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【紅き孤高の狼、レッドウルフ(Red Wolf)編】 第一部:『赤き狼の挑戦状(64時間前)』

【紅き孤高の狼、レッドウルフ(Red Wolf)編】

第一部:『赤き狼の挑戦状(64時間前)』

始まりました。よろしくお願いします

【紅き孤高の狼、レッドウルフ(Red Wolf)編】

第一部:『赤き狼の挑戦状(64時間前)』


『老いたる跳ね馬亭』で解決した聖天使城のあの大騒動、そして古代の巨構建築コロッセオを舞台に繰り広げられた凄惨な連鎖殺人事件から、早いもので半年余りの月日が静かに流れていた。 季節は巡り、新緑が眩しい初夏の風が帝都ローマの街並みを心地よく吹き抜けている。


コロッセオの「光と音の不調和」を正し、古代の調和キアロスクーロを取り戻した俺――レオナルド・ダ・ヴィンチは、探偵事務所兼酒場の特等席で、相変わらず最愛の相棒である純白のシャム猫『ウララちゃん』を膝に乗せ、穏やかな午後の静寂を弄んでいた。


脳内の万能スキル【画家ピクチャー】によって白黒のモノクロームに変換された静謐な世界の中で、窓から差し込む柔らかい光の陰影だけが、静かにその角度を変えていく。 だが、万能の天才たる俺の平穏がいつまでも長続きしないのは、もはやこの世界の理のようなものだった。


「レオナルド! 大事よ! 今すぐ出立の準備をしてちょうだい!」


バタン、と酒場の扉を威勢よく開けて飛び込んできたのは、見習い騎士から晴れて正規の騎士へと昇格し、今や名実ともに頼れる探偵助手となったフランチェスカだった。 銀色の甲冑を眩しく輝かせた彼女の腕には、相変わらずお腹の白いグレーの長毛ペルシャ猫『キララちゃん』がしっかりと抱きかかえられている。


「先生、今度のお仕事は憲兵隊ではなく、あの『ボルゲーゼ美術館』の館長からの直接の緊急特命です!」


彼女の後ろから、澄んだ結晶の身体をキラキラと青白く輝かせながら入ってきたのは、俺のもう一人の直属の探偵助手である結晶族の少年、ルカだ。


「おいおい、フランチェスカにルカ。また二人揃って何か大きな厄介ごとを持ち込んできたのか? 今度はどこの絵画の顔料が吹き飛んだってんだ?」


カウンターの奥でグラスを丁寧に磨いていたマルコ店長が、呆れ顔で声を上げた。


「顔料どころじゃないわ、マルコ店長! 今回の相手は……あの帝都を揺るがす伝説の義賊、怪盗『レッドウルフ』よ!」


フランチェスカのその言葉に、昼間から酒を飲んでいたドワーフのバラクやエルフのセリア、行商人のコップたち常連客が一斉にジョッキを止めてどよめいた。


「怪盗レッドウルフだと……!? あの赤きマントを翻し、狙った至宝を完璧な手口で奪い去るという、あの孤高の狼か!」


バラクが髭についたビールの泡を拭いながら、目を見開いて身を乗り出した。


「ええ! そのレッドウルフから、ボルゲーゼ美術館へあてて、恐ろしい盗みの予告状が届けられたのよ!」


フランチェスカが切迫した声で告げると、ルカが抱えていた高級な羊皮紙の手紙を、俺の特等席のテーブルの上にそっと広げた。


「ふむ……どれどれ」


俺は膝の上のウララちゃんを優しく撫でながら、テーブルの上に提示された一通の予告状に視線を落とした。 そこには、漆黒のインクと、血のように鮮やかな赤で、一筋の無駄もない流麗な文字が躍っていた。


【告ぐ】


今夜二十一時、ボルゲーゼ美術館の館内から誰の目にも触れることなく『真夜中のサファイア』を連れ去る。


扉を閉ざすな。罠を張り巡らせ。 銃を構え、息を潜めて待つがいい。


それでもなお、私は闇を駆け抜け、ただ風のように去るだろう。


月夜に遠吠えが響いた時、秘宝はすでに私の手の中にある。


―― 紅き孤高の狼、レッドウルフ(Red Wolf)


