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コロッセオの影なき連鎖(アレーナ・アンブラ)  第五話:『第四の消絶・秘書の叫びと透明な毒

コロッセオの影なき連鎖アレーナ・アンブラ

 第五話:『第四の消絶・秘書の叫びと透明な毒』


地下水路での悲劇的な『第二・第三の消絶』――警備隊長ベネデットと神官フェビオの恐ろしい同時不審死から、さらに二週間の月日が流れていた。

季節は十二月の初頭を迎え、帝都には冬の冷気が深く垂れ込めている。 古代の巨大構造物コロッセオの巨大な石造アーチ群は、寒々と澄み渡った空の下で凍てつくような影を落としていた。


地下水路の黒く毒化された水脈は、俺たち探偵一考の手と、憲兵隊が総動員した魔導ろ過装置によってどうにか浄化処理が施され、地下迷宮『ヒポゲウム』の封鎖地域も徐々に安全が確保されつつあった。

しかし、連鎖殺人の恐怖はいまだ終わっていなかった。 かつて公爵の側に侍り、それぞれの欲望や思惑を交錯させていた六人の容疑者のうち、生き残っているのはわずか三人。 公爵秘書のルチア、地下水路技師のガルバ、そして骨董美術商のジュリアだ。


俺――レオナルド・ダ・ヴィンチは、コロッセオの一階東側回廊に臨時に設けられた捜査本部の中で、寒さに指先をかじかませながら、巨大なコロッセオの全体立体図面と向き合っていた。 脳内の万能スキル【画家ピクチャー】を発動させ、白黒のトーンへ落とし込まれたモノクロームの視界の中で、これまでの殺害現場、時刻、光の差し込む角度、そして音波の伝播ラインを一つの『幾何学的パースペクティブ』として統合していく。


「ふにゃあ……」


俺のコートの胸元から、最愛の相棒である純白のシャム猫『ウララちゃん』が鼻先を覗かせ、サファイアブルーの瞳を微かに細めて甘えるように鳴いた。


「よしよし、ウララ。もうすぐ全ての構図デッサンが完成するぞ」


俺がしなやかな指先でウララちゃんの喉元を優しく撫で回すと、彼女は心地よさそうに「ごろごろ……」と喉を鳴らし、俺の手に額を擦り寄せてくる。


「先生、コロッセオの外周アーチにおける正午の太陽角度と、各階層の影の長さの計算表が完成しました!」


澄んだ結晶の身体を青白く発光させながら、羊皮紙の束を手に駆け込んできたのは、俺の直属の探偵助手である結晶族の少年ルカだ。 彼の体内共鳴能力は、この二週間でコロッセオ内部の微小な「光と音の屈折バグ」を正確に数値化することに成功していた。


「よくやった、ルカ。フランチェスカの方はどうだ?」


「フランチェスカさんは、生き残った三人の保護と、現場の警備配置の最終確認を行っています。もうすぐこちらへ戻られるはずです」


ルカが答えたまさにその時、重々しい足音と共に扉が開いた。


「レオナルド! 三人の保護を完了したわ! でも……三人の精神状態はもう限界よ」


銀の甲冑を鳴らして入ってきたのは、見習いから正規へと昇格した探偵助手、フランチェスカだ。 その腕には、ふさふさとした極上のグレーの毛並みを誇るペルシャ猫『キララちゃん』がしっかりと抱きかかえられている。


「みゃあ!」


キララちゃんはウララちゃんを見つけると、お腹の白い毛並みを誇るように胸を張り、高貴に首筋を伸ばして鳴いた。


「ふにゃあん!」


ウララちゃんも負けじと胸元から身を乗り出し、サファイアの瞳を細めて激しく応戦する。 二匹の美しき猫たちのライバル関係は、冬の寒さも殺人の緊張感も吹き飛ばすかのように相変わらず健在だった。


「だ、ダ・ヴィンチ先生……! 本当に私たちは助かるのですか……!?」


フランチェスカの後ろから、生気を完全に失った顔で入ってきたのは、地下水路技師のガルバだった。 かつて頑固で油臭かった男の面影はなく、痩せこけた頬をひくつかせ、周囲の影を異常なほど怯えた目で見つめている。


「私をこんな薄汚い部屋に閉じ込めないで頂戴! 私にはまだ、納品前の貴重な骨董品が山ほどあるのよ!」


骨董美術商のジュリアが、派手な衣装を乱しながらヒステリックに叫んだ。 しかし、その声は恐怖で裏返っており、手にした怪しげな装飾品を握る手はカタカタと震えている。


そして、最後に部屋へ入ってきた公爵秘書のルチア。 彼女の顔色は土気色を通り越して真っ白であり、指に嵌められた「大きな銀の指輪」を反対の手で狂ったように弄り回していた。


