7.再び舞い込む機会
疫病は無事に終息し、領地にはようやく静けさが戻り、治療を終えたアーキルと聖女団は、王都へと帰っていった。
ヴェラリアは、父ノルマンと共に事後処理に追われていた。
弟エミルは領地運営の練習として、飛地で持っている小さな田舎の領地におり、母マルシアはそこへ避難していたが、先日戻ってきた。
そんな母は、娘に息抜きさせようとお茶に誘った。
「驚いたわ、あなたあんなにテキパキと作業できたのね。」
「今まで私、頑張ることから逃げてたから。頑張ってみようと思っただけ。」
ちょっと照れ臭くて、わざと素っ気なく返す。
その様子を見て母親は、何やら気付いたようで…
「さては、好きな人が出来たのね?」
「!!!!」
驚いたが、まだヴェラリアは、自分が誰かを好きになっていると自覚していなかった。ーーというより、自覚しないように封じ込めている状態だった。
「そんなんじゃないわ。今まで卑屈すぎたから、もういい歳だし。本当にそれだけ。」
「そう、いずれにしても立派だわ。これならどんな縁談でも大丈夫そうね。」
ーー縁談?
その言葉にドキッとする。
「じきにお父様から聞くことになるでしょう。」
そしてそれは、本当にすぐやって来た。
執務室で、ヴェラリアは父に告げられた。
「隣の領地から婚約希望の手紙が届いたのだ。」
ヴェラリアは何も言えなかった。
以前までなら喜んで受けていただろう。
でもなぜ?なぜ今こんなにも乗り気になれないのだろう。
アーキルの顔がふっと浮かんで消えた。
……違う。違うはずなのに。
いいえ、わかってる。
私は、無謀な片想いをしている。
知り合う前なら、ただの憧れで済んだだろう。
すごい人がいるんだね、結婚相手は誰だろうね、なんて野次馬な会話をして楽しむ程度だったはず。
でも知り合ってしまった。言葉を交わし、その額に触れ汗をぬぐい、視線を合わせ、ありがとうと言われて…
元に戻せるだろうか、この気持ちをーー
なかなか返事をしないヴェラリアの様子に何かを察したノルマンは、「返事は急がなくていい」といって下がらせた。
自室に戻ったヴェラリアはどうしよう、と悩んだ。
アーキルへの想いはまだ強くない。他の人が憧れるのと同じ気持ちか、少し上くらい。
大丈夫、大丈夫。どう頑張っても叶うはずもない。
この気持ちは、そっと、しまっておこう。きっとそのうち忘れて消えるわーー
♢♢♢
翌朝、朝食を終えたヴェラリアは、再び父に呼ばれ、執務室へと向かった。
執務机に座るノルマンは、少し眉をひそめ、うーんと唸る。
「実はな、王都の魔術管理部門の記録係の件なんだが…」
ドクンと心臓が波打つ。
(わたし、何か失態をしたかしら、罰せられるとか⁈)
「前回のヴェラリアの働きが素晴らしい、もう一度来てくれないか?と言われているんだ。」
それは願ってもない事だった。ヴェラリアは嬉しくて即答した。
「ぜひ!……あれ、でも確か、人員は募集していたのでは?」
ノルマンは縁談の時とは全く違う娘の返事の様子に、王都できっと何か良いことがあったんだな、と悟った。
それならば、と口元に笑みを浮かべて事情を話した。
「募集はかけたそうだ。だが良い人材が居ないらしい。よほどお前の働きが良かったのだろう。よくやったな。引き続き頼めるか?」
「もちろんです!」
嬉々として返事したが、一つ懸念が残る。
「あの、縁談はどうなりますか?」
今度は無期限で王都に出向くのだ。そんな状態で縁談を受ければ失礼になる。
「事情を話すさ。王宮にある部署からの願い出なんだ。向こうも諦めざるを得ないだろう。…だが」
ノルマンは娘の幸せを願っている。王都で何やら楽しいことがあるのは見てわかる。だがそれが実らなかった場合のことも、考えておかねばならない。
「お前が20歳になって、自分で縁談を持ち帰れないなら、その時点で領地に帰って来なさい。そして、今度こそ私が用意する縁談を了承すること。いいね?」
「…はい!」
期限はあと1年半ほど。
でも今は、縁談のことに焦りはなかった。
ただ、またアーキルに会える――。
その可能性だけで、ヴェラリアの心は優しく満たされた。