9.再会
王都に来たのは夏の終わりだったが、季節は進み、今はもう真冬だ。
(結局まだアーキル様とは会えてない…)
なにやら仕事が忙しいようで、ヴェラリアはまだ一度もアーキルの姿を見ていない。
エマ様に励まされ、覚悟を決めたはずだったのに。気がつけば、時ばかりが過ぎていた。
もともと、勝ち目のない戦のようなもの。
王都での仕事は充実しているし、最悪、何も起こらなかったとしても……
(それはそれで仕方ない、よね)
そうやって、ヴェラリアは今日もお得意のマイナス思考でぐるぐると悩んでいた。
♢♢♢
その日は、午前中の仕事を終えた後、ふと思い立って街へ出てみた。
気分転換に昼食くらいは外で食べようと、ひとり屋台を巡っていたところだった。
(わあ……おいしそうなものばかり!どれにしようかな)
「……ヴェラリア嬢?」
背後から名前を呼ばれ、はっとして振り返る。
そこにいたのは、ずっと会いたかった、彼。
「アーキル様……!」
思わず、笑顔がこぼれた。
どうやら彼も一人のようだった。ヴェラリアは小走りにアーキルのもとへと駆け寄る。
だが、近づいて顔を見た瞬間、その喜びは少しだけ翳る。彼の顔色が、心なしか悪く見えたのだ。
「アーキル様……お身体、大丈夫ですか?」
「あぁ、いつものことだよ。少し仕事が立て込んでいてね」
声は柔らかいが、目元には疲れの影が差していた。
「どうか、ご無理はなさらないでください」
「そうしたいんだけどね……」
苦笑とともにこぼれたその言葉には、弱音とも諦めともつかない響きがあった。
(そうよね。アーキル様は、きっと“手を抜く”とか“休む”とか、そういうことが一番苦手な人なんだわ)
「もし……まだご飯を食べていらっしゃらないようでしたら、一緒にいかがですか?」
せめて、しっかり栄養をとって欲しい。
午後の仕事に戻る前に、少しでも休んでもらえたら…。そんな純粋な気持ちだった。
アーキルは少しだけ驚いたように瞬きをしてから、ふっと微笑む。
「そうだね。一緒に何か食べようか」
(やった……!)
ヴェラリアは心の中で小さくガッツポーズを決めながら、アーキルと並んで屋台通りを歩き始めた。
気がつけば、通りは先ほどよりも人で賑わっていた。
ヴェラリアはアーキルの気配を背後に感じつつ、何かよさそうな屋台がないかと目を走らせる。
(どれがいいかな……でもアーキル様、お肉より野菜の方が好きそうだし——)
そんなことを考えていた、その時だった。
前から来た大柄な男と肩がぶつかり、ヴェラリアは体勢を崩した。
——倒れる!
一瞬、視界がぐらりと揺れたが、次の瞬間、誰かの腕が背中を支えてくれた。
「……っ!」
驚いて顔を上げると、そこにはアーキルがいた。
彼は何も言わず、そのまま彼女の手を取り、しっかりと握ったまま歩き出す。
「まったく……しょうがないな」
(てっ……手をつないでる!?)
心臓が跳ねた。
握られている手の温もりに、ヴェラリアは顔が赤くなるのを感じながら、黙ってついて歩く。
季節ひとつ分を無駄に過ごしただけあって、それはまるでご褒美のような時間だった。
アーキルも少し照れくさいのか、ヴェラリアの方を見ずに、あえて屋台へ視線を向けている。
それでも、自分より少し大きくて温かいその手に包まれていることが、ヴェラリアを幸せな気持ちにさせていた。
「お、あれにしよう。ヴェラリア嬢は? どうする?」
「あっ、私も同じのにします!!」
アーキルはふっと笑い、屋台の方へ向かって歩き出す。注文と会計をするため、つないでいた手はそっと離れた。
(……あ、なんか寂しい)
夢のような時間は、あっけなく終わってしまった。
2人は注文を済ませ、人混みを抜けて、広場にあるベンチへと向かった。横に並んで腰を下ろし、それぞれの昼ごはんにかじりつく。
「美味しい!」
「うん、美味いな」
令嬢としては少しはしたないかもしれない。けれどアーキルは気にも留めていない様子だったので、ヴェラリアも肩の力を抜いて、この時間を目いっぱい楽しむことにした。
食べ終わると、アーキルは立ち上がりながら言った。
「そろそろ行かないと」
ヴェラリアもそろそろ戻らなければと立ち上がる。
けれど——このまま王宮に戻って別れてしまったら、
次に会えるのはまた季節が変わってからかもしれない。
そう思ったヴェラリアは、思い切って言葉を口にした。
「アーキル様……また今度、王都を案内していただけませんか?」
その一言に、アーキルはわずかに目を見開き、ヴェラリアを見つめる。
そのまっすぐな視線に、ヴェラリアは急に恥ずかしくなって、そっと目線を下げた。
「……いいよ。前に、そういう話してたもんね」
「!! あ、ありがとうございます!」
(やったーー!)
ヴェラリアは内心で飛び上がるほど喜びながら、満面の笑みを浮かべてアーキルを見た。
視線が重なったかと思えば、今度はアーキルが少し照れたように目を逸らす。
(嬉しい……また会えるんだ。しかも、まるで……デートの約束みたい)
――このとき、ふたりが過ごすこの王都に、
まもなく危機が訪れることなど、誰も知る由もなかった。