第十六話 親友の鉄拳と、突きつけられた「理由」
「……っ、」
日和は、自由になった腕を抱えるようにして、その場から逃げ出しました。遙斗のあんなに怖くて、でも悲しそうな顔を見ていられなかったのです。
「日和! 待てよ!」 遙斗が追いかけようとしたその瞬間、月菜がそのカバンを力いっぱい掴んで引き止めました。
「あんたは、ステイ!」
「放せよ月菜! 日和が……」
「ひよちゃんが何で悲しんでるか知らないでしょ!」
月菜の怒鳴り声に、遙斗は凍りついたように動きを止めました。月菜はそのまま、誰もいない校舎の裏へと遙斗を引きずっていきました。
「……何だよ、おれは、日和が変な男といたから……」
「変な男? 悠真くんは日和を慰めてくれてただけ。あんたが日和をボロボロにしたからでしょ!」
「おれが? 意味分かんないよ。おれはいつだって日和が一番だし、昨日だってクマのぬいぐるみを取ってやって…」
「なんでわからないの!?」 月菜は遙斗の胸ぐらを掴む勢いで詰め寄りました。
「あんた、昨日『昔のことは忘れちゃった』なんて言ったんでしょ? ひよちゃんはね、あんたが10年前のあの約束を、もう忘れて、なかったことにしたんだと思って絶望してんのよ!」
「……え?」
「追い打ちをかけるように、さらなちゃんから『付き合ってないなら私が彼女になる』って宣戦布告までされて。日和はね、自分の居場所がもうないって、泣いてるの。あんたが『付き合おう』って言わないせいで、あの子はずっと一人で不安と戦ってたんだよ!」
遙斗の顔から、血の気が引いていきました。 忘れたふりをしたのは、ただの照れ隠しだった。あの約束が自分の中で重くなりすぎて、大切すぎて、軽々しく口にできなくなっただけだった。 けれど、それが日和をこれほどまでに追い詰めていたなんて。
「……おれ、なんてことを……」
「今のままだとあんた、本当に日和を失うわよ。日和は今、あんたを避けることで自分の心を守ろうとしてんの」
月菜はカバンを肩にかけ直し、呆れたように、でもどこか応援するような目で遙斗を見ました。
「『幼なじみ』っていう温い関係に甘えてられる時間は、もう終わり。……あんた、どうしたいの?」
遙斗は、白くなるほど強く拳を握りしめました。 カバンの奥にずっと入れている、10年前から大切に持っている「あの日」の思い出の品。 それを、もう一度だけ強く握りしめます。
「……おれは……」
遙斗の瞳に、迷いのない光が戻りました。 「日和じゃないとダメなんだ。……逃げてる場合じゃないな。ちゃんと、向き合わなきゃ」
「……ふん、最初からそう言いなさいよ」
月菜はふいっと前を向きました。 遙斗の心は決まりました。けれど、傷ついた日和の心はまだ閉ざされたまま。 二人の関係を「上書き」するための、遙斗の本当の戦いが始まろうとしていました。




