第2話 噴火
第二話 噴火
「おはようございます」 愛留が起き上がると、菊は朝餉の支度をしていた。
「おはようございます。 愛留様……」 菊が挨拶をすると、愛留の顔が赤くなる。
「止めてください― 私、まだ十六歳なんで「様」とか付けないでください」
愛留が言うと、菊の目が丸くなり
「まぁ、十六歳ですか。 私も同じ歳です」 菊が微笑む。
(すごい…… まだ十六歳だっていうのに、武家の嫁だなんて…… 私なら考えられないわ)
「もう結婚して五年が経とうとしていますが、まだ子供が出来ていなくて慎之介さんの母君には申し訳なく思っています……」
菊が恥ずかしそうに話すと
(確か、この時代は早くに子供を……なんて強要される時代だったんだな……)
愛留は、自身がのんびりと過ごしていることに時代のギャップを覚えてしまった。
「そんな事ないぞ。 菊はしっかりと働いているではないか……」
そこに、起きてきた慎之介が声をかける。
「慎之介さん、おはようございます」 愛留は笑顔で挨拶をする。
それから朝餉の時刻。 朝餉とは朝食のこと。
「そういえばさ……慎之介さんて、若いお嫁さんを貰って幸せよね~」
愛留が話すと、慎之介がムセこむ。
「私、お菊さんと一緒。 十六歳なんだ」 愛留がニコニコして言うと
「俺は三十一。 そうか、お菊と一緒なのか……」
こうして賑やかな時間が過ぎていく。
「では、いってくる」 慎之介が支度をして出掛けようとすると
「いってらっしゃいませ」 菊が頭を下げ、見送る姿があった。
(江戸時代…… 今じゃ男女平等なんて言葉があるけど、良い光景だな……)
愛留は、二人の夫婦姿に見惚れてしまった。
「さて、やりますか……」 菊は、洗濯を始める。 そこにあったのは水の入ったタライ、そしてデコボコになった板があった。
(そっか……洗濯機なんかないもんな……)
そこに菊が白い液体をタライに流し込む。
「菊さん、それは何?」 愛留がタライを覗き込むと、
「これかい? これは洗濯に使う洗剤さ。 米のとぎ汁だよ。知らないの?」
菊が驚いた表情をすると、
「あの…… 私、この時代からずっと先。 未来から来たのです……」
愛留は正直に話す。
「未来? この時代から先…… それを未来と言うの?」 菊の反応が小さくなっていく。 これは、理解が出来ずにリアクションに困っていたからだ。
「はい…… おそらく三百年くらい先からだと……」 愛留が下を向くと
「だから、 それで変わったお召し物を……」 召し物……衣服のこと。
「それで、未来とやらは どんな物があるの?」 菊は興味津々で目を輝かせる。
「まず、この洗濯は……」 愛留が洗濯機の事を話すと、
「そりゃ驚いた…… 勝手に洗濯をしてくれるの? そしたら、こんな手にならなくて済むのね~」 菊が手を愛留に見せる。
(こんなガサガサで…… 同じ歳なのに、アチコチが切れて痛そうだ……)
「洗濯も、とぎ汁だけじゃなく灰汁も使うんだよ」 菊の説明を聞くと
(これ、綺麗になるのかしら……?) 愛留は苦笑いになる。
「愛留さんの時代では、何を使っているの?」
「はい。洗濯洗剤というのがあって、洗濯機の中に入れてセットすればOKだよん♪」
愛留が言うと、
「せっと……? おーけー……? あぁ、桶の事だね」 菊は初めて聞く言葉を、それなりに解釈したようだ。
(あ~ 日本語って、時代が違うだけでも大変なんだわ……)
次に掃除に取りかかる。 菊がホウキで畳の上を掃き出すと、
「菊さん、私がやります」 愛留がホウキを持ち、掃き掃除を始める。
それから時間が経ち、 「ありがとう。 愛留さん……」 菊が感謝をしていると、
「ただいま戻った……」 玄関で慎之介の声がする。
慎之介は城に仕事で向かい、数時間すると戻ってくる。 実質、城には3時間程度しかいないらしい。 現代は働き過ぎなのかな……と思ってしまう愛留だった。
「おかえりなさい……」 菊は、玄関で膝をつき出迎える。
