【紅き孤高の狼、レッドウルフ(Red Wolf)編】 第二部:『光と影の罠(40時間前〜24時間前)』
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【紅き孤高の狼、レッドウルフ(Red Wolf)編】
第二部:『光と影の罠(40時間前〜24時間前)』
ボルゲーゼ美術館の『サファイアの間』で怪盗レッドウルフの衝撃的な予告状が発見され、展示されている『真夜中のサファイア』が精巧な偽物であるという俺の解明から、すでに一日以上の時間が経過していた。 決行の刻である「六十四時間後」へ向けて、カウントダウンの時計は着実にその刻みを進めている。
季節は初夏。ピンチョの丘を渡る風は青々とした葉を揺らし、輝く太陽が美術館の白大理石の壁面を強く照らし出していた。 だが、その優美な外観とは裏腹に、美術館の内部は刻一刻と物々しさを増していた。
「東側回廊の赤赤外線センサー、配置完了! 第三展示室の防犯用強化金属板、固定完了しました!」
「地下搬入口の警備兵を増員! トラックの出入りは一切禁止とする!」
ローマ市警の警部による怒号のような指示が館内に響き渡る。
警察たちは俺の
「警察自身の手で光と影の仕掛けを作らされている」という
警告など耳に貸さず、ただひたすらに重厚な鉄板、追加の魔法レーザー照射器、そして無数の防犯用ミラーを館内へ持ち込み、厳重な警戒網を築き上げていた。
「ふにゃあ……」
俺のコートの胸元で、純白のシャム猫『ウララちゃん』が鼻先を覗かせ、サファイアブルーの瞳を微かに細めて退屈そうにあくびを吐いた。
「よしよし、ウララ。警察諸君が励めば励むほど、キャンバスの下絵は完成へ近づいていくな」
俺は白黒のモノクロームに固定された万能スキル【画家】の静謐な視界の中で、ウララちゃんの柔らかい喉元を指先で優しく撫で回した。
ウララちゃんは心地よさそうに「ごろごろ……」と音を奏で、俺の手元へ頭を擦り寄せてくる。
「レオナルド! 決行まであと四十時間を切ったわ! 警察の警備配置は完璧よ。展示室へ続くすべての廊下にレーザーの網が張り巡らされているわ!」
銀の甲冑をカチャンと鳴らして駆け寄ってきたのは、探偵助手のフランチェスカだ。 その腕には、ふさふさとした極上のグレーの毛並みを誇るペルシャ猫『キララちゃん』がしっかりと抱きかかえられている。
「みゃあ!」
キララちゃんはウララちゃんを見つけると、お腹の白い毛並みを誇るように胸を張り、高貴に首筋を伸びやかに立てて挨拶代わりに鳴いた。
「ふにゃあん!」
ウララちゃんも負けじと胸元から身を乗り出し、サファイアの瞳を細めて激しく応戦する。 緊迫した現場であっても、二匹の美しき猫たちのライバル関係は相変わらず微笑ましかった。
「先生、館内の各所に設置された照明とミラーの角度を計測してきました」
澄んだ結晶の身体を青白く発光させながら、羊皮紙の図面を手にして戻ってきたのは、俺のもう一人の直属の探偵助手である結晶族の少年、ルカだ。
「ルカ、どうだった?」
俺が問うと、ルカは神妙な面持ちで図面を広げた。
「先生の仰った通りです……! 警察が『警戒を強めるため』に追加で設置した金属板の反射光と、防犯用ミラーの角度が、正午と日没の決まった時刻に……すべて『サファイアの間』の天井の屈折窓へと収束するように配置されています! まるで、警察の中にレッドウルフの設計図通りに動いている人間がいるみたいです!」
「警察の中に内通者がいるわけではないよ、ルカ。レッドウルフは警察の心理――『どこに光を当て、どこを遮光したくなるか』を完全に予測し、誘導したのだ。これぞまさに、人間の心理と建築構造を組み合わせたパースペクティブ(構図)のハッキングさ」