「ふむ……相変わらずキザで、それでいて隙のない完璧なパースペクティブ(構図)を感じさせる文面だな」


俺が炭筆を指先で転がしながら呟くと、ウララちゃんが「ふにゃあ」とサファイアブルーの瞳を細めて手紙を見つめ、フランチェスカの腕のキララちゃんが「みゃあ」と気高く首筋を伸ばして鳴いた。


「先生、おかしいのはこの予告状が発見された『日時』なのです」


助手のルカが、自身の透き通る結晶の手を羊皮紙の端に触れさせながら、真剣な面持ちで指摘した。


「発見された日時……?」


「はい。この予告状は、今朝一番にボルゲーゼ美術館の開館準備をしていた学芸員が、厳重にロックされていた『真夜中のサファイア』のガラスケースの表面で発見したものです。

そして、手紙に書かれた決行時刻『今夜二十一時』というのは……今夜のことではなく、明後日の夜――つまり、今からちょうど64時間後の二十時一分(二十一時)を指しているのです!」


「64時間前……!?」


フランチェスカが見えない長剣の柄に手を当てながら、不可解そうに首をひねった。


「怪盗ってものは、警察の裏をかくために直前に予告を出すか、せいぜい数時間前に暗号を送るのが普通じゃないのかしら?

なぜレッドウルフは、警察や私たちが完璧な警備網を敷くのに十分すぎる『64時間』という膨大な時間をわざわざ与えてきたのかしら?」


「ひえええっ! 64時間もあったら、美術館の周りを憲兵隊や大砲で埋め尽くすことだってできるっすよ! あの怪盗、完全に警察やダ・ヴィンチの旦那を舐めてるっす!」


部屋の隅で話を聞いていた行商人のコップが、犬耳をパタパタと揺らしながら叫んだ。


「舐めている……いや、そうではないな」


俺は【画家】のモノクローム視界を研ぎ澄ませ、予告状の赤いインクの微細な滲みと、羊皮紙の表面に残るかすかな『光の屈折率』を観察した。


「レッドウルフは、ただ時間を稼いでいるわけでも、警察を誇示して挑発しているわけでもない。彼はこの『64時間』という時間そのものを、自分の巨大なキャンバスとして利用しようとしているのだ」


「時間そのものをキャンバスに……? レオナルド、どういう意味なの?」

フランチェスカが尋ねてきた。


「行けばわかるさ。ボルゲーゼ美術館……古代から引き継がれた最高の芸術と、光の建築美が結集したあの館で、赤き狼がどのような下絵デッサンを描こうとしているのかをな」


俺はコートを羽織り、ウララちゃんをふんわりと胸元に収めると、優秀な二人の探偵助手と共に出立の足取りを踏み出した。


馬車を走らせること小一時間、俺たちは緑豊かなピンチョの丘に建つ、館自体が至高の芸術品である『ボルゲーゼ美術館』へと到着した。


カルロ・マデルノによって設計されたその白大理石のファサード(正面)は、初夏の太陽を浴びて神々しいまでの気品を漂わせている。


館内に入れば、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニによる神業のような大理石彫刻『アポロンとダフネ』や『プロセルピナの略奪』が静かな迫力を放ち、カラヴァッジョの激しい明暗対比キアロスクーロが際立つ名画群が、訪れる者を圧倒する極上の空間だ。


だが、現在の館内は、芸術を静かに鑑賞する雰囲気とはほど遠い、物々しい緊迫感に包まれていた。


「おお、ダ・ヴィンチ殿! よくぞお越しくださった!」


汗を拭いながら駆け寄ってきたのは、ボルゲーゼ美術館の館長を務める男、アントニオだった。 その背後には、今回の警備の指揮を執るローマ市警の警部や、厳重な甲冑に身を包んだ数十名もの警備隊員たちが、展示室の各アーチにぎっしりと配置されている。


