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【紅き孤高の狼、レッドウルフ(Red Wolf)編】 第三部:『偽りの光彩(12時間前〜3時間前)』

【紅き孤高の狼、レッドウルフ(Red Wolf)編】

第三部:『偽りの光彩(12時間前〜3時間前)』よろしくお願いします

【紅き孤高の狼、レッドウルフ(Red Wolf)編】

第三部:『偽りの光彩(12時間前〜3時間前)』


決行前日、超高級会員制クラブ『アウレリウス館』で繰り広げられた、怪盗レッドウルフによる『本物の真夜中のサファイア』電撃奪還劇。 その報せは、帝都ローマの裏社会のみならず、警備の指揮を執るローマ市警の捜査本部をも大きく揺るがしていた。


決行当日――六十四時間というカウントダウンの猶予も、いよいよ「残り十二時間」を切った。 季節は初夏の陽光が眩しく照りつける午前九時。 ボルゲーゼ美術館を囲むピンチョの丘の広大な庭園には、朝露を濡らした新緑の匂いが立ち込め、涼やかな風が吹き抜けている。

だが、白大理石でできた優美な館の内部は、静寂とはほど遠い極限の緊張感と、警察官たちの焦燥に満ちていた。


「いいか! 伯爵の私邸から本物のサファイアが奪われたということは、レッドウルフはすでに現物を手に入れているということだ!」


ローマ市警の警部が、二階の特別展示室『サファイアの間』へと続く回廊で、怒号のような声を張り上げていた。


「奴の狙いがこの展示室であることに変わりはない! 展示ケースの周囲に設置した防犯用投光器と大型ミラーの角度を再点検しろ! 赤外線レーザーの出力を最大に上げ、ネズミ一匹、光の一筋すら通すな!」


警察官たちが「ハッ!」と叫び、大型の投光器の架台をギギギと重い音を立てて微調整していく。

しかし、彼らが「鉄壁の防御」を築こうとして機材を動かせば動かすほど、その反射光は俺の脳内にあるキャンバスの『幾何学的焦点』へと完璧に吸い寄せられていくのだった。


「ふにゃあ……」


俺のコートの胸元で、純白のシャム猫『ウララちゃん』が寒暖差を嫌うように身をすくめ、サファイアブルーの瞳を開いて愛らしく鳴いた。


「よしよし、ウララ。警察諸君は実に勤勉だな。自分たちが完成させている仕掛けの正体に、誰一人として気づいていない」


俺は白黒のモノクロームに固定された万能スキル【画家ピクチャー】の静謐な視界の中で、ウララちゃんの柔らかい耳の裏をそっと指先で撫で回した。 ウララちゃんは満足そうに「ごろごろ……」と低い音を奏で、俺の指に愛らしく鼻先を擦り寄せてくる。


「先生、老宝石商ジャンニ氏の連行……いえ、保護が完了しました!」


澄んだ結晶の身体を青白く輝かせながら、羊皮紙の記録を手に駆け込んできたのは、俺の直属の探偵助手である結晶族の少年ルカだ。 彼の体内の共鳴能力は、この緊張した空間の中でも冷静に周囲の波動を感知していた。


「レオナルド! 私の方も、ジャンニ老人の身の安全を確保しながら連れてきたわよ!」


銀の甲冑を凛々しく響かせて入ってきたのは、見習いから正規へと昇格した探偵助手、フランチェスカだ。 その腕には、ふさふさとした極上のグレーの毛並みを誇るペルシャ猫『キララちゃん』がしっかりと抱きかかえられている。


「みゃあ!」


キララちゃんはウララちゃんを見つけると、お腹の白い毛並みを誇るように胸を張り、高貴に首筋を伸びやかに立てて挨拶代わりに鳴いた。


「ふにゃあん!」


ウララちゃんも負けじと胸元から身を乗り出し、サファイアの瞳を細めて激しく応戦する。 決行が刻一刻と近づく緊迫感の中でも、二匹の美しき猫たちのライバル関係は相変わらず微笑ましかった。


「だ、ダ・ヴィンチ先生……。私のような老骨を、このような物々しい場所へ呼び出して一体何のご用で……?」


フランチェスカの後ろから、車椅子に乗り、腰をかがめながら震える声で尋ねてきたのは、かつて数十年前にボルゲーゼ美術館の専属宝石修復師を務めていた老宝石商、ジャンニだった。 彼の細く萎びた指先には、長年の修復作業で培われた職人の深いタコが刻まれている。


