コンプレックスガール
教室に入ったら、隅で河西が泣いていた。
ガラッと戸をあけて、顔をあげた河西と目があって、二人して一瞬硬直。
放課後だ。
時間も、6時半という、帰宅組は帰ってて、部活組は部活真っ最中という時間だ。
人がいるなんて想定していなかったし、ましてそいつが泣いているなんて思わない。
「えっと、どうした」
「とりあえずドア閉めて!」
俺なりに気を使って声をかけたものの、ちょっと早口な強い口調で返された。
あーかわいくねえー。
と思いつつ、言われる通り戸を閉めた。そして、河西の側まで寄る。窓際の一番後ろの席に河西はいたので、その横に腰掛けた。
再び俯いた河西が、ハンカチタオルで涙をぬぐいながら、一言。
「……あたし、かわいくないの」
なんと、心を読まれた!
じゃなくて。いや、一瞬ドキッとしたけど。
ひやりとしつつ、一応リアクションをとる。
「は?」
「小さいものはかわいいじゃん、背の小さい女の子はかわいいじゃん。小さい子、かわいいと木戸も思うでしょ」
そういえば、河西は女子にしては背が高めだ。170あるかないか、くらい?わりと高いな、思えば。
身長でうだうだ悩むのって、男だけじゃないんだなぁ。
「いや別に、かわいい子は身長関係なくかわいいよ」
正直、これが真理だと思う。
あ、そういうこと言ってんじゃねえよって顔された。
今の表情はどうかと思うが、河西は別にブスじゃない。わりと、かわいい、というかきれい系な顔だ。でも、同級生に人気のあるタイプかと言えば、ちょっと違うんだろうな。
あんまり、男と話すタイプでもなくて、女子の群れ!にいるタイプだし。
「…まあ、正直顔はあんまかわいくないけど、小さくてかわいく見える子っているな」
「でしょ?まあ、こんな悪口っぽいこと言ってるのは、フラれたひがみ・ねたみ・そねみなんですけど。ただただ、羨ましいだけなんですけど」
言いながら、ちょっと笑って見せる河西。
河西は小さく伸びをする。笑う頬に涙のあと。
少しだけほぐれた空気を逃さず野次馬根性を出してみる。
「うわー誰にですかー聞いていいですか―ひゅーひゅー」
あ、なんか俺馬鹿みたい。河西はためらいがちに、答えてくれた。
「3年の先輩だよ。身長があたしより低くて、だからつきあえないって。正直いって、じ、自分より小さい子が、かわいくてっ…ぐすっ、まもって、あげたくてっ…いいって…」
あ、言いながらまた泣き始めた。困った。
「わたしさ、守られたいとか、言われたことなくて。かわいいって、言われなくて。身長なんかいらない。でかいって小さい頃から言われてるし。これで性格良ければ、いいんだけど、ひがんじゃうし、小さくてかわいい子の事、ずるいって思って、自己嫌悪でさ。まいちゃんとか、黒板届かないって、背伸びする仕草も、結局届かないのも、めっちゃくちゃかわいいし。わたし、すんなりとどいちゃうし。」
うーん。
泣いている河西の横で、言葉に詰まる。
ここで俺が、いやいや河西かわいいと思うよなんて、軽く茶化すのも違う気がする。
真剣に言ってもそれはそれでドン引きだ。
なんか、ああ、言い表せない何か、なんだこのモヤモヤ。思春期か。
いや、まさに思春期だ。そういう年齢なんです。
もっと大人になれば、なんか上手い言葉がぱーっと出てくるんだろうか。
いま、この状況をがらりと変えて、満足する答えを、今泣いている河西を一瞬で笑顔に変えるような、気の利いた言葉を。
でも、今の俺にはそんなの思い浮かばなくて、ただ気まずいながらも、ああ、笑わせたいなって思ってる。
ともかく、なんか言わなきゃな。笑わせなきゃな。難しいな。
「…今回の先輩は、そんな感じだったけどさ、河西のいいところを見るやつもいるよ、絶対。なんか、思ってたより話しやすいし、普段、よく笑ってるし、笑顔好きなやつ多いし」
……自分で言ってて薄っぺらい。しかも真面目系回答の上、支離滅裂な気がする。
しかも、気恥かしい。何言ってんだ俺。
あーくそ
笑わせたいな。
あ、
そうだ。
制服の、ズボンのポケットから現状打破の秘密兵器。
素早く河西にむけて、
「河西!」
名前を呼んで、あげた泣き顔に照準を。
カシャッ
「今のこの顔より、普段の河西は100倍可愛いっ!」
じゃんっ
携帯で、泣き顔写メして河西に見せた。
もちろん、泣き顔だ。ぶさいくだ。
いきなり写真をとられて驚いていた河西も、怒りながら笑いだす。
「ちょっうざっ…!消してよ!てか消す!消すから貸して!!!」
「誰が渡すか!」
俺は立ち上がって携帯を持ったまま腕を高々とあげる。俺の方が若干河西より高いから、なかなかやつは携帯を奪えない。
「まじでー!消そうよ!消そうよ!」
「変顔フォルダに入れてやるよ!」
「変顔いうな!まじ貸して!」
あ、笑ってる。うん、やっぱり、笑ってる方がいいよなー。
しばらく、携帯追いかけっこを続けたあと、ちゃんと河西の前で画像を消した。
「……あたし、ぶさいく。あーもー、むかつくー」
一息、ついた後。小さく笑いながら、視線を下にむける河西。
色々、落ち着いたのだろう。
俺はその隙に、自分の鞄を取った。そう、これを取りに来たのだ。そもそもは。
「じゃあ、俺帰るわ。……あと、これ」
ちょっと気取ってるかな、と思いつつ、握りこぶしをつくって、河西の前に差し出す。
河西は不思議そうな顔をしたものの、両手を掬う形に作った。
そのタイミングで、手をひらいた。
ぽとっ
河西の手に、飴玉が落ちた。
「黒板係いつもありがとうねー。これはそのお礼です。明日もきれいな黒板を!
じゃ、ばいばい」
ひらひらと手を振る俺。
「……話聞いてくれて本当にありがと。また、明日ね。黒板は、まかせて!」
河西はまた、顔をあげて、泣きそうな顔で笑った。
夕日がかかって、オレンジがかって、
恥ずかしそうに笑う、
その顔はやっぱり、
なんか、可愛かった。
あー、いつか、いつか。
なんかもっと、上手い言葉で言い表せる年頃になっても。
今のこのやりとりは、それなりに、いいんだろうな。