「もう、知らん……」
ラオは何度目かも分からない、ため息を付き
「殺しちゃだめだよ?」
あたしは密かに乗り気だったりした。
「まずはおびき寄せましょう。 あ、念のため三人は壁になって下さい」
そう言ってレスカはその手を鞄に突っ込み、
「いやあああ!」
取り出したのは、ウサギの死体(首無し)。しかも三体だ。
「何でそんなん持ってんねん!」
「ウサギ肉が美味しいと、ルイから聞いたので」
アホの子め……。
「ていうのは嘘で、私の魔法を覚えていますか?」
それに答えたのはカインだった。
「死霊術か」
「はい。 正解です」
そう言って、何やらコチャコチャやりだした。
「こんなところでやっちゃっていいの?」
見られたら大問題だ。
「どうせゾンビぐらいにしか思いませんよ。 マイナーですから」
そして、レスカは怪しげな笑みを浮かべた。
「恐いですよー。 ふふっ」
マッドサイエンティストってこんな感じなのだろうか。レスカは科学者じゃないんだけど。
「首無しで大丈夫?」
「直に動かすだけなら全然平気です」
一定レベルの命令を聞かすなら、脳が必要らしい。
利便性よりも恐さを取るレスカにあっぱれだ。
「あ……大事なことを忘れていました」
突然真顔に戻るレスカ。
「何?」
そしてあたしの方を見つめる。
「血ぃ、下さい」
いつの間にか、あたしは反射神経を駆使してカインの後ろに逃げ込んでいた。
「ちょっとです! ちょっとですから!」
「いやだっ! 自分のでやればいいじゃん!」
あんまり痛くないって言っても、怖いんだよ?自分の指を、針で刺すのに抵抗があるのと同じ理屈だ。アドレナリンの恩恵もない。
「死体の血は、抜いたらお終いなんです! これ以上血の気のない顔は色々ダメでしょう!」
「大丈夫だっ! レスカは今でも十分不健康な顔してる!」
そのやりとりは、カインの「うるさい」の一言で打ち切られる。
「ごめん」
こんなにギャーギャー言っていたら、ストーカーに聞こえてしまう。
「けど、血ならウサギのを使ったらええやん」
ラオの言葉に、あたしは激しく首を振る。もちろん上下にだ。
「新鮮なのが望ましいんです」
腐らないとはいえ、死体であるレスカには無理だ。
「それ、あたしのである必要ないじゃん」
カインでもラオでも同じこと。新鮮なのには変わりない。
「血の魔力保有量も関係するんです」
操れる時間が長くなるんだとか。
「知っていましたか? この四人の中で一番魔力保有量が多いのはルイなんですよ」
「うそっ」
てっきりレスカかカインだと思っていた。
「ついでに、エネルギータンクにさせてくださいね」
どうせルイには、魔力の使い道がありませんし、とまで言われる。
事実だけど……事実だけどさあ……
「何勝手に決めちゃってんのー!」
カインとラオが、同時にあたしの肩を叩く。
止めてくれよ……。
レスカの発想よりも、止めてくれる人がいないことに戦慄する。
「ああ、リスクは私の方に全部行くようにしますから」
「……もう好きにして」
かくして、あたしはレスカの専属魔力倉庫となったのだ。
誰か、マジで止めろよ!
