ぼんやりとした 世界観
「ルイ、帰りましょう。 お風呂に入りたいです」
泥塗れのレスカがぼやく。いつの間に回収したのか、その手には既にあのロッドが握られていた。
結局変態魔人に何をしたのかは語ってくれなかった。……正直、あまり聞きたくなかったんだけどね。君は全国の巫女さんに憧れを抱く人達へ、謝罪したほうがいいと思う。
「茹でたら腐敗速度が増すよ」
「その表現はやめてくれませんか。 不快です。ものっすごく不快です。 あと、腐りませんから」
「あはは」
死にそうな目に遭ったのに、自分でも驚くほど軽い笑いが出た。
「そういえば、私を置いて逃げましたね?」
「ごめん……でも呼吸の必要はないでしょ?」
「それはそうですけど……そんな余裕な顔をされたら報復したくなります」
余裕。
あんなに怖い目に遭ったのに、本当に死ぬかと思ったのに、それでも―――悪くなかった、なんて考えている自分はどこかおかしいのだろう。
恐怖の性で、一時的にハイになっているだけかもしれない。でも、それなのに、脳内に冒険者を辞めるという選択肢が出て来ないってことはあたしは完全に異常だ。
……うん、だけどそれも悪くない。
「帰ろっか」
「はい」
死なないぐらいに強くなろう。緊張も、スリルも、恐怖も、きっと楽しんだ者勝ちだ。生きて帰れる保証は自分で作ろう。きっとそれなら楽しめる。
……おかしい。おかしい、おかしいおかしい。カインとレスカの影響で、とうとうあたしまで狂ったか。
でも―――いいや。元々あたしは変人だ。
吹っ切れちゃいけないものまでも、吹っ切ってしまったような気がしないでもない。しかしあたしは、その違和感を無視することにした。
カインとラオを探すべく、立ち上がる。
さっさと帰って今日は寝よう。
「あ……」
レスカが何かを思い出した、というような顔をした。
「どうしたの?」
「マンドレイクも燃やしてしまいました……」
……よし、何を血迷っていたんだあたしは。辞めよう。今すぐにでも辞めよう。……冒険者なんて、辞めてやるっ!!!
◆◇◆
「ごめんなさいっ! 本っ当にごめんなさいっ!」
レスカの謝る声が、ギルドの中に響く。
今回の報酬は、見事にゼロだったからだ。罰金で全てが掻き消えた。クエストの報酬だけでなく、ハエトリソウの討伐料、カスト森林の異変の報告による臨時報酬も合わせてだ。
ちなみに、あたしが踏みつけたマンドレイクは死んでなかったようで、記録には入っていなかった。
「まあ、そういうこともあるて」
「ああ、間違ったことをしたわけじゃない」
男二人は大人な対応だ。
あたしの責任でもあるので、あたしも謝ったのだが(謝ってもカインの食費は出ないが)レスカはいつまでも頭を下げていた。
なんかすっごい罪悪感が後からやって来る。
「いえ、私が悪いんです! 久々で、調子に乗って思いっきりやってしまった私が!」
確かにノリノリだったな。
「でもあそこでやってくれなかったら死んでたんだし、あたしだって運が悪かったら倒しちゃってたよ?」
それでもレスカは納得がいかないようだった。
「責任とって、今から芋虫狩って来ます」
……今から?
もうとっくに日は暮れている。
が、引き留める間もなくレスカは飛び出して行った。
魔法で水をぶっかけて、風魔法と熱魔法の複合即席ドライヤーで一応綺麗にはなっているが、お風呂はいいのだろうか。
「いってらっしゃい?」
「……元気やなあ」
「思ったより真面目だな」
レスカへの評価を改めなければいけない。
「じゃあ、ご飯食べに行こうか。お昼抜いたから結構きついわー」
冷たい視線を感じる。その正体はカインだった。
「……責任もって、カインには奢らせて頂きます」
カインは小さくガッツポーズをとる。あたしキャラ崩壊を目の当たりにした。
「でも、何だったんだろうね」
罠とか、連携プレーとか、本来はするはずがないのだ。もちろんカスト森林が精霊式ダンジョンだった時代は当たり前だったそうだが。ちなみに、そのようなタチの悪い魔物は精霊の加護がなくなると間も無くいなくなったらしい。精霊の影響を受け過ぎたため、普通の森に耐えられなくなったのだ。だから今残っているマンドレイク等は、加護を多く勝ち取ることが出来なかったいわゆる負け組で、故に今も生き残っている。
要するに、あたしはあり得ないと言いたいのだ。
「一つあるとすれば、アレやなあ……」
「ああ、おそらくはそうだろうな」
「?」
ラオとカインの話している内容が分からない。
「理由、分かるの?」
しかし、いくら聞いても「間違ってたら恥ずいから言わん」と、教えてくれることはなかった。
◆◇◆
「おはようございます、ルイ」
レスカの声で目が覚める。だが、あたしはもう一度寝返りをうった。
一番気持ちいい睡眠は熟睡ではない、二度寝である。というのがあたしの信条だ。
「十時ですよー?」
じゅう……じ?
