第十三話 優しすぎる雨宿りと、揺れる心
遙斗の手を撥ね退けて教室を飛び出した日和は、誰もいない中庭のベンチでうずくまっていました。 「触らないで」なんて、あんなにひどいこと言いたかったわけじゃないのに。 ただ、自分との関係に名前がないことや、さらなの言葉に怯えている自分が情けなくて、どうしようもなかったのです。
「……あーあ。そんなに悲しい顔してると、幸せが逃げちゃうよ?」
頭上から降ってきた穏やかな声に、日和はビクッと肩を揺らして顔を上げました。 そこに立っていたのは、隣のクラスの悠真でした。彼は図書委員でたまに顔を合わせる、穏やかな雰囲気の男子です。
「……悠真くん」
「さっき、教室から飛び出していくのが見えたから。……これ、飲みなよ。少しは落ち着くと思うから」
悠真は温かいココアの缶を日和の頬にそっと当てました。その温度に、日和の強張っていた心がほんの少しだけ緩みます。
「……ありがと。ごめん、見苦しいところ見せちゃって」
「別に。日和ちゃんがいつも一生懸命なのは知ってるし。……あの幼なじみの彼と、何かあったの?」
悠真は隣に座るわけでもなく、適度な距離を保ったまま柵に寄りかかりました。その「踏み込みすぎない優しさ」が、今の日和には救いでした。
「……ねぇ、悠真くん。もし、ずっと昔に約束したことがあって……でも、相手がそれを忘れてるみたいだったら、どうする?」
日和は、誰にも言えなかった問いを口にしました。悠真は少し考えるように目を細め、静かに答えました。
「おれなら……。その約束を上書きするくらい、今の自分を見てほしいって思うかな。でも、もし辛いなら、無理に笑わなくてもいいと思うよ。……おれで良ければ、いつでも隣にいるし」
悠真の言葉には、確かな好意が混じっていました。 遙斗の太陽のような眩しさとは違う、月明かりのような静かな優しさ。
(遙斗じゃない誰かなら、こんなに苦しまなくて済むのかな……)
一瞬、そんな考えが頭をよぎったその時。 中庭の入り口で、日和を捜していた遙斗が立ち尽くしていることに、二人はまだ気づいていませんでした。 日和を慰める悠真と、少しだけ顔を赤らめている日和。 その光景を見た遙斗の瞳には、今まで見せたことのないような、暗く激しい感情が宿っていました。
一方その頃、教室では月菜が、鼻歌を歌いながら遙斗の机を片付けているさらなを冷ややかな目で見ていました。
「……ねぇ、さらなちゃん。ちょっとやりすぎじゃない?」
月菜の低い声が、放課後の教室に響きました。




