苦労するのは 常識人
キュアアアアア―――
それはまるで世界の終わりを告げるラッパの音。どんなに似ていなくても、不吉なのは変わりない。少なくともあたしにはそうとしか思えない。
「……っ!」
声にならない悲鳴をあげる。
耳がおかしくなりそうな大合奏の中でも、足を止めることは許されない。
呪文を唱えることも出来ず、ただ一人あたしは走る。
ぬかるみに足を取られて、バランスを崩した。
視界に広がる、見えて欲しくなかったもの達。
「~~~‼」
……一体どこで、あたしは間違ったというんだろうか。
◆◇◆
ラオが提案した依頼は、あたしのランクよりも高いDだった。
「え、大丈夫?」
つい最近まで最低ランクだったのに、いきなりツーランク上のものを持って来られて不安なわけがない。
「Dランクの依頼ん中やったら楽なやつやで? ただまあ、面倒いけどな」
マンドレイクの種子の調達、とデータには書かれていた。
え?マンドレイクってあれだよね、引っこ抜いたら悲鳴をあげて、その悲鳴を聞いたら死ぬやつじゃなかったっけ?
それを言ったら、盛大に笑われた。
「ルイ、それはおとぎ話の中だけです。 実際は声が出なくなるだけですよ」
「あ、そうなんだ……」
確かに種子なんて聞いたこともない。やっぱり本物は色々違うんだろう。
「あれ? でも魔法職にとっては結構な脅威だよね」
「それがDランクの主な理由やな。 でも純粋な魔法職はおらんみたいやし?」
レスカは、ラオにそう伝えたようだ。しかし多分この様子だと、戦闘方法は知らないんだろう。だってあれは結構引く。
「果たしてマンドレイクの悲鳴が死人に効くのか知りたいですねっ」
「やーめーてー」
そんなワクワクした顔で言わないで。この子凄く危ない。あー、だめだ。熱出そう。……ん?熱?
ふと思いたち、レスカの頬を掴む。
「ふあっ⁉」
なんとも間抜けな声。しかしお目当てはそれじゃない。
「あー……冷んやり気持ちいー」
絶妙な冷んやり具合だけでなく、肌までしっとりぷにぷにだ。
「……よく考えて下さい。 あなたは今、死体で涼んでいるんですよ?」
「いや、涼んでないから」
「いや、そういう問題ちゃうから」
涼むなら、魔法の方がいい。
それにしても保存状態のいい死体だね。なんか思考回路が変な気がするけど、あきらめよう。
「カインはさっきから何も言ってませんけど」
レスカがカインの方を向く。
「別に異論はない」
カインは、あたしがあげたクッキーの方が大事なようだ。……しっかりしろよ最年長。
カインは確か、二十歳になったばかりと言っていなかったか。いや、生年月日で言ったらレスカが一番上か。もうだめだこの二人は。
しかしアンデット化したのは割と最近らしいから、やっぱりカインが年長者だ。
そしてその年長者は、クッキーを大事に食べている。イケメンは何してもかっこいいと言うけれど、ちょっと悲しい風景だ。
そういえば、クッキーを作ったのはいつだっけ。……あれ?記憶にない。リタの家に行ったのは、少なくとも一週間は前のような気がする。
もちろんクッキーは無添加。科学調味料は使用しておりません!香料はフレグランスで代用した。
あたしはカインをもう一度見る。おそらく袋の中身の半分は、彼の胃袋に消えただろう。だ、大丈夫だよ!アネルさんが時魔法をかけてたし!(大量に作りすぎて腐らない内に食べ切るのが無理だと判断したためだ)
あたしは何も知らないカインから目をそらす。
……許せ。
「なあ、さっきから何食っとんねん? 俺にもくれや」
だめだラオ!カインはもはやどうでもいい、というかあきらめるとしても君はまだ間に合う!
しかしあたしは、それを言葉に出すことはない。
「断る」
……カインが食い意地張ってて助かったね。
「えー私も欲しいです」
レスカが人差し指を口元に当てて、あざとくおねだり。
レスカはどうでもいいや。アンデットだしお腹は壊さないだろう。というか消化じゃなくて、消滅だったはずだ。
しかしカインはレスカにもあげることはなかった。そして狂人聖職者二人の争奪戦が幕を開ける―――
「……クエスト受理してくる」
このクエストは先着人数が指定されていた。
「俺も行くわ」
ラオも席を立った。
皆さ~ん!私たちはあそこの二人とは無関係ですよ~!決してパーティなんか組んでませんよ~!私たちは普通の人ですよ~!
あたしとラオは顔を見合わせて苦笑した。
「何とか……なるよね?」
「まあ、何とかなるやろ」




