ウサギの 惨劇
書き溜めるとか、小心者には無理でした。
出来次第、投下していきます。
ゴールデンウィークに終わるかな…?
森の中、圧倒的な存在感を放ちながら佇む城。
三角形に並ぶ三つの塔、その全ての階が渡り廊下の様なもので繋がれている。
窓はない。中に何があるのかも分からない。
なのに不思議と胸が高鳴る。そんな城が、一週間前には何もなかった場所に建っていた。
「これが、迷宮式ダンジョン……」
あたしは思わず、ぼうっとしてしまった。
しょうがないじゃないか。RPGが大好きで、ファンタジーを愛して生きてきた人間が、これを見て平然としていられるわけがない。
「ルイ、行くぞ」
「あ、うん」
クールを装う甘党も、いつもより楽しそうに見える。きっとカインも楽しみなんだ。
「わくわくしますねっ! 私、初めてです」
アホの子レスカは、目に見えてはしゃいでいる。
何故だろう。この子がやることなすこと、全てが不吉なフラグに思えてしまうのは。
「ほら、俺ら一番始めやで」
少し先で、ラオが呼ぶ。彼も満面の笑みだ。
彼らシーフにとって、ダンジョンは生き甲斐と言っていい。きっとこのパーティの中で、一番楽しみにしている、というか楽しみで仕方がないんだろう。
「一番なんて凄いです」
迷宮式は、一度に入れる人数が決まっている。必然的に早いもの順になるのだ。
「あれ? 第一発見者が一番じゃないの?」
その理屈で言うと、見つけてギルドに報告した人が、最初に入るべきだ。
「ふっふっふ……俺らが第一発見者や!」
「どういうこと?」
「ほら、マンドレイクの……」
そう、ここはカスト森林なのだ。
ラオが言うには、魔物の知能の発達は迷宮式ダンジョンの弊害とのこと。濃密な魔力が溢れるせいで、一時的にそうなることがあるらしい。
「時期も時期やったしな。 で、カスト森林に出るかもしれへんって報告して、もしそうやったら一番に入れる様に予約しとったんよ」
な、なんと……
「ラオ凄いっ!」
ちゃんとリーダーしているよ。
お先真っ暗なメンバーが二人もいるというのに、ラオはしっかりリードしている。
あたしは少し、感動してしまった。
常識人同士、頑張ろうね!……あ、ごめんなさい。知ってます、あたし変人です。でもさ、あの二人を見ていたらあたしなんて序の口に思えてしまうんだ。仕方ないじゃないか。
大目に見て、カインはまあまあまともな方に入れてやろう。
そんなくだらない思考を断ち切る。いよいよ入るみたいだ。
入口は三つ。全部で十組が入るので、一つの同じ入口から三組ほどがスタートする。
「何これ?」
チェーンの付いたプレートを受け取る。
「通行許可証ですよ」
ギルドのお姉さんが答えてくれた。
「でも何で人数制限なんか……」
「ルイ! 早く行きましょう。 置いていかれちゃいます」
あたしの質問は、やたらとテンションの高いレスカによって中断された。
後でラオに聞けばいいか。
あたしは自分で自覚しているよりも浮かれていた。
一番聞かなくてはいけないことを、聞いていなかったと気付いたのは、入って三分も経たない内にレーザービームの洗礼を受けてからだった。
「ルイー! ちょ、戻って来て!」
あ、あは、あはははは……。
何でファンタジーにレーザービームがあるんだよ。いや、多分ただの光なんだろうけどさあ。……ダメ、鬼畜。入ってすぐさま鼻先をビームが掠めそうになるとか、考えた奴マジ鬼畜。
そんなことを考えている間も、あたしはお経の様に〈探索〉の呪文を唱えていた。
「あー、ダメですこれ。 壊れてます」
「叩けばなおるか?」
カインが珍しく軽口を叩く。
それを真に受けたレスカは、腹にパンチを入れようとしてきた。もちろんやすやす入れさせるわけがない。脊髄反射の領域で受け止める。
「あ、お帰りなさい」
「……お帰りなさいじゃねーよ」
これが暴力系ヒロインか。え?違うって?うん、レスカがヒロインとか世も末だよ。世紀末だよ。そして自分が何言ってるかわかんないよ……。
「何かぶつぶつ言ってるんですけどー……。 まだ壊れてるようですね」
「いや、あたしは壊れていて、そして初めて正常と言えるから」
他のパーティの視線が痛い。侮蔑も同情も全部痛い。笑いを取ろうとして、場が白けてしまった時ぐらい痛い。
「あとカイン、君は冗談とか似合わないよ」
レスカちゃんはアホの子だから。真に受けるからやめなさい。
「俺は何時でも大真面目だ」
「……」
真面目に言ってたのか。たち悪っ!