俺が炭筆を弄びながら不敵に笑うと、フランチェスカが見えない長剣の柄に手を当てて身を乗り出してきた。
「でもレオナルド、仮にレッドウルフが警察の警備を利用して『すり替えの光の道』を作ったとしても……肝心の本物の『真夜中のサファイア』はどこにあるの? 盗むんじゃなくて『本物を戻す』のが奴の目的なら、レッドウルフはどこから本物を手に入れるつもりなのかしら?」
「良い質問だ、フランチェスカ。実は……まさに今、この四十時間前の刻限に、帝都の別の場所で『本物の奪還劇』が繰り広げられているはずだよ」
「えっ……!? 帝都の別の場所ですって!?」
フランチェスカとルカが同時に目を見開いた。
その頃――ボルゲーゼ美術館から数キロメートル離れた、帝都ローマの旧市街に佇む超高級会員制クラブ『アウレリウス館』。
重厚なオーク材の扉と、厳重な私設用心棒たちによって固く守られたその館の最上階の密室では、極秘の闇オークションが開催されようとしていた。
部屋の中央に鎮座するのは、政界の裏幕であり、今回のボルゲーゼ美術館の特例出資者でもある大重鎮、ヴァレンティーノ伯爵。 そして彼を取り囲むのは、黒いスーツに身を包んだ警備員たちと、怪しげな闇の美術商たちだ。
「フフフ……よく集まってくれた、諸君」
ヴァレンティーノ伯爵は、仕立ての良い漆黒のジャケットの胸元を撫でながら、奸智に長けた薄笑いを浮かべた。 彼の目の前に置かれた重厚なベルベットの小箱。その蓋が静かに開けられると――。
部屋全体が、息を呑むような深く妖しい紺色の輝きに包まれた。
それこそが、数十年前、当時のボルゲーゼ美術館長と結託したヴァレンティーノ伯爵が極秘裏に館から盗み出し、精巧な偽物とすり替えて自身の暗黒の資産として隠し持っていた、本物の国宝――『真夜中のサファイア』であった!
「素晴らしい……なんと深みのある青だ。美術館のガラスケースの中に飾られているガラスの偽物とは、光の重みがまるで違う……」
闇商人の一人が感嘆の溜息を漏らす。
「当然だ。ボルゲーゼの民どもには、精巧なガラス玉でも拝ませておけば良い。本物の美と価値を理解できるのは、我々選ばれた者だけなのだからな……」
ヴァレンティーノ伯爵が、満足そうにサファイアを手にとろうとした――まさにその時だった。
シャン……シャン……シャン……。
どこからともなく、微かな、しかし澄み切った「銀の鈴の音」が部屋の中に響き渡った。
「何だ……!? 誰かいるのか!?」
私設用心棒たちが一斉に拳銃を引き抜き、周囲を警戒する。 だが、密室の扉は重厚な鍵で固く閉ざされており、窓にも分厚い鉄格子が嵌められている。外部からの侵入経路など存在しないはずだった。
「どこを見ているのかな? 愚かな強欲者たちよ」
頭上から、低く、しかし驚くほど気品に満ちた男の声が降り注いだ。
全員が一斉に天井を見上げると――そこには、部屋の豪華なシャンデリアの上に優雅に腰掛け、血のように鮮やかな『赤いマント』を羽織った一人の男が佇んでいた。 顔には銀と赤で縁取られた『狼の仮面』。 冷たく鋭い、しかしどこか哀愁を帯びた瞳が、暗闇の中でらんらんと輝いている。
「れ……レッドウルフ……!? なぜここに貴様が!?」
ヴァレンティーノ伯爵が顔を真っ青にして叫んだ。
「怪盗レッドウルフだと!? 出て行け! 撃て、撃ち殺せ!!」
警備隊長が叫び、数人の用心棒が一斉に天井のシャンデリアへ向けて拳銃の発砲を開始した!
ズドン! ズドン! ズドンッ!
