モンダーヴィオ城 ローマ編 4部 七度目の朝、あるいは「裏返しのカンバス」
いつも読んでいただきありがとうございます♪
ローマ編追加しています17時ごろ投稿しますのでこちらもよろしくお願いします
モンダーヴィオ城 ローマ編
4部 七度目の朝、あるいは「裏返しのカンバス」
目を覚ますと、俺の指先は、冷え切った馬車の革張りの座席を掴んでいた。
すでに数え切れないほどの泥濘を越え、そのたびに同じ悪路の軋みを聞いてきた。
手元のスケッチ帳のページを捲ると、そこには、これまでのループで描き殴られた歪なデッサンが、炭の粉で黒々と重なり合っている。
ハインリヒ男爵のミイラ化した死体、バルトロの喉に詰め込まれた精密な時計の歯車、そして、喪服に身を包んだ仕立て屋マリアの「二つの影」。
これらの残像だけが、俺が確かに『時間』を渡ってきた唯一の証明だった。
「おじさん、またこの先の森の様子がおかしいよ。木々の影が、太陽と反対の方向に伸びているんだ」
ルカが自身の指先から小さな青い結晶を灯そうとするが、その光は弱々しく明滅してすぐに消えてしまう。
「ウミャア……」
ルカの膝の上で、長旅にすっかり飽きた真っ白なシャム猫のウララが、抗議するように長く尾を揺らした。
「……ルカ、ウララ。パレットの上の色は、何度も重ねるとやがて『黒』になる。
だが、その黒の絵の具の奥に、かつて描かれた最初の一筆が隠されている。
今回の旅は、その隠された素描を暴くためのものだ」
俺――レオナルド・ダ・ヴィンチは、愛用のスケッチ帳を閉じ、白黒の視界を展開した。
万能スキル【画家】。
この力を発動すると、世界の色彩はすべて削ぎ落とされ、明暗のトーン(キアロスクーロ)として世界が再構成される。
だが、今回のモンダーヴィオの領地は、前回よりもさらに不気味なトーンを帯びていた。
空間の消失点があちこちで千切れ、まるで破れたカンバスを無理やり糊で貼り合わせたかのように、明暗の境界線がギザギザに毛羽立っている。
馬車が不意に、激しい衝撃と共に急停車した。
「旦那!ちょっと前を見てくれ!こいつはただの霧じゃねえ!」
御者台のボリスが鼻息を荒くして叫ぶ。
霧の奥から現れたのは、半ば崩壊した古い石造りの道標だった。
だが、今回、その道標の根元には、不自然に生々しい「黒い水溜まり」が広がっていた。
その水溜まりからは、ドロドロとした黒いタールのような煙が立ち上り、腐敗した薔薇の香りが漂っている。
「おじさん、この水溜まり、なんだか生きてるみたいに動いているよ」
「ああ、これはただの泥水ではないな。誰かが、この場所に意図的に『時間の澱み』を設置した形跡がある」
俺は顎をさすりながら、指先でその黒い水をすくい上げた。
【画家】の目で透かすと、その液体の中に、極小の「真鍮の削り屑」が混ざり合っているのが見えた。
(金属の微粉末……。
やはり、時間の逆流を引き起こしているのは、魔術だけではない。
精密な機械的要素が、この領地の血肉と深く結びついている)
俺たちは、不気味な歓迎の第一の影をその泥に認めながら、再び馬車を走らせた。
2:不自然な沈黙、あるいは「崩れた均衡」
モンダーヴィオ城の食堂に辿り着いた俺たちを迎えたのは、いつもと同じ顔ぶれだった。
しかし、その空気は、これまでのループのどれよりも不穏極まりないものだった。
領主であるドラキュラ公爵、執事アルベルト、警備隊長ガルム、薬術師セシリア、植物族のクロエ、評議員ハインリヒ男爵、そして、司書バルトロと、今回も現れた仕立て屋マリア。
全員が、まるで自分の役割を忘れてしまった操り人形のように、不自然な沈黙を保っていた。
「ダ・ヴィンチ殿とやら。君の噂はかねがね聞いているが……」
ハインリヒ男爵が、いつもの台詞を口にしようとした瞬間、俺は静かに片手を挙げて彼を制した。
「ハインリヒ男爵、その先を言う必要はない。それより、あなたのその『胸元』、少し拝見してもよろしいかな?」
「何のことだ、無礼な。私の胸元がどうかしたかね?」
俺は【画家】を起動し、ハインリヒの衣服のトーンを解析した。
彼の豪奢な外套の胸元、そこに、極薄の「針の跡」が円を描くように無数に残されていた。
それは、まるで胸を一度切り開いて、再び糸で縫い合わせたかのような、精巧にして歪な跡だった。
「ハインリヒ男爵。あなたの心臓は、今も本当に血を送り出しているのか?