そんな達の悪いレスカとカインは置いといて、あたしはラオに向き直る。
「……ねえ」
「何や?」
そう、あたしは大事なことを忘れていた。
「迷宮式って何なの?」
切実なあたしの質問に、三人は目を伏せた。
「カイン、パス」
「何で俺が」
「私も詳しくは説明出来ませんねー」
面倒事のなすり付け合いに見えてしまうのは気のせいだと思いたい。
「お前、仕切るのとか説明とか好きだろう」
「あれは成り行きや! 何で迷宮式ん中でまで、せなあかんねん」
別にリーダーになりたかったわけちゃうし、とラオがぼやく。
どうやらラオも、今回ばかりは自己中になってしまうらしい。怖い所ですね、迷宮式ダンジョンは。
どうしよう。うちのパーティ、自分勝手なやつしかいなくない?(自分を含む)
今度は、二人の視線がレスカに向かう。
「あ、私、脳筋ってことでよろしくお願いします」
「いや、それ絶対ちゃうやろ」
「じゃあ、記憶喪失で」
「……酷いな」
何だろう。はたから見ていると、結構面白いかもしれない。
「あー、もう埒が明かん! 俺が罠解除で先頭行くわ。 レスカ、魔物を察知出来るよな?」
「はい。 迷宮式は魔力が溢れているのでさすがに罠は分かりませんが、生き物ならば何とかなると思います」
魔力を探知出来るらしい。生物は、体内で循環しているため分かるとのこと。
意識しないと無理なんだけどね。
「『俺が引き受ける』みたいな雰囲気出して、押し付けているだけだろうが!」
「お、カインやってくれるん? よろしくなー」
なんだかんだでラオは、カインに押し付けてしまった。
何か可哀想。ごめん、狂人なんて言ってごめん。
あたしの中で、カインは少し残念な不憫系イケメン(甘党)に格上げされた。
「……久々に思う存分殺れると思ったんだが」
それは小さな小さな呟き。ぼそりと漏れたその言葉は、身体強化されたあたしの耳にちゃんと届いてしまった。
前言撤回。うちにまともなやつは、(ぎりぎり)あたしとラオしかいない。
◆◇◆
「いいか、迷宮式っていうのはな……」
あたしは黙ってカインの話に耳を傾ける。
他のパーティは、違う道に入ったようだ。なるべくバラバラに行動するのが、暗黙のルールらしい。
「……一言で言うと、同盟締結の証だな」
「はい?」
意味不明だ。
「この国は、竜族と同盟を結んでいる。 中身は不可侵条約と言った感じか」
お互い関わらないでおこう、という内容だとか。
条件は、住処の提供。その程度で安全が得られるならば安い、と今に至る。求めてきたのは人には住みにくい場所だったというのもあるらしい。
「強力な竜族を敵にまわさなくて済むし、竜族と同盟を結んでいるというだけで、隣国への威嚇にもなる」
「それ、竜族には何の得が?」
「平穏じゃないか?」
どうやらファンタジーの象徴は、引きこもりのようです。
敵じゃないのはいいことだよ、うん。会えないとか残念に思ってないよ―――
ベコン
「あうっ!」
「レスカあっ! なんで罠に突っ込みに行くねん!」
―――うん、微塵も。
「年に一度、この時期に同盟継続と友好の証としてダンジョンが贈られる」
「普通に宝物を渡せばいいじゃん!」
なんでそんなまどろっこしいことをするんだ。
「さっき、竜族に何の得があると言ったな。 しいて言うならこれがそうだ」
宝と引き換えに望むのは娯楽。つまりあたしたちがダンジョン攻略するのを観て、楽しんでいるらしい。
一体どうやって―――
「ちょっ! レスカあ‼ お願いやからと止まってくれえ‼」
ガコン
「ひゃうっ!」
