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「政略結婚の駒にされた地味令嬢ですが、逆ハー不倫強要なんて聞いてません!」

作者: すじお
掲載日:2025/10/30

エリシア・クレインは、自分が「選ばれた」と聞いたとき、何かの冗談だと思った。


「王家の血を引く最後の令嬢だそうですよ。生きていたとは、驚きですね」

「……私ですか?」



汚れた作業着、土でくすんだ手、癖の強い髪を布でまとめ、どこにでもいる農村の娘が鏡に映っている。

まさか自分が、王都に連れて行かれることになるなんて。


「ようこそ、エリシア・クレイン。私はこの国の女王、ラグリーナよ」



白銀の髪と紅の唇。冷たい美貌を湛えた女王は、エリシアを一瞥し、薄く笑った。


「あなたには、子を産んでもらうわ。王族として、そして……私の盾として」

「……はい?」



すべてが唐突だった。

けれど、それ以上に衝撃だったのは、数日後に目の前に現れた五人の男たちだった。



「初めまして。王都の騎士団長、ジークです」

「貴族代表として参りました。アルフォンス・ヴァーレ」

「魔術師のフィリクス」

「旅の吟遊詩人、カイルだよ」

「……お前を守るために来た。ただ、それだけだ。名はヴォルグ」


イケメンの大渋滞だった。



(これ、まさか……「不妊治療」……!?)


エリシアの頭の中は大混乱だった。

どう考えても、自分を愛そうとしてるわけがない。

こんな冴えない田舎娘を。


(王族の血さえ継がせれば、後は誰でもよかったんでしょう? 選ばれたのは「誰でもよかったから」?)



だからエリシアは、恋愛になど発展させまいと心を決める。

こんなイケメン共に愛されるわけがないのだ。


「みなさん、どうぞお好きにお過ごしください。私のことはお気になさらず……」



一方、彼らは――


(どういうことだ……まったく俺たちに興味を持たない!?)

(あの令嬢、天然系鉄壁……!)

(ま、負けられない……!)


政略のはずが、次第に思惑がすれ違っていく。




王宮の最奥、誰も立ち入ることのない黒の間。

その空間で、ラグリーナは一人、ワイングラスを指先で転がしていた。


「――やっと見つけたのよ。正統な王家の血脈を」


床に敷かれた古い地図の上、燃えるような瞳が一点を射抜く。

その先には、"エリシア・クレイン"という名が記された。


「正統なる血筋。だが、民衆に知られてはならない。

あの子を王位に就ける気など、毛頭ないわ」



ラグリーナは、かつて王の妾腹として生まれた。

母は側室の中でも最も位が低く、王族の名を名乗ることさえ許されなかった。

だが、兄たちが次々と病や戦で倒れる中、最終的に“残った者”として王位を奪取した。


「私は、“王家の亡霊”だと言われたわ。ならば、亡霊にふさわしく、この国を影から支配してやる」



そこで必要だったのが――傀儡の姫と、その子供。



「子を産ませる。王家の血と証明できる子を。

それが人質となれば、私の正統性も揺るがない。

“あの子の後見人として”私は永遠に摂政でいられる」


だが、ただの駒では人々は動かない。



「だから私は、美しく、血筋も立派な男たちを選んだ。恋愛感情の一つも芽生えれば、利用しやすくなる」



その中には、ひとり――自らの息子の姿もある。


「ジーク。私の唯一の息子。誰よりも忠実な剣」



王妃時代に産んだ子、だが王位継承権はない。

女王が即位した際、彼の名は王族籍から外された。

“母が即位するために、息子の未来を捨てた”――そう噂された。


「でもね、ジーク。母はお前を、ただの剣とは思っていないのよ」


ラグリーナはワイングラスを傾ける。


「彼女が誰を選ぶか。それはどうでもいい。ただ、子を授かれば、それでいい」


静かに目を閉じる。

5人の候補者には全員婚約者がいる。

そのことを隠しているのも、「エリシアから不倫した」と後で謗り、手駒にしやすくするため。


(……できれば、ジークが選ばれれば、都合がいいのだけれど)



血が近すぎる? そんなものは、いくらでも隠せる。

誰も真実を語る者などいない。



「――さあ、始めましょう。恋という名の政争劇を」


そして女王は微笑んだ。美しく、冷たく、すべてを計算し尽くした支配者の顔で。


エリシアは、また贈り物を受け取っていた。


貴族の若き筆頭・アルフォンスからは、香水付きの手紙と高価なドレス。

魔術師フィリクスからは、手作りの護符。

吟遊詩人カイルからは、歌を綴った詩集。

そして、騎士団長ジークからは――真紅のルビーの首飾り。


(……なんで、こんなものを私に?)


寝室の小机に並ぶ贈り物を見つめながら、エリシアは眉をひそめた。


「最近、皆さまが妙に……優しすぎる気がします」

侍女のミーナに呟くと、彼女は笑った。


「それは殿方が姫様に夢中だからでございますよ。美しいですし」


「……わたし、ですか?」


自分の髪は癖毛だし、服のセンスにも自信はない。

会話も下手。笑いも取れない。

誰かを惹きつけるような魅力なんて、自分にはないはず。


(なのに、なぜ皆が……)


不安のようなものが、じわじわと心を浸食していた。


そんなある日、彼女は偶然、王宮の回廊で女王とジークの密談を聞いてしまう。


「ジーク、進捗は? エリシアは、そろそろ誰かを選びそうかしら?」


「……わかりません。あの方は恋に鈍く、誰の手も取らない。

それどころか、自分を“使い捨ての器”と考えている節すらある」


「フフ……それでいいのよ。愛など知らない方が、駒としては都合がいい」


(――“駒”?)