それとも、その心臓の代わりに、別の『精密な機械』が時を刻んでいるのではないか?」
俺の指摘に、ハインリヒは顔面を蒼白にし、自らの胸を手で覆った。
「な、何を馬鹿なことを……!私は由緒正き吸血の貴族だぞ!」
「いいえ、探偵殿。男爵様の胸元を縫い合わせたのは、私ではありませんわ」
冷ややかに微笑みながら発言したのは、エルフの薬術師、セシリアだった。
彼女は手元に携えた薬草の革袋から、かすかに『銀のピンセット』を覗かせていた。
「私はただ、男爵様の体調が優れないとおっしゃるので、防腐の薬を処方しただけです。
……その際、男爵様の皮膚が、まるで『硬い粘土』のように乾いていたのが気になりましたけれど」
セシリアの言葉に、食堂の全員がハッとした。
(セシリアはハインリヒの異変に気づいている。だが、それを隠し、自らも怪しい『防腐薬』をハインリヒに投与している……。いや、それだけではない)
俺は隣に座っている警備隊長、ガルムの動きを注視した。
ガルムは先ほどから、自分の『右手』をテーブルの下に隠したまま、何かを必死に擦り合わせるような音を立てていた。
「ガルム隊長。テーブルの下で、何をそんなに急いで磨いているんだ?」
俺がそう言うと、ガルムは弾かれたように立ち上がった。
「うるさい!俺は何もしていない!
この城の結界が乱れているから、武器の手入れをしていただけだ!」
ガルムがテーブルの上に放り出したのは、彼の爪ではなく、一本の『真鍮の歯車』だった。
その歯車の歯には、黒い血がべっとりと付着していた。
「それは……古文書室の、時間制御盤の歯車じゃないか?」
司書のバルトロが、小さな眼鏡を押し上げながら、恐怖に満ちた声で叫んだ。
「ガルム、お前、なぜそれを持っている!」
「俺のじゃない!これは、先ほど廊下で拾ったんだ!」
ガルムは咆哮するが、その眼は明らかに泳いでいた。
ハインリヒの縫い合わされた胸、セシリアの不可解な治療、そしてガルムが所持していた血塗られた歯車。
三人の容疑者が、互いに別の怪しい動きを見せながら、事件を複雑に絡み合わせていく。
「フフ……。皆様、お静かに。スープが冷めてしまいますわ」
仕立て屋のマリアが、喪服のベールの奥から、カチカチと指先を鳴らして囁いた。
その指先から伸びる極細の糸が、ハインリヒの足元の影へと繋がっているのを、俺の【画家】の眼は確かに捉えていた。
3:第四の怪異・「崩落する温室」と、消えた薔薇の仮面
その夜、事件は城の最奥に位置する、クロエの管理する温室で起きた。
深夜、ドーンという、激しい大地の地鳴りとともに、温室の巨大なガラス屋根が、内側から吹き飛ぶようにして粉々に砕け散った。
「クロエ!無事か!」
俺たちが温室に駆けつけると、そこは、凄惨な『時間の戦場』と化していた。
昨日まで咲き乱れていた深紅の魔界薔薇が、あるものは完全に『種』へと退行し、またあるものは、不自然に急成長して巨木となり、温室の柱を締め殺すようにしてのたうち回っていた。
そして、その温室の中央で、植物族の少女クロエが、壁に磔にされたようにして意識を失っていた。
彼女の顔には、緑の蔦で編まれた、精巧な「仮面」が固く喰い込んでいた。
「クロエ!しっかりしなさい!」
セシリアが駆け寄り、その仮面を外そうとするが、仮面はクロエの皮膚と一体化しており、びくともしない。
「だめよ、この仮面……まるで生きているように、彼女の『生命力』を吸い取っているわ!」
「ウニャーオ!」
ウララが、クロエの足元に転がっている、一本の『枯れた蔓』に向かって、鋭く威嚇した。
その蔓の切り口は、刃物で切られたものではなかった。
それは、まるで『時間の刃』によって、その部分だけが急激に老化し、自然に千切れ落ちたかのようなトーンを見せていた。
俺は【画家】を起動し、温室全体の「空気の対流(明暗)」をスキャンした。
(空気が螺旋状に渦巻いている……。そして、その渦の中心は、クロエの顔の仮面ではなく、彼女の足元の土の中に埋め込まれている『ある物』だ)
「ルカ、その結晶の光を、クロエの足元の土に照射しろ。光を収束させて、土の中の『影の輪郭』を浮かび上がらせるんだ」
「わかった、おじさん!」
ルカが指先から強力な青い結晶光を放ち、土を透かす。
すると、土の中に、丸い『真鍮製の文字盤』が、不気味な影として浮かび上がった。
「……これは、時間制御盤の『第二の文字盤』。誰かが、温室の植物の時間を暴走させるために、ここに埋め込んだんだ」
「そんなこと……誰が……」
クロエが薄く目を開け、苦しげに喘いだ。
「……マリア……マリアが……私の顔に、この仮面を……縫い付けたの……。彼女は、私の時間を『百年後』に進めようとした……」
「マリア殿、言い訳を聞こうか」
俺は、温室の入り口に音もなく立っていた、仕立て屋のマリアを振り返った。
マリアはゆっくりと首を傾げた。
「私は、彼女を『完成』させて差し上げただけ。植物は、いつか枯れるからこそ美しい。