「はうあっ!」
眠気も全て跳ね除けて、飛び起きる。
十時っ!朝ご飯がもう出ないじゃん!
朝ご飯はセルフサービス。九時で終了だ。
「ご飯はっ⁈」
「とって置きましたよ」
レスカさんマジ天使。あ、巫女か。……巫女って何だっけ?
ゲシュタルト崩壊を起こしかけている頭を振って、椅子に座る。
そして初めて、異変に気付いた。
「レスカ、服……」
四角い襟の、白い涼しげなブラウス、紺色の柔らかそうなスカート、銀髪を纏めているリボンまでも紺色に変わっている。
「ルイが起きないので、先に買って来たんです。 どうですか?」
良かった。服のセンスはまともなようだ。
「似合ってるよ。 でも、さ……」
気がかりなのは、ただ一つ。
「それ、お高い店のだよね」
あたしはスカートに付きっぱなしの値札を指差した。
金銭感覚はまともじゃなかったみたいだ。
「大丈夫ですよ? 値切りまくりましたから」
そう言って口にした値段は、あたしの服と変わらなかった。元値の半額以下である。
「昨日、芋虫狩りの帰りにあそこの店主さんを見かけたんです。 綺麗な女の人と歩いていました」
えーと……?つまり、
「そのことを言ったら、おまけしてくれたんです。 奥さんに言おうとしただけなんですけどねー」
揺すったんだね。何この子、凄く危ない。
「……巫女って何だっけ」
ゲシュタルト崩壊再来。そう思わずにはいられなかった。
あれ?ゲシュタルト崩壊って何だっけ?
「女神より神託を受ける、ただそれだけの暇なお仕事です。教会の方に降りて雑用をしている時間の方が長かったですね」
結構沢山いるらしい。中には、人生で一度しか女神からの啓示がない巫女もいるとのこと。かく言うレスカも二度しかない。
レスカ、あたしが巫女フェチじゃなくてよかったね。夢が壊れまくっている。
「あ、ルイもこれからそこで買ったらどうですか?」
「遠慮します」
間髪入れずに返す。
この思考が天然物なのか、養殖物なのか……どちらがマシかなんて、考えても分からなかった。
女神に「様」を付けない元巫女。その違和感にあたしが気付いたのはもっとずっと後の話。
「古代魔法ですか?」
レスカが少し、意外そうに答える。
「うん、別に使おうとは思わないんだけどね。 興味はあるんだ」
レスカのストーキングを許したのは、主にそれが理由だ。厄介なフラグよりも好奇心を優先させる、ある意味破滅への道。
……フラグなんて立ってなかったさ!うん、予想していたようなことは起きていない。きっとこれからも起きない。多分だけどね。
「いいですけど、よく分からないと思いますよ?」
「大まかでいいよ」
雰囲気ぐらいが分かればいい。
ついでに一般常識までさりげなく手に入れようという目論見だ。
「では、どこから話しましょうか」
レスカが出した選択肢は、古代語、術式、現代魔法との違い。
「古代語からで」
「……えっ?」
まじまじと見つめられる。
「基礎から確認したいということですか。 分かりました」
レスカは一人で納得してくれたようだ。
「古代語は、沢山の種類があります。 ルイも普段使っているやつがメジャーですね」
「へ?」
「えっ?」
何それ。古代語なんて使ってない。
「何を言っているんですか? 現代魔法でも、最後の部分は古代語じゃないですか! 学校でもやったでしょう?」
まさか……。
「英、語……」
あたしは机に突っ伏した。
レスカの話を聞く限り、どうやら今の地球でいうラテン語的なイメージだ。それを日常的に言語として使っている人はいないが、学名などで使用されているという感じでいいようだ。
「他にも色々あるんですよ。 ただ、見た目は同じなので解読はあまり進んでいないんです」
アルファベットの脅威だ。フランス語とかが出て来てももう驚くまい。
「昔に大陸全土……いえ、世界中統一されたせいで古代語を話す人は残っていないんです」
千年単位で昔の話らしい。古代に関しては、あまり史実が残ってないそうだ。
ていうか、世界中どこでも日本語が通じるってこと?
「だから、正確な発音も文法も分からないんですよね。 発音はダメでも何とかなるように現代魔法は作られているのですが、古代魔法には文法が必須なんですよねー」
それすら出来れば理論上は何でもやれる、それが古代魔法らしい。
何でみんながカタカナ英語しか話さないのか、謎が解けた。
……あれ?あたし、古代魔法やれるっぽくない?
