第八話 放課後のゲーセンと、クマに込めた熱
「あはは! ひよちゃん、顔真っ赤すぎ!」
屋上で月菜が笑い転げていると、ちょうどお弁当を食べ終えた遙斗が、重い鉄扉を開けて姿を現しました。
「あ、二人ともここにいたんだ。探したよ」
「……っ! 遙斗!」
日和は慌てて月菜のスマホから視線を逸らし、お弁当箱をバタバタと片付け始めました。月菜から「遙斗もあの写真を欲しがった」と聞いたばかりで、まともに顔が見られません。
「ねぇ遙斗。今日の放課後、三人でゲーセン行かない? 最近は忙しくて遊びに行けてなかったし」
「ゲーセン? いいね、行こうよ」
「ちょっと、私は行くなんて……!」
「えー? 行こうよ、日和。あそこのクレーンゲームに日和が欲しがってたクマのぬいぐるみが入ってたから、おれがとってあげる!」
遙斗にひょいと顔を覗き込まれ、日和は言葉に詰まりました。
「……っ、別に欲しいなんて言ってないし!それに、遙斗クレーンゲーム苦手じゃなかった?」
「ギクッ」
「 まあ、月奈がどうしてもって言うなら、付き合ってあげなくもないわよ」
放課後。駅前のゲームセンターは、学校帰りの中高生で賑わっていました。 三人でいくつかのゲームを楽しんでいたとき、月菜が不意に足を止めました。
「あ、ごめん! 私、ちょっとトイレ行ってくる。二人はあそこのクマのところで遊んで待ってて!」
「えっ、ちょっと、月菜!」
日和が止める間もなく、月菜は人混みの中へ消えていきました。 残されたのは、ピンク色の照明が光るクレーンゲームの前に立つ、日和と遙斗の二人だけ。急に静かになった空気感に、日和の心臓がうるさく鳴り始めます。
「……本当に取るの? 下手なんだから、無理しなくていいわよ」
「まぁ見てて。日和が欲しいものは、全部おれがとる」
遙斗はそう言って、真剣な目つきでレバーを握りました。 けれど、アームはクマの耳をかすめるだけで、なかなか持ち上がりません。
「あー、惜しい……!」
「ほら、言ったじゃない。……貸して、次は私がやるわ」
日和が横からレバーに手を伸ばそうとした、その瞬間でした。 操作盤を挟んで、遙斗の手が日和の手を、上から包み込むように優しく重ねました。
「……っ!?」
「待って、まだ手を離さないで。……この角度から、一緒に動かしてみよう」
遙斗の顔が、耳元で囁くほど近くにあります。 日和の手の甲に伝わる、遙斗の大きな手のひらの熱。
「……バカ、近すぎる……」
「……少しだけ、じっとしてて。今、取るから」
遙斗の声が少しだけ低くなり、日和の肩がびくりと震えました。 逃げ出したいのに、重ねられた手の温もりが心地よくて動けません。
二人の指先が重なったまま、慎重にレバーが動き、ボタンが押されました。 静まり返った空気の中、ガトン、という心地よい音とともに、茶色のクマのぬいぐるみが取り出し口へ転がり落ちました。
「あ……!」
「やった、取れたね」
遙斗が満足そうに手を離した瞬間、日和の心は喜びで一杯になりました。 ずっと欲しかったぬいぐるみ。それを、遙斗が自分の手に重ねて一緒に取ってくれたという感動が、彼女の「ツン」を完全に吹き飛ばしてしまったのです。
「やったぁ! 遙斗、すごい! ありがとう!!」
日和は弾けるような笑顔で、隣にいた遙斗の首にぎゅっと抱きつきました。 「嬉しい!」という純粋な気持ちだけで動いた、無意識のハグ。
「……っ、日和!?」
遙斗の体が驚きで固まります。日和の柔らかな体温と、ほんのり香るシャンプーの匂い。 日和も、数秒遅れて自分のしていることに気づきました。
(……え? 私、今、遙斗に……!?)
顔が火が出るほど熱くなり、慌てて離れようとしたその時――。
「はいっ! 最高のスクープ、いただきましたぁ!」
少し離れた場所から、聞き慣れた楽しそうな声と、スマホのシャッター音が響きました。 そこには、トイレに行ったはずのるなが、完璧なタイミングでスマホを構えて立っていました。
「る、るな……っ!? あんた、いつからそこに……!」
「え? 『一緒に動かしてみよう』って遙斗が囁いたあたりからかな? いやー、まさかひよちゃんからハグしにいくなんて。これ、昨日の相合い傘より何倍も破壊力あるよ!」
るなはニヤニヤしながら、今撮ったばかりの「遙斗に抱きつく日和」の写真を画面に見せびらかしました。
「消して! 今すぐ消してよ! 今のはただの、勢いっていうか、事故なんだから!」
日和はクマのぬいぐるみを抱えたまま、真っ赤な顔でるなを追いかけ回しました。 けれど、るなはひらりとかわしながら、遙斗の方を見てウインクをしました。
「遙斗ー、おめでとう! 予約済みの旦那様として、一歩前進だね!」
「る、るな! 余計なこと言わないで!」
「あはは。……でも、おれも今のハグ、一生忘れないよ」
後ろで遙斗が照れくさそうに、けれど本当に幸せそうに笑っているのが聞こえて、日和はぬいぐるみの中に顔を埋めました。 素直になりたくて、でもなれなくて。 そんな自分を、月菜が強引にかき回し、遙斗が全部受け止めてくれる。
「……もう、みんな大嫌いっ!!」
ゲーセンに響く日和の叫び声は、どこからどう聞いても、幸せな「大好き」の裏返しにしか聞こえませんでした。




