第十二話 すれ違う足音と、遠くなる背中
昨日の屋上でのさらなとの会話が、呪文のように日和の頭の中で繰り返されていました。 『付き合っていないなら、私が彼女になっても問題ないよね?』 さらなの真っ直ぐな瞳。それに何も言い返せなかった、弱虫な自分。
(……遙斗は、もう約束なんて忘れてるんだもん。私が横にいる理由なんて、もうないよね)
翌朝。日和はいつもの待ち合わせ時間より三十分も早く家を出ました。 遙斗の顔を見たら、泣いてしまうか、あるいは「さらなさんと付き合えばいいじゃない!」と心にもないことを口走ってしまいそうだったからです。
「あれ……日和?」
学校の昇降口。いつもの時間に日和がいないことに驚き、急いで登校してきた遙斗が、先に席について本を読んでいる日和を見つけました。
「今日、どうしたんだよ? 先に行くならライン一本くれれば……」
「……別に。たまには一人で歩きたかっただけよ」
日和は遙斗の目を見ようとせず、冷たく言い放ちました。遙斗は一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしましたが、すぐに心配そうに眉を下げます。
「何かあったのか? 顔、赤いし……」
遙斗の手が、日和の額に触れようと伸びてきます。いつもなら心地よいその熱も、今の彼女にはさらなへの罪悪感と不安を煽るものでしかありませんでした。
「触らないでっ!」
日和は遙斗の手を強く撥ね退けました。 教室に響く乾いた音。クラスメイトの視線が集まります。
「……っ、ごめん。……ちょっと、放っておいて」
日和は勢いよく席を立つと、登校してきたばかりの月菜とすれ違いざまに、教室を飛び出しました。
「え、ちょっと、ひよちゃん!? ……遙斗、あんた何したのよ」
「……わかんない。おれ、ただ……」
取り残された遙斗の手は、空中で寂しそうに止まったままでした。 その様子を、教室の入り口で見つめていたさらなが、静かに歩み寄ります。
「遙斗くん、大丈夫? ……日和ちゃん、なんだか疲れちゃってるのかもね。……ねぇ、落ち着くまで私とお話ししない?」
一方、トイレの洗面台の前で、日和は撥ね退けた手のひらの感覚を思い出し、胸を締め付けられるような思いでいました。 避ければ避けるほど、遙斗の優しさが痛い。 けれど、今の自分には彼に笑いかける資格なんてないように思えてしまうのでした。




