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6.2人の時間

アーキルの治癒魔術は、完璧だった。

一人目に治癒を施したのは、もう水を飲むことすら困難になった若い男性だった。

ベッドの傍らでは、妻と思しき女性が彼の手を握り、祈るようにうつむいていた。


それは、本当に奇跡のような瞬間だった。

アーキルが両手を患者の上にかざすと、空間に魔術の発動紋が現れる。

完成した紋様が身体にゆっくりと入り込むと、患者の全身が柔らかい光に包まれた。

数秒後、患者はゆっくりと目を開け、手を握っていた妻の方へ顔を向ける。そしてかすかに微笑みながら、その名を呼んだ。妻は声を上げて泣きながら、その手をぎゅっと握り返した。


「ありがとうございます!本当に…ありがとうございます!」

「いえ、水分を摂らせて、まだ無理はしないように。」


その後も次々に重病者に魔術を施していくアーキル。彼の額には、疲労による汗が滲んでいた。

ヴェラリアはそっとタオルで汗を拭い、アーキルが治療に専念できるよう、サポートをし続けた。



「ヴェラリア嬢、休んでいいよ。」

「それならまず、アーキル様が休んでください!」

「ふはっ、わかった。もう少し付き合ってくれ。」

「はい!」



治癒魔術に問題は無かったが、アーキルの体力には限界が見え始めた。アーキルによれば、光属性の魔法が使える者なら、すぐに習得できる術式だということで、王都に増援を依頼し、教会が抱える聖女団から数人派遣されることになった。


早馬で翌日には彼女たちは到着した。

聖女達の中でもひときわ美しく、魔力が高い女性ーーマリーンは、アーキルと合流すると親しげに声をかけにいった。


「もう、だから最初から私も行くと言ったでしょう!」

「効果が無かったら意味ないだろ。万が一の事があったら大変だし…」

「なんだ、心配してくれてたの?」

「そりゃするよ」


そんなやりとりを側で見て、彼女は自分より、遥かにアーキルの事を知っていると感じた。

ヴェラリアは何とも言えない複雑な気持ちになった。


アーキルは、聖女たちに指導と引き継ぎを済ませると、ようやく少しだけ休むことにした。

そこへ、ヴェラリアが飲み物と軽食を持ってくる。彼の隣にそっと腰を下ろす。


「お疲れさま。何とかなりそうで良かったね。」

「ありがとうございます。本当に。アーキル様のおかげです。」

「でも驚いたな〜、ヴェラリア嬢は頑張り屋さんだね」


そう言われて、そんなわけない、と思いつつも、ここ数ヶ月の間で自分の中の意識が変わっているのを、ヴェラリアは感じていた。


「頑張り屋になったのは、アーキル様のおかげですよ。」

「え?俺、何もしてないよ?」

「私が勝手に思ってるだけですから。アーキル様は努力家で、手を抜かない方。そんな方と少しだけですけど、知り合って。今のままの私じゃ、恥ずかしいなって思ったんです。」


アーキルは黙って彼女の言葉を聞いていた。


「アーキル様に呆れられるのは…何だか怖くて。だから頑張ることにしたんです。」


少し目を伏せながら、ヴェラリアは続けた。


「今回の件も、屋敷で大人しくする事もできました。でもそれじゃ、何も変わらないなって…。医療の知識も、魔術の知識もないけれど、出来ることをしたいって父に相談して、病院でお手伝いしてました。」


そしてアーキルに視線を移して微笑んだ。 


「だから、アーキル様のおかけです。ありがとうございます」


そういって頭を下げた。そうして頭を上げて視線がぶつかったとき、アーキルの瞳が、出会ってから初めて揺れ動いた気がした。


「そっか…やさしいんだね」

「そうでもないですけどね」


ヴェラリアは自嘲気味に笑った。


「なんか少し君のことがわかったかも。褒めたこと全部否定するんだもん。それに、呆れられるなら、俺の方だよ。俺、人と関わるのが得意じゃないんだ。」

「信用しないって仰ってましたよね。」


アーキルは苦笑いしながら、小さな息を吐いて口を開く。


「王都で見てたんだ。実はーーあの後、君のこと何回か見かけてて…」

(え?そうだったの?)

「記録係の女の子と、ダンテ殿と、すごく優しい空気の中で笑ってて、羨ましいと思った」

(え?わたしを?この天才が凡人の私を?)

「さっきも病院で、ご婦人に微笑んでたでしょ。なんか、すごいなって。」

「いや、あの。凄くはないと思います。普通ですよ。」

「…たぶんさ、君の普通は特別なんだよ。その優しさも。」


ぼっと顔が赤くなる。

ーーこれ以上はくすぐったすぎる!


でも、まだ一緒にいたい。アーキルとの何気ない時間が、もう少し続いて欲しいと願う。


「あー、俺ここにしばらく居よっかな。帰りたくないな〜」


アーキルはそう呟きながら、テントの天幕見上げる。

(ええええ?)


「よし、なんか癒されたから、休憩終わり!」

「あ、はい!」


伸びをしながら歩く彼の後を、少しの名残惜しさとともに、ヴェラリアは追いかけるのだった。

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