第12話 測ろうとするひと
昼過ぎの廊下は、空調の音だけが響いていた。
倉橋は、資料室の前で足を止めた。
端末に表示された部屋番号を確認し、扉を開ける。
中には、先客がいた。
若い女性だ。
別の課の制服を着ている。
書類を棚に戻している途中らしく、
倉橋に気づいて、軽く会釈した。
「こんにちは」
声は、明るい。
「……どうも」
倉橋は、それだけ返した。
女性は、少しだけ首をかしげたが、すぐに笑顔に戻った。
「倉橋さん、ですよね」
「そうですが」
「やっぱり。うちの課で名前、よく出ます」
倉橋は、資料棚に視線を向けた。
名前が出る理由に、心当たりはない。
「処理が安定してるって」
褒め言葉のようだった。
倉橋は、棚からファイルを一つ抜いた。
必要なものだ。
「それで、いつも一人で現場に行かれるんですよね」
「必要なら」
会話を切るつもりで、短く答える。
女性は、引かなかった。
「怖くないですか?」
「……何が」
「異世界、です」
言葉に、少しだけ熱があった。
倉橋は、ファイルを閉じた。
「仕事なので」
「それで、いいんですか?」
問いは、まっすぐだった。
正義とも、不満とも違う。
ただ、理解しようとしている。
倉橋は、少し考えた。
「基準は、決まっています」
「感情は?」
「基準に含まれません」
女性は、黙った。
一拍おいて、
「そうなんですね」と言った。
納得したわけではない。
だが、否定もしなかった。
「……私は、三課の山岸です」
名乗る必要はなかったはずだ。
だが、名乗った。
倉橋は、軽く頭を下げた。
「倉橋です」
すでに知っている名前を、改めて口にした。
資料室を出るとき、
山岸がもう一度、声をかけた。
「倉橋さん」
「はい」
「もし……間違っていたら、どうします?」
倉橋は、振り返らなかった。
「間違っていない処理だけをします」
それが答えだった。
廊下に出ると、犬が少し遅れて追いついてきた。
いつもより、歩調が近い。
倉橋は、歩きながら思った。
測られている。
だが、それは敵意ではない。
理解しようとする視線だ。
それでも、
世界のログは同じように増える。
倉橋は、立ち止まらなかった。