ここにいるのは得意科目が英、国、社の、根っからの文系少女だ。
「何でも」という言葉の魔力に取り付かれそうになる。だが、それは言う訳にはいかない。歴史に名を刻む(悪い方で)ほどの天才のなしたことを、あたしごときが出来るなんて異常過ぎる。色々ばらすことは避けられない。いや、レスカも異常だけど。
「まあ、危険過ぎるのと、効率が悪過ぎるのが滅びた理由なんですけど」
尋常じゃないぐらいに魔力を吸うらしい。命に関わるレベルでだ。昔の人は、大勢で一つの魔法を使っていたんじゃないかと考えられている。
レスカは空気中の魔力を取り込むだとか、発動させる時以外には吸わないだとか、工夫を凝らした術式を組み込んで、自分の古代魔法は作られているのだと言う。それでもリスクはかなりのものだ。もちろんそのリスクは死んだ途端、意味をなさなくなったが。
さらりと言ってしまっているけど、レスカの言っていることをよく考えてみよう。
英語も数学もたいして知らない人が、独学でプログラミングしたと言っているようなものだ。あり得ないの極みだ。
レスカに向けられる眼差しが、憐れみ、虚しさ、時々癒しに尊敬が加わる。そして同時に、拒否反応も発動される。十六年の人生の中で、天才に関わって良かったことなんてなかったのだ。というか、問題しか起きなかったと言っていい。
「それで、書き方ですが―――」
そんなあたしを他所に、話は進んで行く。
ちょっと待て、誰にレクチャーしているんだ君は。生徒を置いて行くな。
「直に魔力で描く方法と、事前に描いたものに魔力を流す二パターンがあります」
この前見せてもらったのは、最初のやつだ。場所が描いた後でも限定されない代わりに、規模が大きくならないらしい。
「十分凄かったよ?」
「ありがとうございます。 でも時間とか考えると、現代魔法に比べて遥かに効率が悪いんですよね。 魔法陣は案外持ちませんし」
対して、前者は罠などに効果的だ。魔法陣が消えない限り、また、魔力を流し続ける限り半永久的に持続する。規模を大きくすることも可能だ。
「死霊術は?」
「あれは厳密に言うと、純粋な古代魔法ではないんです」
死体に残留した魔力云々、脳に作用云々、小難しい話を沢山してくれた。
「これ、私が考えた魔法じゃないんですよね」
古代魔法に、呪術の要素を加え、さらに神聖魔法も関わっている。
「呪術?」
「古代魔法のジャンルです。 負の系統という言い方もしますね。人の血を魔力の他に必要とします 」
「でも何で神聖魔法なのさ」
よりにもよって、アンデットに一番効く魔法じゃないか。
「言ったでしょう? アンデットと死霊術で操るのは根本的に違うんです」
つまり死霊術でレスカの配下になった死体には、ターンアンデットですらたいして意味をなさないということだ。
怖っ!
「薬も一歩間違えれば、毒になります。 神聖魔法が完全に効かないわけではないので、私のオリジナルで耐性を作りました」
予防接種のイメージだ。
ちなみに死霊術を考えた人は、昔、大陸統一をした国の魔術師らしい。最後はやっぱり処罰されたとのこと。
もう、嫌……。血生臭いね。
「こんなところですね」
レスカの長い話はそこで終了した。
「結構面白かった。 ありがと」
嘘じゃない。魔法についてなんて、ここの人達にとっては基礎過ぎるようで聞けなかったのだ。古代魔法という名目で、ちゃっかり知識をゲットした。
しかしあたしは決意する。絶対、絶対、古代魔法なんかに手を出さない。
ほんの少し寒気がするのは気のせいだ。
「それは良かったんですけど、ルイ?」
レスカが僅かに前のめりになる。
何か嫌な予感がして、身構えた。
「……何か隠していますね?」
レスカの真っ直ぐな青い目にあたしは怯んだ。
どうやら自分は思ったより、ことを進めるのが上手くないみたいだ。
「ルイはあまりにも知らなさ過ぎです。 かと言って、言動からすると教育、それもそれなりに高度なものを受けていると思われます」
良く考えれば、天才相手に誤魔化せるわけがない。
「……話せないなら別にいいんですけど。 私も隠していることなんて沢山ありますから」
抜けている癖に鋭く、頭がおかしいのに気を使うレスカ。
あたしは少し、迷った後に結論を出した。
「ううん……話すよ」
この子なら、あり得ないを数多く生み出してきたレスカなら、あたしの「あり得ない」を話しても損はないかもしれない。
という建前で、あたしは愚痴る相手が欲しかった。
そしてあたしは、レスカの順応性の高さに驚かされることになる。
……いやー、変人侮ってました!
説明回でした。
文字数は前話と同じです。だんだん増えて言ってる気がする。
いいことだよね?
方針を「ドタバタほのぼのファンタジー」に決定。登場人物があまりにもあほ過ぎて、ダークなんざ、できるかあっ!
……やろうと思ったらできます。でも今はひたすらに、レスカをぼけさせたいのです。
ああ、大事なダーク要員が単なるあほに!(泣…の裏で爆)