激しい銃声と火薬の匂いが密室に立ち込める。 しかし、赤いマントの影はまるで風のように揺らめき、放たれた弾丸はすべて空を切って天井の石膏を打ち砕くだけだった。
「無駄だ。私を縛ることができるのは、美しき光の理だけさ」
赤い影がシャンデリアから軽やかに舞い降りた。 トン、と一滴の音も立てずに床に着地した瞬間、レッドウルフは胸元から一輪の『赤いバラ』を取り出し、それを一息で吹き散らした。
フッ……!
舞い散った赤い花弁が、部屋の照明の光を浴びた途端――ジュワァァッ! と猛烈な赤色の煙幕(拡散光粉末)となって爆発的に広がり、部屋全体を濃密な赤の世界へと染め上げた!
「うああああっ! 目が、目が前が見えん!」 「咳が……! 撃つな、味方に当たるぞ!」
用心棒たちがパニックに陥り、互いに押し合いへし合いを始める。
その深い赤の煙幕の中を、レッドウルフは静かに、そして滑らかに歩み進んだ。 彼の狙いは、用心棒たちの命でも、伯爵の持つ金品でもない。 テーブルの上に置かれた、ただ一つの『真実』――。
「返してもらうよ、ヴァレンティーノ。奪われた真夜中の輝きを、本来あるべき正しき場所へな」
「ひいぃぃっ! やめろ、渡さん! これは私のものだあぁぁっ!」
ヴァレンティーノ伯爵は狂ったようにサファイアの箱へ抱きつこうとしたが、レッドウルフのしなやかな指先が、伯爵の腕を優しく、しかし抗えぬ力で受け流した。
一瞬の交差。 血のように赤いマントがひらりと翻り、伯爵の目の前からベルベットの箱が消え去った。
「しまっ……! 宝が……私のサファイアがぁぁっ!!」
「さらばだ。六十四時間後、ボルゲーゼの館で本物の輝きを目撃するがいい」
闇の中に高らかな「狼の遠吠え」が響き渡り、赤い煙幕が晴れた時――密室の天井の通気口の格子が静かに外れており、そこにはただ一輪の、葉を落とした薔薇の茎だけが残されていた。
怪盗レッドウルフは、警察の目がボルゲーゼ美術館に釘付けになっているその隙を突き、密かに闇オークションの密室へ潜入して、『本物の真夜中のサファイア』の奪還を完璧に成功させていたのだった。
時を同じくして――決行まであと二十四時間(決行前日)となったボルゲーゼ美術館。
「レオナルド! 大事よ! たった今、帝都の憲兵隊から緊急連絡が入ったわ!」
探偵助手のフランチェスカが、息を切らしながら『サファイアの間』へ駆け込んできた。
「ヴァレンティーノ伯爵の私邸で闇オークションが開かれ、そこにレッドウルフが現れて……何かが奪われたんですって!」
「何かが、ではないな、フランチェスカ。奪われたのは『本物の真夜中のサファイア』だ」
俺が白黒のモノクローム視界の中で静かに告げると、隣にいたルカが息を呑んだ。
「先生……! では、レッドウルフはもう本物のサファイアを手に入れたのですね!?」
「ああ。奴の手元には今、本物のサファイアがある。そして、奴はこの美術館のどこかに潜み、明日――二十一時の決行時刻に向けて、最後の仕掛け(パースペクティブ)を組み上げているはずだ」
俺の説明を聞いていたアントニオ館長が、汗を滝のように流しながら震え上がった。
「ば、バカな……! 伯爵が本物を持っていたなど……! では、私がこれまで命懸けで守ってきたこの展示台のサファイアは……本当に偽物だったというのか……!?」
「館長、自分を責めるな。お前も知らず知らずのうちに、ヴァレンティーノ伯爵たちの不正を隠蔽するための『飾り人形』として利用されていたに過ぎんのだよ」
俺が冷徹に告げると、館長は膝から崩れ落ち、頭を抱えた。
「警部! 決行まであと二十四時間です! 館内の警戒をこれまでの三倍に強化してください!」
ローマ市警の警部が青ざめた顔で叫び、さらに大量の防犯用鏡や、大型の投光器が展示室の周囲へと次々と運び込まれていった。
「警察諸君、もうやめろと言ったはずだがね……」
俺は頭を振って溜息を漏らした。
「だ、ダ・ヴィンチ先生、警察がライトや鏡を増やせば増やすほど……レッドウルフの罠が完成してしまうのですか!?」 ルカが不安そうに尋ねてきた。