俺はジャンニ老人の前に静かに膝をつき、目線を合わせると、ポケットから一枚のスケッチを取り出した。

そこに描かれているのは、現在ガラスケースの中に飾られている『真夜中のサファイア』の、微細な内部構造の幾何学図面だ。


「ジャンニ老人。お前に辛い過去の記憶を思い出させる無礼を許してほしい。だが、今日この館で起きようとしている『奇跡』を完結させるためには、お前の知る四十年前の真実が必要なのだ」


「四十年前の……真実……!?」

老人は青ざめ、か細い身体を激しく震わせた。


「ジャンニさん、隠さないでください」

ルカが透き通る優しい手を老人の膝へ置き、温かい光を微かに灯した。


「僕の体内の結晶共鳴は、人の嘘や動揺を波長として感じ取ることができます。あなたがこの展示室に入った瞬間、胸の奥で激しい痛みの波長が跳ね上がりました。

あなたは……このサファイアの『秘密』を知っているはずです」


ジャンニ老人は目を閉じ、深く大きな溜息を吐いた。 そして、ゆっくりと重い口を開き始めた。


「……逃げられませんな。万能の天才探偵と、美しき助手の方々には……。そうです、あれは今からちょうど四十年前……私がまだ若い修復師だった頃のことです」


展示室の隅で、警察官たちの喧騒から離れた静寂の中、老人の口から「四十年前の悲しい歴史の闇」が語られ始めた。


四十年前のボルゲーゼ美術館。 当時、若き修復師だったジャンニは、美術館の至宝である『真夜中のサファイア』の定期清掃と台座の補修作業を任されていた。


しかし、ある嵐の夜。 当時の美術館長と、政界の若き実力者であったヴァレンティーノ伯爵が、密かに修復室へと現れた。 彼らはジャンニの頭に銃口を突きつけ、恐ろしい命令を下したのだ。


『本物のサファイアと寸分違わぬ、最高級の光輝ガラスで作った偽物を作れ。断れば、お前も家族も帝都の露と消えることになろう』


「私は……死の恐怖に屈してしまいました……」

ジャンニ老人は枯れた両手で顔を覆い、涙をこぼした。


「私は三日三晩、不眠不休で最高級の結晶ガラスを削り出し、本物のサファイアが持つ深みのある紺色と屈折率を完璧に模倣した『最高傑作の偽物』を作り上げました。そして……本物のサファイアはヴァレンティーノ伯爵の手によって暗闇の中へと持ち去られ、私が作った偽物が、このガラスケースの中へと収められたのです……」


「そんな……! 四十年間も、この館を訪れる世界中の人々は、あなたが作された偽物のガラス玉を本物だと信じて鑑賞させられていたというの……!?」

フランチェスカが怒りと悲しみに溢れた声で叫んだ。


「はい……。それ以来、私は罪の意識に苛まれ、修復師の職を辞し、陰でひっそりと生きてきました。館がいくら『国宝』として誇ろうとも、展示台にあるのは私が作った『偽りの光彩』に過ぎない……!」


「なるほど……構図のすべての欠片が繋がったぞ」

俺は万能スキル【画家】のモノクローム視界の中で、展示ケースの中の偽物サファイアを冷徹に走査した。


「ジャンニ老人。お前が罪の意識を感じる必要はない。お前が命懸けで作ったその精巧な偽物があったからこそ……本物のサファイアは破砕されることなく、四十年の時を経て、今日という日を迎えることができたのだからな」


「今日という日……?」

老人が涙を拭い、顔を上げた。


「ああ。怪盗レッドウルフの真の狙いは……お前が四十年前に行わざるを得なかった『偽物へのすり替え』の歴史を、真逆のベクトルで完璧にやり直すことだ」


「真逆のベクトルでやり直す……!?」

フランチェスカが息を呑んだ。


「そうだ。四十年前は『本物から偽物へ』と奪われた。だが今日、レッドウルフは六十四時間という膨大な時間をかけて組み上げた光と影の仕掛けを使い、警察の目の前で『偽物から本物へ』と、歴史を正しき姿へかえそうとしているのだよ」


