理想と 現実
カスト森林という場所は、数十年前までは精霊式ダンジョンの一つだった。しかし精霊の加護が消えた今では、多くの植物系魔物の住処でしかない。つまり本来の精霊式より安全で、しかも利用価値の高い美味しい場所なのだ。
そこが今回の目的地である。
「あそこの魔物は割りとおとなしいで。 どっちかというと純粋な植物の方が危険かもしれん」
カスト森林に行ったことがないあたしとレスカのために、ラオは丁寧に説明してくれたのだ。
「それにしてもルイは全然知らないんですね」
「本当に不思議なぐらいだな」
やばい。カインまで思っているのか。
別に異世界人だって話してもいいんだけど、どうせ変な目で見られるだけだろう。信じてくれるわけがない。
「もしかして、謎の組織の秘密を知ってしまったとかっ! それで記憶を消されてしまったとかですか!」
「「「………」」」
ああ、うん……痛いよレスカちゃん。美少女が霞むからやめようね?聞いてる自分が恥ずかしい。
銀髪碧眼超絶美少女が中二病とか……ギャップ萌えすら出来ない。笑えない。それで年上とか泣ける。
何なんだ!カインも残念な人だし!レスカも残念な子だし!ほんとあの親にしてこの子ありって感じだな。
ラオとカインは、レスカを生暖かい目で見守っている。こいつらはツッコミを放棄した。あたしはツッコむ気力もない。
「死んでも厨二は治らない」という仮定が出来上がってしまった。これは証明したくないね。
「あ、あれ? 皆さんどうしたんですか?」
「……いや、何でもない」
顔を背けるカイン。
「……サヨナラ俺の聖女様」
額に手を置き、目を伏せるラオ。
「……もうその路線で頑張ればいいよ」
真顔で見つめるあたし。
「全っ然意味がわかんないです!」
混乱するレスカもなかなかかわいい。男だったら惚れ……惚れただろうか?微妙だな。
「ところで服、大丈夫?」
レスカは出会った時の白いワンピースのままだ。
「場合によってはカインの鎧より丈夫ですよ」
すごいなそれは。
「パチったのね」
そのロッドみたいに。
「なっ! 失礼です‼」
レスカは口を尖らせた。
「それはそうと、首の傷は隠した方がいいぞ」
カインのいう通り、レスカの首はさらされっぱなしだ。
それを聞いたレスカはあたしの方をじーっと見つめる。チョーカーでも買って欲しいんですか。
「……言っとくけど貸しだからね。 長いと利子つけるからね」
「ルイは優しいですね」
……優しい?カインに腐った(かもしれない)クッキーをあげるような人が優しい?わお。渡る世間は聖人ばかり状態になるぞ。
カインがお腹を壊した様子はない。カインの体が丈夫なのか、アネルさんの時魔法が優秀なのか、はたまた潜伏期間なのか……。
あたしはカインをちらりと見る。
「あと、そろそろこの網の説明をして貰えるかな」
そう、あたしたちは皆、なんともミスマッチな虫取り網を装備していた。
「マジで知らんの?」
ラオがぽかんとした顔で聞く。
「ごめん」
とりあえず謝ってしまうのは、悲しいかな日本人の性か。
「説明するより実際にやった方がええから待ってな」
そしてあたしは衝撃の光景を目にすることになる。
「何これ……」
「実際に見ると結構かわいいですね」
「いや、そうじゃなくて」
なんでマンドレイクが普通に森の中を歩いてんのー‼
そう、目の前には二十センチほどの植物が三体ほど、根っこのような脚で歩いていた。
確かになかなかかわいらしい見た目をしている。頭の大きな白い花が愛らしい。……あれえ?ファンタジーの中だときしょ恐ろしい見た目だったような気がする。
「ほい」
さすがはシーフ。ラオは素早く網でマンドレイクを捕獲する。しかし捕まてられたのは一体のみで、残りの二体はものすごい速さで逃げて行った。
「うわっ、速」
あれを網で捕獲しろと言うのか。
「えー、今からマンドレイクの生態と種子の採取の仕方について説明します。 カイン、魔物が来うへんか見といてな」
「分かった」
ラオは網からマンドレイクを取り出す。首のような場所を掴んでいたが、それは盛大に暴れていた。しかし小さな植物系魔物が人間の握力に勝てるわけもなく、ラオはそれをものともしない。
「で、この花を見といて」
ラオはマンドレイクを横向きにして花を見せる。そして白い花のめしべのようなものをブチリと抜いた。
「まずはこれを抜かんとあかんねん」
抜いた後は、糸が切れたように動かなくなった。
「真ん中に赤い玉みたいんがあるやろ?」
確かに白い花の真ん中が赤い。
「これが種子?」
「うん。 通称な。 本当は種やないねんけど」
そう言って、赤いのを取り出す。
「はい完了」
そしてラオは、マンドレイクを地に置いた。あっと言う間に去って行く。
「逃がしちゃうの?」
「逆に殺したら罰金やで」
精霊が去って加護が弱まったこの場所では、マンドレイクは減る一方だ。害は無いどころか利益になる魔物なので、罰金はかなり取られるらしい。腕輪に倒した魔物は記録されるためごまかしも出来ない、とのこと。
「しかも死ぬ瞬間に悲鳴もあげるしな。 得なんてあらへん」
「カイン、気をつけてね?」
「……そんな馬鹿に見えるのか」
へらっと笑ってごまかす。
ええ、見えますけど何か?
「この『種子』って確か薬に使われるんですよね」
レスカがラオに聞く。
「よう知っとるな」
「えへへ」
レスカは案外博識だった。
「ノルマは何個だっけ」
「三十です」
「多っ!」
あんなにすばしっこいのを三十体も捕まえろと?一人七から八体じゃないか。
「期限は今日中やないから大丈夫やって」
「でも今日中に終わらなかったらカインは断食じゃん」
「……せやな」
あたしたちはこの場所から進むことにした。全てはカインの食費のために。
……思い描いていた異世界ライフと大分違ってロマンがない。けど、残念ながらこれがあたしの現実だ。
「あ、土に埋まっとるやつは抜いたらあかんで。 下手したらマンドレイクやなくて、猛毒のあるラゴラの花かもしれんから」
……マンドレイクより普通の植物の方が危険な世の中は、やっぱり間違っていると思う。