―――観ているんだろうか。
要するに、入口にレーザーを設置した鬼畜野郎はドラゴンだったということだ。
怒っても返り討ちにされるだけだね。
「じゃあ人数制限は?」
「逆に聞くが、お前はダンジョンが人で埋め尽くされているのなんて観たいか?」
あたしは全力で首を振った。
ロマンとかあったもんじゃない。
「レスカっ! ほんまに頼むから、自分から罠に突っ込まんといて下さい!」
前から聞こえるラオの嘆き。
中は薄暗くも明かりが灯っているので、二人がばっちりと見える。
「解除しちゃったらどんな罠か分からないじゃないですか! そんなの罠を仕掛けたドラゴンさんがかわいそうですっ!」
違う。そういう「~がかわいそう!」発言は小動物に対してするべきだ。間違っても、食物連鎖の最上位に位置する(想像)ドラゴンなんかに使うべきではない。
「あのなー、俺の存在価値何なん⁈ それにもし罠が後方に発動するタイプやったらどうするん」
「責任もって、二人を助けに行きます。 受け止めてみせます」
……どうしよう。レスカちゃんドM疑惑。
「ルイ、何を考えたか知りませんが、とりあえず否定させて頂きましょう」
相変わらず勘がいいね。
その後もぎゃあぎゃあと、レスカとラオの応酬は続く。
「あー、ラオがレスカに染まっていく……」
「大丈夫だ。 ここから出たら元に戻る」
カインはラオと、一回入ったことがあると言った。
「でも、さ、ラオは正論なんだよね」
「優勢に見えるレスカが不思議だな」
あたしとカインは傍観に徹することにした。
カインに押し付けた報いだよ、きっと。
生温かい目で、しばし見守る。
くー……
「? 何の音?」
くーくー。
「下だ」
そこには、
「うわあっ!」
超絶かわいいウサギがいた。
「何これ! かわいい! かわいいよ!」
オーソドックスな家ウサギよりは、ピー〇ーラビットのような野ウサギ風だ。
それは手の平サイズであざといピンク色。
ちっちゃいものはかわいい。かわいいは正義。ちなみにレスカは正義にしたくない。というわけで、とにかくかわいいのだ。
「テイクアウトしちゃダメかな?」
お持ち帰りを希望します。
「そういうのは、ダンジョンから出れないぞ」
ここに出没する魔物は、竜族のオリジナルなんだとか。ダンジョンが消えるさいに一緒に消える。半分ほど、人形のようなものらしい。
「じゃあこの場で愛でる」
心ゆくまであたしは撫でる。
カインも地味に興味があるようで、そっと手を伸ばしてきた。
くーくー!
「あっ!」
ウサギはあたしの腕をすり抜け、カインに突っかかってきた。もちろんカインはそれを造作無く避けたのだが。
「何だったんだ」
「嫌われてるんじゃないの?」
カインは僅かに顔を顰める。
ほら、その顔だよ。動物に好かれるイメージがないよ。
くーくー。
後ろを向けば、いつの間にかウサギの大群が出来ていた。
「………」
トラウマが抉られる。
数は馬鹿には出来ない。できないけど……無害ならいいと思う。
くー。
一匹のウサギが、その手に持った袋から丸いものを大量に転がしたのが、薄暗い場所でも、念のためにかけておいた〈暗視〉のお陰でばっちり見える。
「あれって……」
カインの飴だよね?
言い終わらない内に、カインは動き出していた。
教会から必要経費と誤魔化して巻き上げた金で、手に入れた新品の剣。それは瞬く間に、カインの飴を奪ったウサギの首を切り離していた。
胴体から吹き出る血。ぽとりと落ちて転がる首。
グロい。グロいです、カインさん。ウサギさんがかわいそう!
