第十話 新たなライバルと、揺らぐ「幼なじみ」の境界
放課後のゲーセンから一夜明け、日和は登校中も昨日の手の熱が引かないのを感じていました。けれど、頭の片隅では、第十話の帰り道に遙斗が見せた「昔の約束を忘れたような態度」が、小さなトゲのように引っかかっています。
「……おはよう、日和。今日、なんか元気ない?」
教室に入ると、遙斗がいつものように爽やかな笑顔で声をかけてきました。その手には、昨日取ったあの茶色のクマのぬいぐるみにそっくりな、小さなキーホルダーが握られています。
「……別に。寝不足なだけよ」
日和が素っ気なく答えて席につこうとした、その時でした。
「遙斗くん、おはよう! 昨日の小テスト、遙斗くんに教えてもらったところ、バッチリ出たよ! 本当にありがとう!」
明るく弾むような声。日和が顔を上げると、そこにはクラスメイトのさらなが、遙斗の机に身を乗り出すようにして立っていました。
「お、マジで? 良かったな。さらな、数学苦手だって言ってたもんな」
遙斗が屈託なく笑い返します。さらなは、日和とは対照的に、自分の感情をストレートに言葉にするタイプでした。さらさらとした髪をなびかせ、遙斗の言葉に楽しそうに相槌を打つ彼女の姿は、教室の中でひときわ眩しく見えました。
(……さらなさん。最近、よく遙斗に話しかけてるわね)
日和の胸の奥で、経験したことのないモヤモヤとした感情が広がります。 これまでの「他校の女子」とは違って、さらなは同じ教室にいて、遙斗の日常を共有している。そして何より、自分のように「バカ」なんて言わず、素直に彼を頼っています。
「あ、日和ちゃんもおはよう! 遙斗くんと日和ちゃんって、本当に仲良しだよね。……羨ましいな」
さらなが日和に気づき、人懐っこい笑顔を向けました。その瞳に悪意は微塵もありません。
そんな日和の様子を見ていた月菜が、そっと日和の腕を引いて、遙斗たちから少し離れた窓際へと連れ出します。
「ねぇ、ひよちゃん。私さ、あの『さらな』って子、ちょっと嫌な感じがするんだけど」
月菜は遙斗と楽しそうに笑い合うさらなを横目で睨みながら、声を潜めて言いました。
「嫌な感じって……。別に、普通に明るくていい子じゃない?」
「そうかなぁ? ああいう『私、素直なんです』って顔して、グイグイ踏み込んでくるタイプが一番厄介なんだよ。……ほら、見て。あの顔、恋をしてる顔じゃない!」
「そんなことないよ…」
日和が力なく反論すると、月菜はニヤリと笑って日和の顔を覗き込みました。
「ひよちゃん、顔が『猛烈に嫉妬してます』って書いてあるよ?」
「……っ、してないわよ! バカ月菜!」
「あはは。でもね、ひよちゃん。冗談抜きで、さらなちゃんは結構本気みたいだよ、遙斗のこと。……ひよちゃんも、そろそろ『幼なじみ』の看板に甘えてられなくなるかもね?」
月菜の言葉は、図星でした。 自分たちは「幼なじみ」という便利な言葉で繋がっているけれど、それ以外に確かな絆なんて、今の二人にはないのかもしれない。
「……分かってるわよ。そんなこと」