「アントニオ館長、現場の状況を見せてくれ」


俺が促すと、館長は俺たちを二階の特別展示室――『サファイアの間』へと案内した。


その部屋の中央には、厚さ十センチを超える防弾特殊ガラスで覆われた、重厚な展示台が鎮座していた。

ガラスケースの内部に鎮座しているのは、帝国の国宝級の至宝とされる、鶏卵ほどの大粒の宝石――


『真夜中のサファイア』だ。


その深みのある美しい紺色の輝きは、まるで吸い込まれそうな夜空そのものを結晶化させたかのような、圧倒的な存在感を放っている。


「これが……『真夜中のサファイア』ね……。なんて綺麗なの……」


フランチェスカが思わず感嘆の溜息漏らし、彼女の腕のキララちゃんも「みゃあ」と目を丸くして宝石を見つめた。


「ですが先生、見てください」

ルカが自身の透き通る手でガラスケースの周囲を指し示した。


「ガラスケースの表面に、かすかに残る赤色顔料の粒子……。そして、ケース内部のサファイアが放つ光の波長が、わずかに揺らいでいます」


「うむ。ルカの言う通りだ」 俺は【画家】のモノクローム視界を研ぎ澄ませ、ガラスケース内のサファイアを走査した。


「アントニオ館長。この予告状が貼り付けられていた時、ケースの施錠や警備システムに破られた形跡はあったか?」


「それが、全くなかったのです!」

館長は拳を握り締め、震える声で答えた。


「展示室の鍵は私が肌身離さず持っており、赤外線感知器も一切反応していません。それなのに……今朝、気がついたときにはガラスの真ん中にあの予告状がペタリと貼られていたのです!

まるで、最初から手紙がガラスの内側から浮き出てきたかのように……!」


「ガラスの内側から浮き出てきた……!?」

フランチェスカが息を呑んだ。


「警部! 館内の全出入口、通気口、地下排水路に警備員を配置しました! 64時間後の決行時刻まで、ネズミ一匹通さぬ厳重警戒を敷きます!」


ローマ市警の警部が誇らしげに報告し、展示室の周囲には最新型の魔法レーザー照射器が次々と設置されていった。


「警察諸君、その警戒態勢は結構だが……一つ尋ねたい」

俺は静かに炭筆を構え、館長と市警の警部を見つめた。


「なぜレッドウルフは、わざわざ『64時間前』という膨大な時間を指定して予告状を出したと思う?」


「ハハハ! 簡単なことですよ、ダ・ヴィンチ殿!」

警部は自信満々に胸を叩いた。


「怪盗レッドウルフとやらも、我がローマ市警の最新警備システムの前に恐れをなしたのでしょう! 『64時間後に参上する』などとブラフをかまして我々を混乱させ、その間に警備の隙を探るつもりなのです!

だが、我々はこの64時間で、このボルゲーゼ美術館を鉄壁の不落の要塞へと変えてみせますよ!」


警察たちの意気揚々とした声が展示室に響き渡る。


しかし、俺の【画家】の目には、警察たちが次々と設置していく魔法レーザー照射器、増設されていく鏡や金属製の補強板が、まったく別の「意味」を持って映し出されていた。


「先生……」

助手のルカが、俺の隣で声を潜めて尋ねてきた。


「警察の人たちが警備を固めれば固めるほど……展示室の中の光と影の角度が、不自然に偏っていく気がします。まるで……誰かが最初から警察にこの機材を配置させるように誘導しているみたいです」


「察しがいいぞ、ルカ。その通りだ」

俺はコートの胸元でサファイアブルーの瞳を輝かせるウララちゃんを優しく撫でた。


「レッドウルフの狙いは、警察の手を鈍らせることではない。むしろ逆だ。彼は『64時間』という猶予を与えることで、警察自身に『巨大な光と影の増幅装置レンズ』をこの美術館の中に作らせているのだよ」


「警察自身に警備を作らせて、それを自分の装置にするですって!?」

フランチェスカが驚愕して叫んだ。


「ああ。警察が張り巡らせるレーザー、設置する防犯用の鏡、補強する金属板……それらすべてが、64時間後の『ある決まった時刻』に、太陽と月の光の交差点と重なった瞬間――完璧な『光学すり替え仕掛け』へと変貌するのだ」