「無駄よ……無駄だわ……。マルチェロが死に、ベネデットが死に、フェビオが死んだ……。次は私……私が殺される順番だわ!!」


ルナは錯乱したように叫び、部屋の壁際に背中を打ち付けた。


「落ち着いてください、ルチアさん! 僕たちが、ダ・ヴィンチ先生が必ずあなたたちを守りますから!」


ルカが透き通る手を差し伸べ、優しい声をかける。


「守るですって!? あなたたちに何が守れるというの! 犯人は姿も見せない! 毒も、光も、音も……コロッセオのすべてが私たちを殺そうとしているのよ!」


ルチアの悲鳴が部屋中に響き渡る。 残された三人――ガルバ、ジュリア、ルチア。 彼らは一人また一人と消えていく仲間の凄惨な死を目の当たりにし、死の恐怖という拷問によって精神を極限まで破壊されていた。


俺は万能スキル【画家】のモノクローム視界を研ぎ澄ませ、錯乱するルチア、怯えるガルバ、強がるジュリアの三人、そして彼らが身につけている日用品の陰影を冷徹に走査していった。


「ルチア殿。お前が指に嵌めているその銀の指輪……。それはただの毒薬チェック用の指輪ではないな?」


俺の問いに、ルチアの動きがピタリと止まった。


「な……何を言っているの……? これは公爵閣下から賜った、私の護身用の……」


「いや、違う。その指輪の内部には、高濃度の水銀化合物と、特定の熱波に反応して急激に膨張・気化する『感光性毒素』が密閉されている。お前はそれを公爵の毒味に使う振りをして、少しずつ毒を仕込んでいたのだろう?」


俺の冷徹な指摘に、ルチアの瞳が大きく見開かれた。


「な……なぜそれを……!?」


「そしてガルバ殿、お前の作業服のボタンに使われている特殊な合金。ジュリア殿、お前が胸元に飾っている古代ローマのガラス細工のペンダント。それらすべてに、共通する化学物質――『音と光で反応する前駆毒素』が仕込まれている」


俺の解明に、室内にいた全員が息を呑んだ。


「だ……ダ・ヴィンチさん、それってどういうことっすか!?」


部屋の隅で縮こまっていた行商人のコップが、犬耳をピンと立てて尋ねた。


「つまり、真犯人は最初から、この六人全員に『特定の形をした毒の種』を日用品として身につけさせていたのだよ。それらは普段、単体ではただの装飾や道具に過ぎない。しかし……コロッセオという巨大な建築物が描く『光と音の焦点』と重なった瞬間、一瞬で致死性の武器へと変貌するのだ」


その時だった。


壁の古時計が重々しい音を立てて、正午(十二時)の訪れを告げ始めた。


ゴーン……ゴーン……ゴーン……。


鐘の音が響き渡ると同時に、窓から射し込んでいた冬の斜陽が、コロッセオの中庭へと伸びる柱の影を鮮やかに描き出した。


しかし、そこで起きたのは、人間の視覚感覚を根底から揺るがす怪奇現象だった。


「……えっ!? なにこれ……!? 影が……影の向きがおかしいよ!!」


少年探偵団のトビーが、窓の外を指差して悲鳴を上げた。


太陽は南の天空高く、正午の位置に昇っている。 本来ならば、柱の影は北側に向かって真っ直ぐに伸びるはずだった。 しかし、俺たちの目の前で、コロッセオの回廊の巨大な柱の影が、まるで生き物のように歪み、太陽のある南側――「太陽とまったく逆の方向」に向かってズルズルと逆流するように伸び始めたのだ!


これこそが、第五の小さな事件――『逆流する影』だった。


「きゃああっ! 影が太陽に向かって伸びていくわ!」


フランチェスカが驚愕し、見えない長剣を構えた。


「影が逆流しているんじゃない! 光の屈折率が、回廊全体で急激にねじ曲がっているんだ!」


ルカが自身の結晶体を強く発光させながら叫んだ。


「ふにゃあ!」


俺の胸元でウララちゃんが激しく不快そうに鳴き、サファイアブルーの瞳を天井のアーチへ向けた。


「みゃあおん!」


キララちゃんもフランチェスカの腕の中で長い毛並みを逆立て、お腹の白い毛を揺らしながら威嚇する。


「そうか……! これが最後のパースペクティブの完成形か!」


俺は万能スキル【画家】のモノクローム視界の中で、歪む影の空間を走査した。 太陽の光がコロッセオの四層アーチに配された特殊な屈折鏡と、壁面の研磨石によって反射・増幅され、正午の瞬間にのみ、この一階回廊へ向かって「極大の熱と光の焦点」として収束していたのだ。 影が逆流して見えたのは、極端な光の集束によって周囲の陰影が反転したための視覚的錯覚だった。


コロッセオ全体が、太陽の動きと連動する巨大な「日時計」であり、同時に特定の位置へ熱と音を叩きつける「共鳴装置」として完成されていたのだ!