木の影に身をひそめ、エリシアは息を呑んだ。

女王の声は、冷たい。まるで感情の欠片もなかった。


「大切なのは、“王家の血を引く子供”を得ること。

それさえできれば、エリシア本人は……どうでもいいのよ」


(子供……私が、妊娠すればいい?

誰でもいいから、血を混ぜて。

そして、生まれた子が人質になって……)


頭の中がぐらぐらと揺れる。

地面が傾いたような感覚だった。


(あの人たちは、私に恋をしていたわけじゃない。

――私を、「妊娠させるための駒」だと思っていた?)


その夜、エリシアは一人で涙を流した。

「やっぱり、そうよね……。こんな私が、本当に愛されるわけなんて……ない」


けれど、同時に心の中に芽生えたものがあった。

――怒り。

そして、はじめての、反発だった。


(それでもこの世は一夫一妻制。私を勝手に多夫一一妻、不倫のおもちゃにするだなんて)


自分は地味で、冴えない存在だと思っていた。

でも、だからといって、誰かの不倫の駒でいるつもりはない。



彼女の目に、初めて強い光が宿った。


政略の舞台で、ようやくヒロインが目を覚ます。


運命の歯車が、音を立てて回り始めた――



夜の王城、誰もいない裏庭に、ふたりの男の影があった。

豪奢な衣装に身を包んだ男は、鼻を鳴らして言った。



「はっ、くだらん。田舎娘が王家の血筋だと? 滑稽すぎるな」


その声の主は、婿候補の一人――

大貴族の嫡男、アルフォンス・ヴァーレ。

エリシアに毎日のように贈り物を届けていた張本人である。



「だがまぁ、利用価値はある。

子さえ作らせれば、女王陛下の信任も得られる。

そのあとは……事故でも起こしてしまえばいい。赤子と“その後見人”は、私が引き取る。そして――摂政の座は、私のものだ」

「……エリシア様は、気づいているかもしれませんよ?」

「構わん。あの女は何もできんよ。見るからに臆病で、反抗の仕方すら知らん顔をしていた。“ただの器”にすぎん」



その会話は、すべて筒抜けだった。

魔術師フィリクスが結界を張ったつもりの場所に、

ひとつだけ結界の切れ目があった。


その先で、エリシアは静かに、

寒さに凍えたような目で彼らの言葉を聞いていた。


(そう……やっぱり)


――あの笑顔も、贈り物も、言葉も。

すべて、偽物だった。



翌朝。

エリシアは、女王の前に静かに現れた。



「女王陛下。婿候補のアルフォンス殿が、昨夜、侍女に対して“乱暴未遂”を起こしました。王家の威信を汚す行為により、即刻国外追放といたします」

「……ほう」


ラグリーナは薄く笑った。


「大胆ね。証拠は?」

「侍女の証言、夜警の記録、そして……録音魔石があります」


フィリクスが張った結界から、音声を魔石に転送するよう仕込んでいた。

あの魔術師は、結界には長けていても、細工には疎い。

ラグリーナはしばし沈黙し、やがて頷いた。



「……いいわ。好きにしなさい」

数日後。アルフォンスは王城を追われ、実家の家門も断絶。


国中に「女王に歯向かった愚か者」として知られた。

その次に標的となったのは――吟遊詩人カイルだった。

彼は、各地でエリシアの“恋物語”を面白おかしく広めていたのだ。


「エリシア姫は、五人の婿候補を侍らせ、誰を選ぶか迷っている」

「夜ごと通わせては、心と体を試している」

「王家の血を引く魔性の女だ」



すべて、嘘だった。

名誉を汚すための歌。

王都の民たちを、少しずつ“エリシアを軽んじる空気”へと誘導していた。

そして――カイルも、粛清された。

旅の途中で賊に襲われ、遺体は見つからなかったという。

噂では、彼のリュートだけが血に濡れて、道端に転がっていたという。


残るは二人。

魔術師・フィリクス。

そして、騎士団長・ジーク。


だがこの時、エリシアの被害を見ていた、かつての王家の影武者部隊ー第三騎士団ーが動いていた。



エリシアは名目上「王族の娘」。古い律では、自身の軍を持つ権利があった。

政略結婚の駒にされた時に既に軍は解かれていたと思っていたが、彼らが密かに強制不倫の証拠を集めていてくれたのだ。


そしてある晩――

第三騎士団の副長が、エリシアのもとにひざまずいた。



「脱出の準備は整いました。明日夜明けとともにこの国を離脱いたします」



エリシアは、静かに目を閉じた。

未婚の女性に、不倫を強要したこの国に未練はない。



「お願い、します」




かつて少しだけ恋をしたジーク。

ジークは、エリシアにとって最後に残された、かすかな「信じたい心」だった。


だが――もはや、何も信じないと決めた。

不倫は本人の意思と無関係に、一度引き込まれれば落とされる沼だ。そんな沼に嵌まる気はない。


誰にも支配されず、自らの道を歩く。

冷たい夜明けが、王都を照らそうとしていた。








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