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おくりかえすひと――異世界帰還者を送り返す仕事  作者: 活呑
第一章 おくりかえすひと

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第8話 引き受けたひと

集合住宅の一室は、昼間でも静かだった。

遮音の効いた建物で、外の音はほとんど届かない。


倉橋は、玄関で靴を揃えた。

犬は、扉の内側で伏せている。

吠えない。

動かない。

それだけで、十分だった。


応対に出たのは父親だった。

三十代後半くらい。

疲れは見えるが、生活が崩れている様子はない。

「……こちらへ」

案内されたリビングの奥で、

小さな女の子が床に座っていた。

積み木を並べている。


崩さない。

ただ、同じ形を繰り返している。


母親の姿は見えない。

だが、奥の部屋に人の気配があった。


「最近、変わったことはありませんか」

倉橋が尋ねると、父親は少し考えた。

「……怪我を、しなくなりました」

喜ぶべきことのはずだった。


「転びそうになっても、

 必ず何かに掴まるんです。

 角にぶつかる前に、

 誰かが動かしたみたいに」

言葉を選んでいる。

異常だとは言い切れない。

だが、偶然にしては偏りすぎている。


「夜は」

女の子ではなく、父親に向けての質問だった。


「……夜中に、

 知らない言葉を話すことがあります」

意味は分からない。

朝になると、本人は覚えていない。

女の子は、積み木を一つずらした。

揃えていた列が、わずかに崩れる。


倉橋は、その動きを見ていた。

腕の内側で、帰還紋が反応する。

強くはない。

だが、広がり方がこれまでと違う。

送還すれば、耐えられない。

切れば、残る。

封じれば、周囲に歪みが出る。

どれも、成立しない。


犬が、倉橋を見上げている。

視線を逸らさない。


「少し、触れます」

父親は一瞬だけ迷い、

それから頷いた。

倉橋は、女の子の肩に手を置いた。


小さい。

体温が高い。

帰還紋が、発動しかける。

だが、向きが合わない。

光は出ない。

熱だけが、腕の内側に残る。


女の子の中から、

何かが離れた。

見えない。

音もしない。

ただ、そこにあった重さだけが、

一瞬、消えた。


次の瞬間、

同じ重さが、倉橋の腕に残った。

紋様が増えた感触がある。

だが、見た目は変わらない。

視界が、白くなる。

何もない。

上下も、境界もない。

ただ、在る。


次の瞬間、部屋に戻っていた。

倉橋は、手を離した。

女の子は、何事もなかったように積み木を戻した。

先ほど崩れた列が、自然に揃う。


父親が、息を呑んだ。

「……今の……」

「終わりました」

それ以上の説明はなかった。


しばらくして、母親が奥の部屋から出てきた。

状況は理解していない。

「……ありがとうございました」

それが、唯一の言葉だった。


倉橋は、頷きもしなかった。

廊下に出ると、犬がすぐ横に来た。

離れない。

倉橋は、歩きながら腕を押さえた。

帰還紋が、鈍く熱を持っている。

痛みではない。

残留している感触だ。

倉橋は、少しだけ立ち止まった。

理由は分からない。


その夜、倉橋は夢を見た。

白い空間だった。

壁も、床も、境界もない。

音もない。

だが、自分は存在している。


目を覚ますと、犬が近くにいた。

呼吸の音が、聞こえる。

帰還紋の熱は、もう引いていた。

倉橋は、天井を見たまま、しばらく動かなかった。


世界は、安定している。

それで、十分だった。



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