そして、正午の極大の光と熱が、部屋の壁を透過してルチアの胸元へ直撃したその瞬間――。


「あ……あぐっ……!? あああああっ!!」


ルチアが突然、己の喉を両手で強くかきむしりながら悲鳴を上げた。


「ルチアさん!?」


ルカとフランチェスカが駆け寄ろうとしたが、遅かった。


ルチアの指に嵌められていた「大きな銀の指輪」が、太陽の収束光と正午の鐘の音の共振を受け、


ジュウウウウッ! という


嫌な音と共に、目に見えるほどの真っ赤な高熱を発し始めたのだ!


「熱い……! 熱い熱い熱い! 喉が……息が……っ!!」


指輪から発生した猛烈な熱波と、内部から噴き出した透明な気化毒素が、ルチアの顔面と気道を直撃した。 ルチアは目の前で守る俺たちのすぐ前で、喉を押し潰されたようにドスンと床へ倒れ込み、激しく身体を痙攣させた後、一滴の血も流さずにピタリと動きを止めた。


指輪はドロドロに溶け落ち、床の石畳を黒く焦がしていた。


これが、連鎖殺人の「第四の消絶」だった。


「ルチアさん!!」


ルカが叫び、必死に介抱しようとするが、彼女の脈拍はすでに完全に途絶えていた。


俺たちの目の前で、厳重な警戒の中で実行された完璧な暗殺。 残された容疑者ガルバとジュリアは、もはや恐怖のあまり声を出すこともできず、その場に崩れ落ちてガタガタと歯を鳴らしていた。


「レオナルド……! どうして……どうして私たちの目の前で、彼女の指輪が急に高熱を出して毒化したの……!?」


フランチェスカが悔しさと恐怖で唇を噛み締め、見えない長剣を握る手に血を滲ませた。


「説明した通りだ、フランチェスカ。真犯人は、このコロッセオ全体を一つの巨大な『日時計兼・共鳴装置』に仕立て上げていたのだ」


俺は冷徹に、倒れたルチアの遺体の首元を走査した。 【画家】のモノクローム視界の中に、やはり明確に「それ」が浮かび上がる。


ルチアの首筋には、公爵、マルチェロ、ベネデット、フェビオと全く同じ、焼印のような『黒い矢印』の形をした不気味なアザが、鮮明に刻まれていた。


「首元に……黒い矢印のアザ……! 正午の太陽の光の角度が、焦点となって彼女の指輪を加熱・起動させたのね……!」


フランチェスカが息を呑んだ。


「その通りだ。ルチア自身が持っていた毒の指輪が、正午の光と鐘の音という『鍵』によって起動し、彼女自身の命を奪った。真犯人は指一本触れず、時間を合わせるだけで彼女を消去したのだよ」


俺の解明に、技師のガルバと美術商のジュリアは、自分たちの身につけているボタンやペンダントを狂ったように引き千切り、床へ投げ捨てた。


「ひぃぃぃっ! 嫌だ、嫌だあぁぁっ! 次は俺か!? それともジュリアか!?」


ガルバが泣き叫ぶ。


「黙りなさい、この無能! 探偵、早く真犯人を捕まえなさいよ! あなた天才なんでしょ!?」


ジュリアが髪を振り乱して俺に掴みかかろうとするが、ガウルが間に入ってそれを止めた。


「静かにしろ、ジュリア殿。叫んでも真犯人の罠は止まらない」


俺は床に転がる溶けた銀の指輪と、壁に刻まれた黒い矢印のアザを見つめ、静かに、そして絶対的な確信を込めて呟いた。


「真犯人のトリック(仕掛け)の全貌は、すべて俺のキャンバスの上に解き明かされた。日時計の針が指し示す最後の消失点……。真犯人が待つ舞台は、コロッセオの最上階テラスだ」


「最上階テラス……! 犯人はそこにいるのね!?」


フランチェスカが目を見開いた。


「ああ。これ以上の『消絶』は許さない。ウララ、キララ、ルカ、フランチェスカ。行くぞ、コロッセオの光と影の不調和を終わらせ、真犯人に審判を下す時だ!」


俺の宣言に、ウララちゃんが「ふにゃあ!」とサファイアの瞳を強く輝かせて鳴き、キララちゃんが「みゃあ!」と気高く呼応した。


探偵一考は、残された二人ガルバとジュリアを憲兵隊の厳重な保護のもとへ預けると、コロッセオの頂上、雲が低く垂れこめる最上階テラスへ向かって、決戦の階段を力強く上り始めるのだった。

みなさま、どんな風に感じてもらったのでしょうか?

少しでも面白いかもと思って頂けましたら幸いです。

励みになりますので、☆をチェックしてもらえると嬉しく存じます。

リアクションボタンもよろしくお願いします

これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

パラレルワールドで魔法と多種族の住む異世界でスキル無しで探偵します。

ローマ編も追加しています。17時投稿です!

よろしくお願いします。

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