漫画、ゲーム、小説、映画とグロ表現もスプラッタも耐性がついている。と言うか、(面白ければ)いけるクチである自分でもかなりキツい。
今までのは虫とか、鳥とか(何故か平気だ)、骸骨や植物だとか、罪悪感の少ないやつばかりだった。
独特の鉄臭い匂いが鼻を刺激するが、咄嗟に〈芳香〉で誤魔化す。
人形みたいなものなら、血とか出さないで欲しかった。
こみ上げる吐き気は、無理矢理捻じ込む。吐いている余裕なんてなかった。愛らしかったウサギたちは豹変し、目を爛々と光らせて襲いかかって来たのだ。
前の方でくだらない口論をしていたラオとレスカも参戦。
「何これ! ウサギ強いんだけど!」
あたしも必死に弓で応戦するが、
「わああ! 見ました⁈ 今の見ました⁈」
手の平サイズのくせ、ジャンプ力が半端じゃない。天井に届きそうなぐらいだ。……天井に頭を打ち付けて自爆すればいいのに。
お分かりだろうか。あたしはもう既に、「ウサギさんかわいそう」なんて乙女発言をしている余裕などないのだ。
「このっ! 止まれや!」
ラオの無茶な発言も無理はない。彼は完全におちょくられていた。
レスカですらも、格好良さ(レスカの主観によります)を捨てている。大鎌がちょっと大きな鎌に変っただけなんだけど……。
しかし一方のカインはというと、あまりに鮮やかな手並みだ。
正確なタイミングで正確なポイントを、的確に斬っていく。首を落とすことに拘りはしない。
剣の扱いだとかは分かりもしないあたしでも、無駄な動きなんてものはないように見える。
きっとこれが『正確』ということ。
そして一言も発せず、表情すら変えないカインは、完璧にキレていた。
食べ物の恨みは怖い。
もちろんあたしもさぼっているわけじゃない。パニックに陥っているのは半分、いや四分の一ほどだけだ。
もう矢をぶちまけるなんて真似、するものか。
時間が経つにつれて、段々一方的な虐殺になりつつある。
ラオもレスカも要領を掴んできたようだ。
引っ掻いたり蹴ったり、地味に痛い。地味に、で済んでいるのはアドレナリンの恩恵だろう。
カインに次いで倒しているあたしが言うのもなんだけど、何だかウサギがかわいそうに―――
ガブリ
決してぼうっとしていたわけではない。しかし、気が付いたら、小さなウサギはあたしの腕にかぶりついていた。
弓を持っていないほう、即ち噛みつかれていないほうの手でナイフを抜く。
「ウサギ肉ってさあ……美味しいらしいよ?」
「隊長ぉ! ルイが壊れましたあっ!」
「もうしゃーない!」
◆◇◆
「リーダー、ほんとにやるの?」
物陰に隠れながら、三つ編みの少女が問う。
「当たり前だ! あいつらに一泡吹かせてやらねえと気が済まねえ!」
リーダーと呼ばれた男は、拳を握りしめた。
「はあ……たかが五万程度で大人気ないですね。 相手の力量を図れなかったあなたが悪いと思うんですが」
そう諭すのは、眼鏡をかけた魔法使い風の男。
「あははー。 リーダーあほだもんね」
「いいからやれ!」
「ひゃうっ……ごめんなさい」
魔法使いの男は、一層その目を細めた。
どうせ臨時だ、と彼は割り切る。
他にも二人いたのだが、事情を聞いて、入る前に呆れて抜けてしまった。どれだけ人望がないのやら。それでもここまでついて来たのは、彼が我慢強いからに過ぎない。後からやっかまれるのは嫌なのだ。
「それじゃあウサギさん、わたしの言うことをきいてください」
三つ編みの少女は魔物使いだ。
愛らしい見た目だが、獰猛なウサギ型の魔物によって困らせるつもりらしい。どうやらこのウサギには、軽い〈魅了〉の効果があるようだ。
なんとも低次元な嫌がらせである。
「攻撃が出来ずに困り果てる姿を、拝ませてもらおうじゃないか!」
「……だぶん、引っかかるのはリーダーだけだと思うよ」
少女の呟きも、阿保の耳には入らない。
「僕は止めましたからね」
魔法使いは、これが終わったらすぐに抜けると決意した。
完全にバラバラな三人だが、ただひと時のみ同じ意見を持つことになる。
『ウサギさんがかわいそう』
〈魅了〉を物ともせず、冷徹に惨劇を作り出したパーティに、そして未だ心の折れない阿呆に、魔法使いは背を向けた。
「何であのイかれた野郎に喧嘩売るようなことをしたんだよ!」
「ひゃうっ……ウサギさんが言うこと聞かなかったの~……ぐすん」
反則的な 借金返済
の雑魚です。まさかの再登場。そしてきっと、もう出ない。