「奪われた真実を戻す……! それが、あの赤き狼の美学なのですね……!」

ルカが透き通る瞳を輝かせ、感嘆の声漏らした。


時が過ぎるのは早い。 決行当日の午後六時――決行時刻である「二十一時」まで、残りわずか『三時間』となった。


初夏の太陽はピンチョの丘の西の空へと傾き始め、ボルゲーゼ美術館の外観は、橙色と深紅が混ざり合った壮絶な夕暮れの色彩に染まり始めていた。


館内の緊迫感は、すでに飽和状態を超えていた。


「全隊員、配置につけ! 決行三時間前だ!」

ローマ市警の警部が、血走った目で最終指示を出している。


二階の『サファイアの間』には、百名を超える重装備の警察官と機動隊が隙間なく配置され、防犯用の投光器が昼間のような眩しい光を展示ケースへ向けて照射していた。 展示室へ通じる四方のアーチ、窓、通気口のすべてには厚さ五センチの鉄製シャッターが降ろされ、鍵が掛けられている。


「ハハハ! 見ろ、ダ・ヴィンチ殿!」

警部が汗を拭いながら、俺へ向かって勝ち誇ったように叫んだ。


「部屋は完全に密閉された! 窓も扉も固く閉ざされ、部屋の中は我々警察の精鋭で埋め尽くされている! 外から何者が近づこうとも、この鉄壁の密室を破ってケースの中のサファイアに触れることなど、神様であっても不可能なのだよ!」


警察官たちが一斉に歓声を上げ、銃や槍を構え直す。


だが、俺とルカ、そしてフランチェスカの目には、その「鉄壁の密室」こそが、レッドウルフの罠を完璧に成就させるための『最終容器カメラ・オブスキュラ』として完成した姿に見えていた。


「先生……怖いくらいです」

ルカが自身の結晶体を微かにピキピキと共鳴させながら、声を潜めた。


「警察の人たちが窓のシャッターを閉めたことで、部屋の中が暗室になり……彼らが持ち込んだ投光器の光と、ミラーの反射光だけが、一直線の『光のパイプ』となって展示ケースに集中しています」


「そうだな、ルカ。外部からの物理的な侵入を遮断すればするほど、彼らは『光と影のライン』以外のすべてのノイズを排除してしまっている。レッドウルフは一歩もこの部屋に入ることなく、ただ外部から光の波長を操作するだけで、ケースの中身を入れ替えることができる」


「レオナルド……! それじゃあ、残り三時間で私たちはどうすればいいの!?」

フランチェスカが見えない長剣の柄を強く握り締め、焦りの色を隠せずに尋ねてきた。


「焦るな、フランチェスカ。真の芸術というものは、すべての条件が整った最高の瞬間にのみ立ち現れるものだ。俺たちはただ、このキャンバスの上の最後の筆使いを、見届ければいいのさ」


俺は胸元で眠るウララちゃんの頭を優しく撫でた。


「ふにゃあ……」

ウララちゃんが満足そうにあくびをし、サファイアブルーの瞳で部屋の天井を見上げた。


「みゃあ」

フランチェスカの腕の中のキララちゃんも、静かに長毛を揺らし、気高く首筋を伸ばしてその刻を待っている。


「ジャンニ老人。お前もそこで見ていくといい。四十年前、お前の手で偽物に変えられてしまったあのサファイアが……今夜、正しき本物の輝きを取り戻す、その瞬間をな」


俺の言葉に、車椅子のジャンニ老人は静かに涙を拭い、深く深く頷いた。


外の空はゆっくりと群青色へと変わり、夜の静寂が帝都ローマを包み込み始めていた。 館内の大時計が、重々しく三回前(十八時)の鐘を鳴らす。


ゴーン……ゴーン……ゴーン……。


決行時刻、今夜二十一時まで、あと三時間。 六十四時間にわたって紡がれてきた壮大な『光と影の物理トリック』が、いよいよその全貌を現そうとしていた。

みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?

少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。

励みになりますので、☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。

リアクションボタンもよろしくお願いします

これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

パラレルワールドで魔法と多種族の住む異世界でスキル無しで探偵します。

ローマ編も追加しています。17時投稿です!

よろしくお願いします。

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