「その通りだ、ルカ。見てみろ」
俺が炭筆を掲げ、展示室の天井と、警察が設置した大型投光器の光のラインを指し示した。
万能スキル【画家】のモノクローム視界の中で、警察が持ち込んだ投光器の強烈な光束線が、防犯用ミラーに反射し、天井の幾何学模様のフレスコ画の交点へと集束しているのがくっきりと見えた。
「光の反射角は完璧だ。正午の太陽光、夕刻の斜光、そして決行時刻である二十一時の『月の光』……。これらすべての光線が、警察が設置した機材によって完璧にリレーされ、明日二十一時丁度に、あのガラスケースの中央へ向かって『一光の収束線』として叩きつけられる」
「一光の収束線……! それが、レッドウルフの『すり替えの光の道』なのね!?」
フランチェスカが息を呑んだ。
「ああ。64時間という膨大な時間をかけたからこそ、警察はこの完璧な増幅装置を自らの手で完成させてしまった。レッドウルフは一歩もこの展示室に入ることなく、ただ外部から本物のサファイアを光のラインに乗せるだけで、ガラスケースの中の偽物と本物を『光学的に位置交換』させることができるのだ」
「そんな……! 警察の警備そのものが、レッドウルフの盗み(すり替え)の手助けになっていたなんて……!」
ルカが絶望的な声を上げた。
その時だった。
展示室の奥の闇から、どこからともなく、小さく可憐な「赤い紙飛行機」がふわふわと飛んできて、俺の足元へ静かに落ちた。
「キャッ! なにこれ!? どこから飛んできたの!?」 フランチェスカが見えない長剣を構えて警戒する。
俺が紙飛行機を拾い上げ、ゆっくりと広げると、そこには流麗な文字で、新たな一節が書き加えられていた。
【探偵ダ・ヴィンチ殿】
私の下絵の真意を見抜いてくれたことに感謝する。 明日二十一時、光と影が交差する刻、失われた真実の輝きをこの館へ戻そう。
天才たる貴殿の審美眼が、正しき光を祝福してくださらんことを。
―― レッドウルフ
「レッドウルフからの直接のメッセージだわ……! レオナルド、奴はすぐ近くにいるの!?」
フランチェスカが周囲を見回すが、展示室には困惑する警察官たちと、呆然とする館長しかいない。
「ふふ……相変わらず、どこまでも美学を重んじる男だな」
俺は紙飛行機をポケットに収め、胸元のウララちゃんを優しく撫でた。
「ふにゃあ」
ウララちゃんがサファイアブルーの瞳を細めて愛らしく鳴き、フランチェスカの腕のキララちゃんが
「みゃあ」
と気高く首筋を立てた。
「先生……僕たちは、どうすればいいのですか? レッドウルフのすり替えを止めるのですか? それとも……」
ルカが戸惑いがちに尋ねてきた。
「探偵の仕事は、罪を暴き、真実を正しき形へ戻すことだ。レッドウルフが描こうとしているキャンバスが、偽りの罪を討ち破る美しきものであるなら……俺たちはその『最後の仕上げ』を、特等席で見届けようじゃないか」
俺の言葉に、時計塔の重々しい鐘が、決行前日の訪れを告げる音を響かせた。
ゴーン……ゴーン……。
残り時間は、あと二十四時間。 光と影の罠は完全に組み上がり、舞台装置はすべて整った。 明日の夜二十一時――ボルゲーゼ美術館に、正しき真夜中の輝きが戻る奇跡の刻が、刻一刻と近づいていた。
みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?
少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。
励みになりますので、☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。
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これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
パラレルワールドで魔法と多種族の住む異世界でスキル無しで探偵します。
ローマ編も追加しています。17時投稿です!
よろしくお願いします。