百年後の彼女は、今よりもずっと静かで、美しいはずよ」
「戯言を。お前のその指先、ミスリルの糸だけではないな」
俺は【画家】の目で、マリアの手を透かした。
彼女の指先の節々は、すべて『銀の歯車』で構成されており、その歯車が動くたびに、周囲の時間が数秒ずつ、不規則に前後していたのだ
「お前は、この城の時間を狂わせている機械の『一部』そのものだ。だが、お前を操っている『ゼンマイ』は、別にある」
俺がそう言った瞬間、マリアは静かに微笑み、その姿は、一瞬にして一本の「錆びついた針」へと変化し、土の中へと消えていった。
それと同時に、急成長した魔界薔薇の蔦が、一斉に俺たちに向かって襲いかかってきた。
「ボリス、ルカ!ここから離脱するぞ!」
「がってんだ!お前ら、俺の背中に隠れやがれ!」
ボリスが巨大な盾を構えて蔦を薙ぎ払い、俺たちは命からがら、崩壊する温室から脱出した。
事件は解決するどころか、容疑者たちの糸が絡み合い、謎はさらに深く、不気味な泥濘へと沈んでいく。
4:第五の怪異・「首無しの騎士」と、鏡の迷宮
翌日、城の緊張感はピークに達していた。
城の広間で、警備隊長ガルムの叫び声が響いた。
「フェザー!おい、フェザー!しっかりしろ!」
俺たちが広間に駆けつけると、そこには、関所を守っていたはずのハルピュイアの騎士、フェザーが倒れていた。
しかし、彼女の身体には、あるまじき『異変』が起きていた。
彼女の頭部が、完全に「消失」していたのだ。
「首が……ない!?殺されたのか!」
ルカが驚愕して目を背ける。
「いや、死んではいない。【画家】、展開」
白黒の世界の中で、フェザーの身体をスキャンする。
彼女の首の切り口には、血は流れていなかった。
そこには、まるで鏡の表面のような、完璧な「反射面」が形成されていた。
そして、その反射面の中に、彼女の失われた頭部が、不気味に目を閉じたまま、鏡の奥深くで眠っているのが見えた。
「首だけが、鏡の中の空間に『隔離』されている。肉体は現実世界にあり、感覚は鏡の中に閉じ込められているんだ」
「……こんな不気味な魔術、見たこともないわ」
セシリアが、防腐薬の瓶を握り締めながら呟いた。
「これは魔術ではない。空間の遠近法を物理的に反転させ、存在の『前景』と『背景』を切り離した、極めて高度な視覚トリックだ。
これを行えるのは、この城のすべての『鏡』を管理している者……」
俺の視線が、壁に掛けられた巨大な姿見へと向いた。
その鏡の中に、ぼんやりと、執事アルベルトの姿が映っていた。
だが、現実の広間には、アルベルトの姿はどこにもない。
「アルベルト殿。鏡の中から、俺たちを観察するのは、随分と悪趣味だな」
「フフ……さすがはダ・ヴィンチ殿。ですが、私が彼女の首を奪ったという証拠は、どこにもございませんよ。
私はただ、閣下の言いつけに従い、城の清掃をしていただけに過ぎません」
鏡の中のアルベルトが、慇懃無礼に一礼する。
「証拠なら、フェザー殿の胸元にある。彼女の鎧の胸当てに、君の着ている執事服の『真鍮のボタン』が、時の凍結によって埋め込まれている。
君は彼女の首を鏡の中に引きずり込む際、激しい抵抗に遭い、ボタンを引きちぎられたんだ」
俺がそう指摘した瞬間、広間の鏡が、一斉に不気味な音を立てて振動を始めた。
パキ、パキと音を立てて、城中のすべての鏡に亀裂が入り、そこから、ドロドロとした「黒い影の腕」が無数に現実世界へと這い出してきた。
「な、なんだこれは!影の化け物どもめ!」
ガルムが爪を立てて戦うが、影の腕は斬っても斬っても、鏡の中から無限に増殖して這い出てくる。
「おじさん、足元が……!また、床が溶け始めているよ!」
ルカが叫ぶ。
「ウニャーッ!」
ウララが、俺の肩を強く爪で引っ掻き、危険を知らせた。
「アルベルト、セシリア、マリア……お前たちの描く『歪んだ絵』の完成は、俺が絶対に許さん!」
俺は、激しく揺れる床の上で、懐から炭の鉛筆を取り出し、スケッチ帳に、フェザーの鏡像、ハインリヒの縫い合わされた胸、そしてアルベルトの引きちぎられたボタンのトーンを、力強く描き留めた。
次の瞬間、世界は凄まじい逆流の光の中に包まれ、俺たちの意識は、再び『七度目の朝』へと巻き戻されていく。
因果の糸はさらに細く、複雑に絡み合い、俺たちの旅は、終わりのないゴシックの迷宮の、さらなる深層へと引きずり込まれていくのだった。
みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?
少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。
励みになりますので、☆☆☆☆☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
パラレルワールドで魔法と多種族の住む異世界でスキル無しで探偵します。
よろしくお願いします。