◆◇◆
"あたしたちに喧嘩を売った奴等に制裁を"
それはラオ以外に、共通する思いだ。
楽しんでないよ?あー、まったく。困っちゃうナア。
はい。棒読みです。ありがとうございました。
しかし、魔物をけしかけるとかは許せない。蜘蛛とかすっごくきしょかったのだ。
でも一番怒っているのはカインだろう。ウサギに盗られた袋には空間拡張効果があったため、見た目よりたくさんのものが入っていたのだ。それが全て、ウサギによってぐちゃぐちゃにされたうえ、血みどろになって食えるような状態ではなくなっていた。
食べ物の恨みは怖い。
そして密かに、「そうしたのは、ほとんど君じゃない?」なんてあたしは思っていない。踏み潰したのは主にカインとか、考えてもいない。
「だけど、これはエグいよ……」
「あかん……見てられへん」
残念過ぎる光景を、あたしたちは壁越しに眺めていた。
二人の男女を追いかけ回す、三体の首無しウサギ。というか、元ウサギ。もはや何の生物か、分からないだろう。
恐いのは、見慣れてしまえばどうってことないということ。
「ひゃううう~!」
「ぎえええ!」
情けない叫び声。
「あかん……見てられへん」
「うん。 あの人たち、痛すぎる」
あなた、それでも冒険者ですか⁈って感じだ。
「うーん……何か絵柄がイマイチです」
隣のレスカが怖いことを言い出す。
「ルイ、アレを用意して下さい」
「え~、まだ試作品なんだけど」
それに、アレを投入したからって絵柄は良くならないと思う。
「む……確かに物たりませんね」
レスカは考えこんでしまった。
「まあ、やってもいいんだけどさ。 地味さは保証します」
「そんな保証は入りません」
コントロール力なんかで、派手なことが出来るわけがない。元々選んだ理由だって、目立たず平和に要領良く生きて行くためなんだから。
普通に強さを求めるなら、オーソドックスな能力を貰っている。
「要するに、絵柄をよくすればいいんだろう?」
今まで何も言わなかったカインが、口を開く。
ラオはもう、色々と放棄したようだ。「俺は知らん……俺は知らん……」とかちょっと危険なことをブツブツ呟いている。
関わりたくないのは分かるけど、こういうのは楽しんだもの勝ちだと思うよ?発想が危ないとかは、禁句だ。
「カインってテイマーだったんですか?」
レスカの驚きはもっともだ。カインの周りには、小さな妖精のような魔物がたくさん飛び回っていた。
「何それ!」
「何故か寄って来た」
唖然としているあたしとレスカに、ラオがちょんちょんと体をつつく。
「カインはな、なんか人型の魔物に好かれんねん。 女っぽいやつ限定やけど」
カインに聞こえないような、囁き声だ。
言うこともちゃんと聞くらしい。
「イケメン爆発しろってこういうことなのかな」
「たらしですねー」
レスカの声のトーンが、心なしか低い。
「その代わり、人にはモテへん」
「………」
取り敢えず、その妖精みたいのをけしかけたら絵柄は派手になりました。
キラキラした星屑みたいなエフェクトが宙を舞っている。
「……なんか飽きちゃいました。 もう行きましょうか」
レスカは虚ろな目をしている。生きていたなら、欠伸をしていたところだろう。
「そうだね」
「反応もワンパターンだ」
思ったより、地味で楽しくなかった。
「何やねん、こいつ等……」
げっそりとしたラオを引っ張りながら、あたしたちは前へ進むことにした。
あー、時間を無駄にしたね!
◆◇◆
「順調だな! 俺たちが一番進んでいるんじゃないか?」
冒険者稼業も三年目。運良く今回の迷宮式ダンジョンに入ることが出来たことに、俺は浮かれていた。
「落ち着け。 お前のことだから、多分次の瞬間には落とし穴なんかに落ちるぞ」
相棒の冷静な声に諭される。
「なんだよそれー」
「君はお約束を守る人だからね」
他のメンバーも、次々と頷く。
「ひっでー……」
『ひゃうう〜!』
『ぎえええ!』
近くの方から、何とも奇妙な叫び声が聞こえる。
そして、声のする方向へ俺たちは恐る恐る近付いて行き―――部始終を見てしまった。
そしてものすごく後悔した。
「……見なかったことにしようぜ」
俺はゆっくりと目を閉じる。
極悪非道。
こんな形で他のパーティを虐めるなんて、想像がつくだろうか。
不覚にも、初めて俺は、ここから帰りたいと思ってしまった。
ちゃくちゃくと悪評が高まっていく……ふへっ(*´∀`*)
ルイも大概アタマオカシヒトですから。
※ロリレスカを追加いたしました。本編で出るのは一体何か月後でしょーねー。
幸原は、「ロリは正義」を掲げます。
ツインテ信者ですが、リタは……NGで(笑




