第13話 処理されるひと
呼び出しは、業務終了後だった。
理由は書かれていない。
場所だけが指定されている。
倉橋は、端末を閉じた。
犬が、足元で立ち上がる。
「行くぞ」
声をかけると、犬は当然のようについてきた。
会議室は、いつも使われていない階にあった。
照明は落ち着いた明るさで、外の音はほとんど聞こえない。
扉の向こうに、人がいる気配がした。
中に入ると、数人が席についていた。
管理職。
監査。
技術担当。
顔ぶれは揃っているが、
誰も緊張している様子はない。
倉橋は、促されるまま椅子に座った。
犬は、足元で伏せる。
誰も、それを咎めなかった。
「本日は、確認と共有のための場です」
最初にそう告げられた。
責める声ではない。
裁く声でもない。
ただの事務連絡に近い。
「これまでの処理履歴について、一部、確認したい点があります」
端末が操作され、
壁面にデータが映し出される。
数字。
回数。
区分。
送還。
固定。
切断。
どれも、倉橋が自分で記録したものだ。
「例外案件が、一件」
淡々と読み上げられる。
引き受けた記録。
条件外処理。
世界差分の移行。
倉橋は、否定しなかった。
「判断は、誤りでしたか」
そう問われて、
倉橋は少し考えた。
「基準から外れていました」
事実だ。
「ただし、当時の条件下では、他の選択肢はありませんでした」
それ以上は、付け加えなかった。
誰かが、軽く頷いた。
「問題は、その後です」
次に示されたのは、
参照回数の推移だった。
数字は、緩やかに増えている。
「倉橋さん」
呼ばれて、視線を上げる。
「ご自身が、どの世界に属しているか、説明できますか」
質問は、攻撃的ではなかった。
だが、答えは簡単ではない。
「こちらの世界で、業務を行っています」
「それは、活動場所です」
「……はい」
「帰るべき世界は、どこですか」
倉橋は、少し間を置いた。
考えたことがないわけではない。
だが、言語化したことはない。
「定義されていません」
それが、今言える唯一の答えだった。
会議室に、短い沈黙が落ちる。
誰かが、資料をめくる音。
誰かが、ペンを置く音。
「送還は困難です」
技術担当が言った。
「送り先が、定義できません」
「固定も不完全です」
「切断は、影響範囲が算出できない」
否定ではない。
確認だ。
「つまり」
管理職が、静かにまとめる。
「現時点では、倉橋さんは“処理できない存在”です」
その言葉にも、悪意はなかった。
「同時に」
続けて言う。
「放置することも、できません」
結論は出ていない。
だが、方向は定まった。
「当面、業務から外れていただきます」
「経過観察対象として、一時的に管理下に置きます」
倉橋は、頷いた。
「合理的だと思います」
反論はしなかった。
誰も、安心した様子を見せない。
だが、誰も困ってもいない。
会議は、それで終わった。
通されたのは、簡素な個室だった。
ベッドと机。
窓はない。
扉が閉まる。
犬が、先に中に入っていた。
倉橋は、それを見て、
ほんの一瞬だけ、考えた。
ここが、どこなのか。
自分は、どこにいるのか。
だが、その問いは、すぐに意味を失った。
犬は、そこにいる。
伏せて、呼吸をしている。
倉橋は、壁に背を預けて座った。
腕の内側に、帰還紋の感触がある。
見えない。
動かない。
ただ、消えてはいない。
倉橋は、目を閉じた。
世界は、まだ終わっていない。
—本当に、それで十分だったのか。
一部完結。




