第十九話 最強の証拠映像と、元ライバルのエール
翌朝。日和は、玄関を開けるのがこれほどまでに緊張したことはありませんでした。 昨日、あの桜の木の下で、遙斗と「恋人」になった。その事実は、一晩寝ても夢ではありませんでした。
「……お、おはよ、日和」
いつもの待ち合わせ場所にいた遙斗も、どこか挙動不審でした。いつもなら「おはよ!」と眩しい笑顔を向けてくるのに、今日は目が合うたびに耳まで赤くして視線を逸らしています。
「……おはよう。……行く?」
「あ、あぁ。……手、繋ぐか?」
「バ、バカ! 学校の近くだし、誰かに見られたら……」
「昨日、あんなに抱きついて泣いてたのに?」
「それはそれ! これはこれ!」
そんな、昨日までの「幼なじみ」とは少し違う、甘酸っぱくてむず痒い空気を纏いながら二人が教室に入ると――。
「あ! 来た来た! 本日の主役、ご登・場~!」
待ち構えていたのは、スマホを片手にニヤニヤが止まらない月菜でした。
「ちょ、月菜!? 何よその顔……」
「何ってこれよ、これ! 昨日の、桜の下での名シーン! 『おれの隣は譲らない!』なんて、遙斗、あんたあんなカッコいいこと言えるようになったのねぇ~」
月菜が画面をタップした瞬間、昨日の遙斗の魂の叫びが教室に響き渡りました。
「ちょっ、消せよ! 恥ずかしいだろ!」 「やめて月菜! 死んじゃう、恥ずかしくて死んじゃう!」
顔を真っ赤にして月菜を追いかけ回す二人。教室中が「え、二人がついに!?」「おめでとう!」という祝福のムードに包まれる中、ふと、教室の入り口で足を止めている人物がいました。
さらなでした。
一瞬で静まり返る教室。日和は思わず、身構えてしまいました。 さらなは腕を組んだまま、ゆっくりと二人のもとに歩み寄ってきます。そして、じっと遙斗の顔を見た後、日和に視線を移しました。
「……ふん。本当に、2人を見てると周りが恥ずかしくなっちゃう」
さらなは相変わらず少し意地悪な口角の上げ方をしましたが、その瞳には昨日のような刺々しさはありませんでした。
「いい? 遙斗くん。日和ちゃんを泣かせたら、私があなたから日和ちゃんをうばっちゃよ?……日和ちゃんも、そんなにオドオドしてたらダメ!」
「……さらなさん」
「ま、おめでとう。……月菜! 私にもその動画、後で送りなさい。たくさんの人に広めてあげるわ」
さらなはそう言い捨てると、自分の席に座って教科書を広げました。それは、彼女なりの潔い「負け」の認め方であり、二人への不器用なエールでした。
「……はは、さらなには敵わないな」
遙斗が苦笑いしながら日和の手を、今度は机の下で、誰にも見えないようにギュッと握りました。
「……日和。おれ、もう絶対に離さないからな」
「……わかってるわよ。……バカ遙斗」
月菜のからかいの声と、さらなの凛とした背中。 そして、繋がれた手のひらの熱。 不安がすべて消えた教室で、日和はこれまでにないほどの幸せを感じていました。