(この時代、これが普通なんだな……) 愛留が驚いていると、菊は慌てて風呂場に向かう。 愛留も興味を持って、菊を追いかける。
菊が外に出て薪に火を点ける。
「菊さん、何を?」 愛留が訊くと、「風呂の準備よ。 帰ってきたら、すぐに風呂に入るからね」 菊は筒で火に息を吹く。
「愛留さんの時代では?」
「蛇口をひねればお湯が出ますから……」 愛留が答えると、
「それじゃ、嫁の仕事が無くなるじゃないか……」 菊は目を丸くする。
それから順番に入浴になるのだが……
「あの、菊さん…… シャンプーとボディーソープはあります?」
「しゃんぷー? ぼで…… んっ?」 キョトンとする菊は可愛かった。
「これだよ」 菊が説明してくれる。
ここでも洗剤に使った灰を使う。 これを身体に掛けて、手ぬぐいで擦るのだ。 髪も同様である。
「あ~ さっぱりした……」 愛留が満足そうに出ると、菊は忙しそうに夕餉の支度をしている。
そこで愛留は、この時代に来た経緯を話す。
「……と言う訳でして」
「そ それじゃ、愛留は三百年も先から来たという事なのか!?」 慎之介が驚いていると、菊は両手を口に当てながら絶句していた。
「ごめんなさい…… 隠すつもりはなかったのだけど、丸一日が経っちゃいました……」
「信じられないが、洗濯機とやらの話を聞いていると信じるしかないのかもな……」 慎之介がチラッと菊を見ると
「では、三百年先のことを教えてもらおうかしら……」 菊はニコニコし始めた。
(流石、お武家様の嫁だわね…… 肝が据わっているわ)
それから愛留は、三百年先の日本を話していく。
「自動車……ですか?」
慎之介と菊は、聞けば聞くほど様子を変えていく。 二人は驚きながらも真剣に耳を傾けていた。
翌朝、いつも通りに朝を迎える。 菊は早起きをして朝餉の準備に追われている。
「おはよ~♪」 昨晩、しっかり話したおかげで仲良くなり、朝の挨拶も軽やかになっていく。
「おはようございます♪」 菊もご機嫌だったようだ。
「お菊さん、手伝うね」 愛留がお盆を持って、皿を運んでいく。
「おはよう♪」 慎之介が起きてきた。 「おはよう♪ 慎ちゃん♪」
こう呼ぶようになっていた。
「なんか照れくさいが、愛留の時代では『ちゃん』と呼ぶんだろ?」
「そうよ♪ 仲良くなった証だよ」 愛留はニコッとしている。
「いってらっしゃいませ」 菊が膝を付き、慎之介を見送ると
「うむ、いってくる」 慎之介が城に向けて歩いて行った。
「さて、洗濯からだね」 菊が着物に 襷を掛けると
「んっ? 何か揺れてない?」 愛留が異変に気づく。
“ボンッ―”
大きな音がすると、空が一気に黒くなる。
「まさかッ―」 菊が驚いていると、「どうしたの?」 愛留が菊の肩を掴む。
この音は、富士山が噴火した音。
宝永四年 (一七〇七年) 宝永の大噴火から続いている噴火地震である。
ここ尾張は現在の愛知県にあり、富士山とは目と鼻の先。 菊は震えている。
(そういえば、学校で習ったな…… 富士山が噴火したって教科書に書いてあった)
「お菊さん、急いで」 愛留は菊の腕を引っ張る。
二人は急いで家の中に入り、必要最低限の物を持って外に出ると
「まさか……」 二人の目の前に大きな石が飛んでくる。
(死んじゃう……) 愛留が菊を庇うように身体を被せると
“チリンッ―”
愛留の耳に、鈴の音が聞こえた。 石が目の前に飛んで目を瞑ると
「……ここは?」 愛留が周囲をキョロキョロする。
そこは江戸時代ではなく、愛留が車に轢かれそうになった交差点である。
「んんっ……」 横にいた菊が目を覚ます。
「お菊さん、大丈夫?」 愛留が菊の肩を揺らすと
「愛留さん…… あれ? ここはどこ?」 菊がキョロキョロしている。
「まさか? 本当にタイムスリップ? 夢じゃなかったの~~?」
菊を現代に連れてきたことにより、タイムスリップしたことが現実になってしまったのであった。