「光学すり替え仕掛け……! レオナルド、それじゃあレッドウルフは、本当にこの『真夜中のサファイア』を盗み出すつもりなの!?」


フランチェスカの問いに、俺はすぐには答えなかった。 俺は【画家】のモノクローム視界の中で、展示ケースの中に鎮座する『真夜中のサファイア』が放つ、極めて微小な「違和感」を捉えていたからだ。


「……いや。まだ断定はできないな。フランチェスカ、ルカ。このサファイアが放つ光の波長……どこかおかしいと思わないか?」


「光の波長がおかしい……?」

ルカが透き通る結晶の目を凝らし、サファイアの深く暗い輝きを見つめた。


「あ……! たしかに、本物の天然サファイアなら持つはずの、結晶内部の微細な『屈折の歪み』が一切ありません! これではまるで……完璧に計算されて作られた、高純度の『人工ガラス』みたいです!」


「何だと……! 人工ガラス……!? ルカ、それはつまり……!」

フランチェスカが息を呑んだ。


「そうだ。今、厳重なガラスケースの中に飾られているこの『真夜中のサファイア』は……本物ではない。精巧に作られた『偽物』だ」


俺の冷徹な解明に、展示室内にいた全員――フランチェスカ、ルカ、そして様子を窺っていたアントニオ館長の顔色が、一斉にさっと変わった。


「な、何を仰るのですか、ダ・ヴィンチ殿!」

アントニオ館長が激高し、額に汗を浮かべて叫んだ。


「この『真夜中のサファイア』は、我がボルゲーゼ美術館が数百年前から大切に保管してきた至高の国宝! それが偽物などと、そのような無礼な妄言は容赦し兼ねますぞ!」


「館長、そう焦るな。お前が偽物と知って飾っていたのか、それとも過去の誰かにすり替えられていたのかは……これからの64時間で嫌でも解き明かされる」


俺は炭筆をポケットに収め、不敵な笑みを浮かべた。


「怪盗レッドウルフ……。奴はこのサファイアが偽物であることを最初から知っている。そして、奴の真の目的は、この偽物を盗み出すことではない」


「盗み出すことではない……? じゃあ、レッドウルフは一体何のために64時間の予告を出したというの!?」

フランチェスカが尋ねた。


「奴の狙いは……盗むことの逆だ。奪われていた『本物のサファイア』をどこかから奪還し、警察が固めるこの鉄壁のガラスケースの中へ……無傷で『返還(すり替え)』することさ」


「返還……! 盗むのではなく、本物を戻すために64時間かけた罠を張っているというのですか!?」

ルカが驚愕して声を上げた。


「その通りだ。奪われた真実を白日の下に晒し、正しき輝きを取り戻す……それこそが、赤き孤高の狼レッドウルフの描く、美しき美学シナリオなのだよ」


俺が言い放つと、64時間のカウントダウンを告げる美術館の大時計が、重々しく一回目の鐘を鳴らした。


ゴーン……ゴーン……。


残り時間は、あと63時間と五十五分。 警察の警戒網が強まれば強まるほど、怪盗レッドウルフの仕掛けた光と影の罠は、より深く、より完璧に美術館全体を侵食していく。


「行くぞ、フランチェスカ、ルカ。探偵として、そして美を愛する者として、怪盗レッドウルフが描こうとしている『64時間の奇跡』を、特等席で見届けようじゃないか」


俺の言葉に、胸元のウララちゃんが「ふにゃあ!」とサファイアの瞳を強く輝かせて鳴き、フランチェスカの腕のキララちゃんが「みゃあ!」と気高く応えた。


こうして、ボルゲーゼ美術館を舞台とした、探偵ダ・ヴィンチと怪盗レッドウルフの、美しくも壮絶な『64時間の知恵比べ』の幕が切って落とされたのだった。

みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?

少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。

励みになりますので、☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。

リアクションボタンもよろしくお願いします

これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

パラレルワールドで魔法と多種族の住む異世界でスキル無しで探偵します。

ローマ編も追加しています。17時投稿です!

よろしくお願いします。

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